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義母の実家を訪ねたら、家族が20人増えました。



お義母さんの実家がある山梨へ、彼の家族と一緒に挨拶に行った。

山梨の大家族の話は彼からもたびたび聞いていたのだけど、想像以上、というより「話を聞いて知識として知っているのと、実際に体験するのはまったく違う」ということを、強く実感した2日間だった。

3人の叔父さんや9人の従兄弟とまるで親友のような距離の近さ、親族がみんな半径1km圏内で暮らしていること、ほぼ同い年で働きながら5児の母をしている人がいること……

家族の形は、家族の数だけ存在する。

頭では理解していたつもりだったけれど、それを身をもって感じたのは、今回がはじめてかもしれない。

そして、他人と「家族になる」ということは、想像していたよりも、わたしの人生にとって大きなできごとになりそうな予感がした。





山梨に向かう道中、わたしはこれからはじめて会うことになる22人(彼のお祖父さん、お祖母さんは除く)の名前と家系図を記憶するため、お義母さんが運転する車の後部座席で頭をフル回転させていた。

彼から親戚がたくさんいることは事前に聞いていたけれど、いざ紹介を受けてみると、その数と一人ひとりの個性の強さに圧倒される。

彼らの生い立ちやエピソードは、まるで1本の映画を観ているようなボリュームで、会う前からもう親近感が湧いてきて、会ってみると「ああ、あの〇〇の!」と、まるで作品の中から飛び出してきた登場人物と対面するかのような感覚だった。

会う前は「顔と名前を覚えるのが苦手なわたしが全員のことを覚えるのは、至難の技だな……」と心配していたのだけど、いざ話してみると案外すぐに覚えることができて、その夜には完璧に家系図を書けるようになるほど、気づけばすっかり頭に染み込んでいた。





親族の多さの次に驚いたのは、人との距離の近さだった。

まず、車内で彼やお義母さんから一人ひとりの説明をしてもらっている時、従兄弟同士はもちろん、叔父さんたちのこともあだ名で呼んでいることに気づき、小さな衝撃を受けた。

最近は、実の両親のことを名前で呼ぶ人も増えているとは聞いていたけれど、叔父叔母をあだ名で呼び捨てしているのは新鮮で、そういうのもありなのか!と、新たな発見をしたような感覚で話を聞いた。

わたしにも、叔父叔母や従兄弟はいるけれど、年に一度、お正月にしか会わないし、従兄弟たちとは歳が離れていることもあってほとんど会話らしい会話をしたことがない。

年に一度となると、心なしかよそよそしくなってしまうし、自分が大人になるにつれて、「敬語で話したほうがいいよな……」とか「呼び方を変えたほうがいいかな……」なんて周りの目が気になって、普通の会話ですらぎこちなくなってしまう。

彼や彼の妹たちも、山梨に帰る頻度は年に一度くらいだと言うのだけど、顔を合わせた全員が「久しぶり!元気にしてた?」とフランクな挨拶にはじまり「また来てね」「また飲みに行こう!」という言葉で締めくくられる光景をみて、同世代の従兄弟がいるって、こんな感じなのかあと少し羨ましく思った。

恋人とも友達とも違う。だけど血のつながりがあるというだけで、無条件に仲間のように思ってくれる人たちがいる。

当事者からすると煩わしく感じることもあるのかもしれないけど、第三者であるわたしには、それがなんだか眩しくて仕方なかった。





ところが、自分のことを第三者だと思っていたわたしは、だんだんと「自分はもう、この家族の一員なのかもしれないな」と感じはじめる。

まだ対面で話していないのに「ななちゃん!飲んでる?!」と部屋の対角線から大声で気にかけてくれたのは一番下の叔父さんだった。

彼は「こっちで一緒に飲もうよ!」と隣の部屋から何度も声をかけてくれ、「ラーメンは好きか?」「次は、お父さんとお母さんも呼んで遊びに来なよ」「当たり前じゃん、家族なんだから!」と、わたしの実の叔父よりも近い距離感で接してくれた。

たぶんそれは、相手がわたしだからというわけでもなくて、誰が来てもそんな風に迎え入れている(というより、自ら迎えにきてくれる?)のだろうなとわかるからこそ、この距離の近さに思わず感心してしまう。

彼から事前に「田舎のヤンキーみたいな人」「酒癖が悪いから気をつけて」と散々忠告してもらっていたから心の準備はしていたけれど、想像以上にお酒が強かったこと以外は、大きなギャップもなく、あたたかく迎え入れてもらえたことに安心していた。

叔父さんや叔母さん、従兄弟たちはみんな口を揃えて「素敵な人と出会えてよかったねえ」「お幸せにね」とわたしたちに声をかけてくれて、彼はこの家族の中で愛されて育ってきたんだなあと思った。

彼らは帰り際わたしにも「またいつでも来てね!」と口々に声をかけてくれて、まるでここの家に嫁ぐかのような、不思議な気持ちで帰路についた。





帰りの車内で、この2日間のできごとを反芻しながらふと思った。

よく考えてみると、彼らはお義母さんの家族だから、わたしが彼と結婚しても、彼らと同じ苗字になるわけではない。子供ができたら8分の1は同じ血が入ることになるけれど、そうは言っても近くはない親戚だ。

ましてやわたしなんて、つい数日前までは赤の他人だった。それなのに、彼やお義母さんを通して会って話をしただけで、もうすっかり身内のように受け入れて親しみを感じてくれている。そのことがありがたく、新鮮でもあった。

彼や妹たちが、毎年帰るたびに「会いたかったよ!」「次はいつ来るの?」と言われ、都会の感覚だとその距離の近さに驚く、と言っていたのがなんとなくわかったような気がした。

半径1km圏内で暮らす彼らにとって、家族の一人ひとりが大事な仲間であること。血のつながりの有無にかかわらず、最初からそこにいた人も、途中から仲間に入った人も、みんな家族になること。

身内の範囲が広いというのか、集団の意識が強いというのか。

少なくともわたしが今まで知っていた「家族の形」とは明らかに別物で、その未知の世界の中にわたしもこれから入っていくのだと思うと、「家族になる」ことがもたらすものの大きさに、ただひたすら圧倒されてしまうのだった。





「山梨の家では、"人と人とのつながりの希薄化" や"少子化" なんて、まったくの無縁だよ。」


彼からずっと聞かされていた話は、本当だった。実際に訪れてこの目で見て、一人ひとりと話をしたことで、「知識として知っていたこと」が、ようやく腹落ちした。

小さな子供たちは元気に走り回っていたし、叔父さんと甥にあたる人は昼から夜までお酒を飲み続けていたし(それが毎週の光景というのだから、本当に仲が良くて驚いてしまう)、お祖母さんもお祖父さんも、とてもパワフルに働いていた。

東京と山梨はそんなに離れていないのに、こんなにも違う世界が広がっているのか……。現実を目の当たりにして驚くことばかりだったし、面白いなあと思った。

わたしが山梨を訪れ、お義母さんの家族と会って話すまで、映画やドラマの中の話だと思っていた世界。それが、一瞬で自分の世界と接点を持ち、境界線が溶けはじめる。

今まで自分が知ることのなかった、交わることのなかった家族の歴史。それが自分の人生に、新たな血のように流れ込んで、これからの人生がつくられてゆく。

結婚によって、今までは別々の場所で流れていた複数の川が接点を持ち、一つの大きな流れになってゆくのだなあと思った。





わたしは彼と出会ったことで、20人以上の新しい家族ができ、そしてその数は、これからどんどん増えていくことになる。そう考えると、なんだかとても心強いし、愉快な気持ちになってくる。

とはいえ、もし彼らがわたしの親族のようにみんな都会で暮らしていて、普段はお互いに「家族」だなんてほとんど意識しないような関係性だったら、こんな風に思うことはあり得なかっただろう。

都会に限らず、どこに住んでいても仲の良い家族とそうでない家族はいるし、家族の形は無数にある。

そんな中で、この一族が続いているのは奇跡みたいだけれど、そうじゃないのだろう。こんなにも多くの子供たちを育て、今もやさしく見守ってくれている彼のお祖母さん、お祖父さんのおかげなのだ、きっと。

彼と出会わなかったら、わたしは一生、自分とまったく別の世界(のように見える)彼らとの縁を持つことはなかった。

この出会いにはきっと何かの意味があるのだろうから、わたしはこの縁を、これからも大切にしていきたいなあと思う。




岡崎菜波 / Nanami Okazaki
Instagram:@nanami_okazaki_



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