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No.2 微笑みの国タイランド

 ドンムアン空港は、深夜1時にもかかわらず、熱風が吹き、湿気の多い空気が身体にまとわりついてくる。
 私は、全くの無計画でこの地に降り立った。「カオサンロードへ行けばいい」と言った友人の言葉を信じて。ホテルの予約を一つもしていない旅の始まりだ。
 夜中でもそこならホテルを見つけられるだろうし、レストランも開いていると聞いていた。空港の外に出ると、リムジンタクシーの受付が目に入る。高いが、流しのタクシーに乗る勇気はなかった。簡素なカウンターに、つたない英語で「カオサンロードまで」と伝えると車のナンバーが書かれた紙を渡してくれた。これで少し安心だ。
 運転手はすでに私を待っており、車から手招きしている。これから始まる冒険に胸が高まった。
 訛りの強い英語で「こっちだよ、チケット見せて」
 彼の廃れたスーツは薄暗く閑散とした空港にはお似合いだ。運転手は、大袈裟な身振りでドアを開けて乗せてくれた。
「日本人?」
「そうだよ。」
「東京?大阪?」
「大阪だよ。」
「コンニチハ、アリガトウ」
よく喋る運転手だ。
 そして、人気のない道路に入ると、水着女性写真の入った名刺を渡してきた。
「ソープランド行かない?かわいい子いるよ。」
「なんだ?・・」
突然のことで、意味がわからなかった。
 そして私は、
「疲れてるんで、行かない。カオサンロードに行って。」
と断った。しかし運転手は、しつこく勧めてくる。650B(1950円)の高いお金を払ってリムジンタクシー雇ったのに・・私は後悔した。
 でも、私もしつこく断っていると、ようやくわかってくれたのか「わかったよ。」と言って前を向いてくれた。
 その後は、高速道路のように広く閑散とした暗い道を進む車の中で、運転手は無線で誰かと話をしていた。もちろんタイ語はわからない。楽しそうに人を馬鹿にしたように笑っている。周りには他の車は稀で、ただひたすら時間だけが過ぎていく。
 30分ほど走っただろうか。細い路地を何度か曲がり、眩しいネオンが輝く建物の前に停まった。
「いらっしゃいませ~」とタキシードを着たタイ人が日本語で迎えてくれる。なんてことだ。ここはソープランドじゃあないか。
「いやいや、カオサンロードに行って!」
私は、さすがに強い口調で言ったが、彼は微笑みながら「女の子かわいいよ」と誘ってくる。
 私は初めてのタイで、6時間のフライトの疲れもありそんな気力も体力も残っていない。泣きそうな心境で、カオサンロードへの道を再び頼むと「また来てくださいね~」と彼はまた満面の笑顔でドアを閉めてくれた。
 微笑みの国タイランド。


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