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毒舌 すっぽん三太夫 「新参者に勝ち目なし インテリ移住者が陥る “ゲリラ戦”という泥沼」

 上記写真:地元の所轄署は日頃お世話になっているビアホールの開店となれば、所轄署名で胡蝶蘭を贈るが、こうした“公私混同”ぶりも都会からの移住者には不思議な光景に映る。だが、「おかしいじゃないか」と抗議をしたとて始まらない。都会の常識・良識が地元の見解と一致するとは限らないのだ。警視庁管内であれば署長がけん責を受けかねない、絶句する光景だ。しかし「それが文化」と言われればそれは価値観の違いにしか過ぎないのだ。そこを納得できない移住者には、心の安寧は訪れず、妥協できないとなれば、田舎暮らしは、延々、新たな人生闘争の泥沼と化してしまう。


「ちょっと来い」「すぐ来い」「とにかく来い」―。のっぴきならない誘いに、ただならぬものを感じ、訪ねたのは、流行りの田舎暮らしを実践する、とあるご夫婦のお宅である。

 眼前には富士山と南アルプス、背中には八ヶ岳が見渡せる贅沢な眺望。窓を開ければデイサービスの送迎車両しか見えてこない都会暮らしの人間には、この世のものとは思えぬ絶景だ。

 新宿から車でわずか1時間半の場所で、そんな大パノラマに囲まれて暮らせれば田舎暮らし冥利に尽き、さぞや幸せいっぱい、のはず。ところが、ご夫婦の選択と決断を讃えれば、意外にも返って来るのはため息ばかり。はて、そのワケを訊ねてみれば…。

 移住先の集落では、このところ、凄まじい攻防が展開されているのだとか。山梨側の中央道と長野側の信越道を結ぶ中部横断自動車道、約34キロの建設予定地を巡ってである。

 高速道路が地元集落を貫くことを議論する寄りあいの場で、まずは移住者が口火を切った。

「豊かな自然と綺麗な空気を求めて移住して参ったのに、すぐ脇を高速道路が走るなどということになれば都会と変わりません。絶対に反対です」

 大手商社を退社して、終の棲家にと、集落のはずれに土地を購入し、北欧の木材でログハウスを新築したご夫婦である。商社時代に培った、時に押し出し強く、時に巧みな弁舌で、常々、集落との話し合いでは前面に立つ。さながら移住組のスポークスマンだ。

 悩みの種である、太陽光発電パネルなどなどの景観問題もくすぶったまま。今やもっとも増加しているのは移住者ではなく、太陽光パネルか、白っぽいワイヤー剥き出しの電気柵とか。

 電気柵敷設に余念ない集落の婆様に、夜道では自身が危ないのではないかと問うと…。

「そうっ、あぶねぇよ~。肩な、かたっ。触るとビリッと来るからな。にいちゃん、かたっ、かたっ、きぃつけてな。道の端歩いたらあぶねぇよ~」

 遠く離れた沖縄では、夜、路肩の茂みに寄るとハブにやられるが、八ヶ岳南麓では、ほろ酔い加減の千鳥足でふらつこうものならば、〝電気ハブ〟がビリっとくるからたまらない。そこに新たな火種が舞い込んだ。

 小さくも勢力を形成しつつある他の移住者からも反対の狼煙が上がる。

「時速100キロ近くで走る車の騒音は、深夜は地響きのように響いてくるぞ」

 そこに雷鳴一発。地元民の野太い声が場を支配した。

「うるせぇー。ここを誰の土地だと思ってるんだ。俺たちはここを~、ここは~、信玄公からお預りしてっ、代々、守り続けているんだっ」

 移住者はおしなべてインテリ揃いである。元医師、元弁護士、元学者などなど。日中の野良仕事に汗を流し、いかに農夫を自称し、朝から晩までユニクロのヒートテックを重ね着しているとはいえ、地元スーパーやホームセンターのレジに並べば、地元民との違いは、はからずも浮彫となる。
 
 財布から取り出したクレジットカードは最低でも「金」、慣れぬ者が「銀」と見紛うのは「プラチナ」と呼ばれ、ごく稀に究極の「黒」も混じる。袖口から覘く時計に光る見慣れぬロゴはアオガエルの手形ではなく、ロレックスなる舶来だ。そして決定的なのは髭、だろう。

 八ヶ岳の山男達はこぞって髭をはやかすが、地元民のそれが無精髭の延長と見受けるのに対し、移住組の髭は、丁寧に刈り揃えられている。白い髭が西陽を受ければ、まるで収穫前にさざめく金色の稲穂のようでさえあり、神々しい。

 だが、そんな都会からの移住者たちの洗練された立ち居振る舞いは、人口減少対策、空き家対策という名のもとに、あるいは遊休地の運用という経済的必要性から、やむなく表向きは笑顔で応じる地元民にとって、折に触れて鼻につき、鬱屈が募る。

「あいつらはあくまでも俺たちの土地で生活しているんだって感覚がねえんだ。でかいツラは許さねえ」(地元有力者)

 悲しいかな、えてしてインテリはゲリラ戦に弱い。プライドの高さが、なりふり構わぬ叩き上げの前には弱点に転じる。つまり、移住者は、不条理な理屈を前に往生しがちである。

「信玄公からお預かり…」などと過剰に時代がかった物言いになんら合理的な説得力がないのは瞬時に理解すれども、同時に、もはや理屈ではないのだと悟り、沈黙に転ずる。

 地元民はその沈黙に乗じて、一気に畳み掛ける。

「高速道路の補償金が入れば、集落にもカネが落ちる。誰も文句ねーだろ」

 さすが、である。集落では選挙ともなれば、「有権者一人当たり5万円は配られる。家族4人いりゃ20万で、選挙が来れば温泉旅行」(地元古老)という。

 それだけ配れば選挙違反で容易に足がつくと思いきや、さにあらず。

「最近は、銀行振り込みだ。振り込みだと直接にカネをやり取りしている現場が見えねえから、足がつかねえ」

 げに不思議な理屈だが、いずれにせよ集落個々の習慣が勝るのだろう。時には、カネを差配する者がごっそり懐に入れてしまうこともあるらしい。チクられるのは、そんな時だけとか。

 東京の大手広告代理店に大枚はたいて作らせた移住促進のパンフレットだけは魅力満載だが、本質はアンシャン・レジームそのままの集落で、もとより新参者に勝ち目などありはしない。

 ちなみに、元商社のご夫妻が日本一の移住人気地に建設した新居費用は土地代込みでその額、実に6千万円超。退職金をほぼ全額つぎ込んだ終の棲家は、いまさら売るに売れない。「まるで移住詐欺よ」と嘆く声が悲しく響く。くれぐれも、テレビ番組の田舎暮らし礼賛を鵜呑みにすることなかれ。カメラが映すのは、笑顔か美談だけ、なのだ。

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