見出し画像

マインドアップローディングは可能か? ーメタバースや死生観との関わりなどー

皆さま、こんにちは。12月に「マインドアップローディング技術と死生観」について、科学技術社会論学会という学会の「技術死生学」のオープンセッションで発表予定なのですが、予め予稿の内容をここに公開しておきたいと思います。

内容としては、

「マインドアップローディングは、確かに原理的には可能。でも、だからと言って、生きているうちにマインドアップローディングして不老不死!とかおもって人生選択すると、後から後悔するかもよ。ま、自由だけど。」

という思いで書いた文章です。どうぞ。

 マインドアップローディングとは、人間の心を何らかの方法で機械等の人工物に転送することである。精神転送などとも呼ばれる。SFで度々描かれてきた技術で、レイ・カーツワイルのような技術的特異点の理論家やトランスヒューマニストは不老不死を実現するための重要な手段であり、未来において実現可能であると考えている。その他、マーヴィン・ミンスキーのような人工知能のパイオニア、もしくはランダル・クーネのような神経科学者もまた、理論的にも技術的にも実現可能だと確信しているという *1。その確信の背景には例えば、脳全体を模倣する「whole brain emulation (WBE) *2」が可能という楽観的見通しがある。国内においては、東京大学の研究者(渡邉正峰准教授)が立ち上げたベンチャー企業で「20年以内に『人間の意識を機械にアップロードすること』の実現を目指し *3」研究が行われている。その目標の一つはまさに不老不死である。


また、この予稿を書いている最中、Facebook社が、「メタバース」事業を中心とした企業へ転換し、巨大な仮想現実空間の開発のために「欧州」で1万人採用し、それとともに社名まで変更するというニュースが流れてきた。こうした「メタバース *4」は、「マインドアップローディング技術の前段階」ととらえることも可能である。仮想空間上のアバターで、学校から仕事まで、コミュニケーションしていたなら、生身の肉体のプライオリティは必然的に下がっていくだろう。すでに、フォートナイト(オンラインゲーム)におけるアバターの「衣装(スキン)」の購買金額は、プラダやD&Gなどの大手アパレル企業を上回っているという *5。メタバースの世界になじむことで、ネットダイブやマインドアップローディングの願望、さらには、それは可能であるという信念が生まれることもありうるだろう *6。

しかし、このマインドアップローディングとメタバースの間に根本的な原理的違いと実現性の違いが存在する。メタバースは、あくまでヴァーチャルに仮想世界に入るのに対し、マインドアップローディングは、自己が丸ごとデジタル身体に置き換わり仮想世界(または現実世界)に入ることを意味する。この違いを説明するために、次に、概念的背景にある心の哲学の理論をみていく。

マインドアップローディング技術は、心の哲学における心身問題と密接なかかわりをもつ。マインドアップローディングは、心身問題における物理主義(意識や心といったものを含めてすべては「物理的に説明される」という立場)を前提とするのである。具体的には次のようなプロセスになる。完全にその人の脳身体と同じ「機能」を果たす物理的な人工装置を用意し、マインドアップローディングしようとするクライアントの身体を、すべてその人工装置に(徐々に)置き換えるというものである。人工装置に脳身体を置き換えても、もともとの脳身体と全く同じ機能を果たしているので、自己同一性を維持した、私そのものの意識が人工装置に付随して(supervene)存在する状態になるのである。このように物理主義の立場に立てば、マインドアップローディングは原理的には可能となるのである *7。

非還元的物理主義の観点からマインドアップローディングの原理を図解してみた。


物理主義以外の例えば、デカルトの心身二元論や、スピノザの性質二元論、ドイツ・フランスの古典的哲学に共通する観念論等の立場に立った場合、意識や心、魂が、肉体、人工物に、「やどる」「のりうつる」と説明はできても、そのことの論理的な裏付けを与えることは不可能である。一方で、メタバースにおけるアバターがまるで自分のように感じる感覚は、こうした意識や魂が人工物に「のりうつる」感覚を正当化する。したがって、肉体と切り離された魂(ゴースト)のような存在がいるという非唯物論的信念を抱くことがあり得る。しかし、こうした感覚は、あくまでも生身の身体という基盤の上に脳内でヴァーチャルに発生しているものであり、肉体という物理的基盤を前提としている。

さて、こうしたマインドアップローディング技術と死生観の関係であるが、こうした技術が可能になった未来を舞台とし、Amazonプライムビデオで公開され米紙『USA TODAY』で上半期ベストドラマに選ばれるなど話題となった「アップロード~デジタルなあの世へようこそ~」というドラマ *8には次のような一幕がある。自動運転車の暴走によって瀕死の重傷を負った主人公が、病院で、マインドアップローディングするかどうかの選択を迫られたときに、肉体とともに死ぬというのは古臭い宗教的な行為であり、マインドアップローディングすべきだと説得されるのである。このように、この技術は死生観を根本から変える可能性を持つ。そして、技術的には不可能であっても原理的には可能であることが、こうした未来図をただのSFの世界と片付けられなくしているのも事実である。しかし、原理的な可能性の背景には、心身問題における物理主義の前提が必要であり、また技術的には未解決の問題が山積みである。汎用的人工知能と呼ばれるレベルのAIが必要になるのみならず、SFで描かれてきたような機械であるがゆえの極めて厄介な諸問題に対処しなくてはならなくなる *9。こうした背景を無視し、肉体的な死は将来なくなるものと信じられるようになっては問題である。例えば、マインドアップローディング技術が生きているうちに実現すると見越して、今の苦しい生活に耐え、細く長く生きようと人生を選択したならば、人生の選択を完全に誤ることになりうるのである。こうした人生の選択を誤らせるリスクは、クライオニクスや今後生まれる可能性のあるiPS細胞などを用いた不老不死技術などにも言えるだろう。

こうした問題は、今の段階では社会的な問題となっていないが、人間の死生観は、人生の選択に大きな影響を与えるテーマであるため、今の段階で正しい技術的な理解を普及させることが必要なのではないだろうか。マインドアップローディングと心身問題の関係の十分な理解とその原理的な可能性、実現の困難さへの正しい社会的な理解が求められるのではないだろうか。こうした理解をせず、(例えばメタバースの普及などにより)安易にマインドアップローディング可能だという信念を持つことになった場合、人生の選択を誤る可能性があるのである。

注)

*1 https://wired.jp/2014/05/17/mind-uploading/
*2 http://www.sim.me.uk/neural/JournalArticles/Bamford2012IJMC.pdf
*3 https://times.abema.tv/articles/-/8620562
*4 インターネットの次とも呼ばれるもので、ARやVRなどの技術をもちいることでより情報量の多い空間をユーザーで共有し、没入感の高く、現実に近い仮想空間で、エンターテインメントのみならず、仕事から生活まであらゆることを実現しようとする。世界的なパンデミックとオンライン空間の滞在時間が飛躍的に増加したことにより、急激に注目を集めることとなった。
*5 https://www.voguebusiness.com/technology/the-fashion-execs-guide-to-the-metaverse
*6 逆に、そうした願望がなくなる場合も十分に考えられる。特にメタバースに幻滅した場合など。
*7 チャーマーズが指摘するように、物理的に脳身体と同じものが作られても、そこに本当に意識(クオリア)があると言えるのかという重大な問題が存在し、意識のハードプロブレムや哲学的ゾンビなどのテーマで論じられるこうした問題についてより詳細な議論が存在するが、物理主義は意識(クオリア)についても、物理的に脳身体と同じものが作られれば、そこに意識(クオリア)が付随して存在するという立場であり、したがって物理主義をとった場合には、原理的にマインドアップローディングは可能だということになる。
*8 https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B08BYYG3SP/ref=atv_dp_share_cu_r
*9 こうしたマインドアップローディングの実現可能性の原理的、技術的検討については、主に海外で哲学的な観点からの考察が行われている(例えば、「Intelligence Unbound: The Future of Uploaded and Machine Minds」(Russell Blackford, 2014)など)


参考文献へのリンク)


https://www.worldscientific.com/doi/abs/10.1142/S1793843012400100
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3050983

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/zygo.12481

※ 表紙:Designed by pch.vector / Freepik

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?