それが「今だけ」でも、ずっと好き

 9月の「おとなの寺子屋 作文教室」のテーマは「好きなものについて書く」でした。2月にやったテーマだったので、私にとってはリターンズ。

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3月のときは、どう書いても自分の文章が面白くならず、全く納得いかないまま締め切り当日まで迎え「本当は好きじゃないのか?」とついには自分を疑うほどでした。
・メリットばかり書くと感情が伴わないので、嘘くさい文章になる
・面白く書かないと、読者に好きなものの魅力が伝わらないので気負う
・好きなものだから上手く書いて当然という謎のプライドが生まれる
 高すぎる熱量のあまり、これらの鎖でがんじがらめに縛られて、身動きが取れなくなったのです。
 23:30に諦めてギブアップ宣言をした私でしたが、そのときに返ってきた五百田さんからのメッセージでするすると書けるようになり、翌朝7:00に提出完了。
最初の3文が、私を動かしました。
 
「書けないのつらいですね。
 好きだと思ってたことを信じられなくなるの、悲しいですよね。
 どうぞ、ゆっくりじっくり、取り組んでみてください」

スマホのメッセージにもかかわらず、私には五百田さんの声が聞こえたようでした。
「仕事じゃないからいいんだ。好きなことを好きなように書けばいいんだ」と気持ちがほぐれる一方。
「仕事じゃなくても、書きたくて教室に入ったんだ。書けなくてどうする」と奮起しました。
 私にはこれくらいの緊張と緩和が必要なのかもしれません。できればもっと、ラクして書きたい。好きなことくらい。

 前回は一番書きたかった「社交ダンス」について、【社交ダンスは手を繋ぐことから始まって、恋が始まるってことでもあった】というタイトルで書きました。
 今回は「仕事」。念願叶って、本づくりを仕事にしていますが、自分の「好き」を疑うときもあります。前回登場した彼とは(今回も登場します)、同棲1ヶ月目。すごく仲良し。
「今だけだよ」って色んな人には言われますが、もし、彼への「好き」を疑ってしまうときは、緊張感と優しさを思い出してみます。
 アルバムの1ページとして残す気持ちで書いた作品です。どうぞ。


暗い空にぽつぽつと雨が降っている。
今日は生理痛がひどく、何をやってもうまくいかなかったのに、とどめを刺してきたかと空を仰ぐ。家までは徒歩15分。残念ながら、最寄り駅にタクシー乗り場はない。
鎮痛剤の予備を買っていなかった。早く帰りたかったのに、忘れ物をして会社に取りに戻った。もう雨は降らないと思って傘を置いてきた。
全て私が悪いのに。何かにのせいにしたい。今日はかに座が最下位だったことにしよう。
「今日企画が通ったらケーキ買って帰るから」
そう言って、お気に入りのイヤリングをつけて、パンプス履いて、右足から家を出たのに。しばらくケーキは買えていない。
 
帰ってから風呂場に直行してシャワーを浴びる。鞄は足ふきマットの上に置いた。
「お帰り。雨、降ってきた?」
 脱衣所の向こうで彼が話かけてきた。
「そんなにひどくはなかったんだけどね」
「ごはん、できてるよ」
 優しい声に、抱き付きたくなる。急いで泡を流した。
 リビングに入ると洗濯物が取り込まれている。
「洗濯してくれたの?」
「うん。今日は在宅だったから」
 机の上には大盛りのオムライスにラップがしてあった。今週は2回も作ってくれた。
 前回「偉いよ。まさか夜ごはんを作ってくれているなんて。しかも美味しい。ありがとう」とすごく褒めたから、張り切ってくれたのかな。
よし、明日は土曜日だから、ちょっと贅沢に牛肉を2パック買って、おうち焼肉でもしよう。昼間はトイレ掃除もしてあげよう。


 一緒に暮らし始めて3週間。「そんなの今だけだよ~」とか周りからは言われるけど、今のところは順調に進んでいると思う。平日に洗濯機を回してくれているだけでも、充分助かっていたのに、夜ごはんまで作ってもらったら負担になっていないか心配だし、逆に土日に私がどれだけ頑張らないといけないんだろうと、プレッシャーで沈む。「仕事忙しいんだし、疲れているときは無理をしない」とお互いに言い合っているけれど、忙しい割合については出版社勤務の私の方が高く、結果として、平日の家事負担は彼の力が大きい。

「今日、企画ダメだった」
 バラエティを観て、土日はどんなことをしようかと話して、なるべく楽しくしようと思っていたのに、ひと息ついて出た声は、私が思っているよりも落ち込んでいた。
「ああ。元気ないから、生理痛ひどいのかなと思ったら、そのことだったのか」
 ケーキを買って帰らなかったから、察していたのかと思いきや、本当に気づいていなかったみたい。
そういえば一緒に住む前だって、デート中に私の頭が痛くなってしまったときは、薬局がちょっと遠くにあっても、走って鉄分のサプリと鎮痛剤を買ってきてくれた。いつも私が弱っているときは、優しくしてくれる。

「大丈夫だよ。だって仕事好きだから」
「仕事好きって、私が?」
「うん。楽しそうに話すし、何年も先の夢とか語るし、好きでしょ」
 息を吸い込み、答えを飲み込んだ。
頭の中から、ひねくれた私の声がする。
「そりゃ確かに、最初は何をしても楽しかったよ。でも、企画は通らないし、原稿整理で遅くまで残業するし、せっかく刊行しても会社の業績を上げるほど売れてくれないんだよ」
「それでも、好き? 好きだよね?」
 すがるように、自分の中に問いかける。「わからないよ。あのときだけ、だったんじゃないかな」ひねくれた私の心は頷いてくれない。もうだめだ。諦め時かも。今はもう、好きじゃないのか。


「いやいや。企画が通ったらケーキ買ってダッシュで帰ったし、原稿整理しては『いい本になっていく』って自画自賛してるし、『そのうち売れるよ。だって読んだ人は面白いって言ってくれてるもん』って自信たっぷりで言うじゃん」
 もうひとつ、優しい声が返ってきた。それは明るい彼の声みたいに、私の中で響いた。そして、嬉しくて、楽しい気持ちが沸き上がる。決まりだ。

「うん。好き」
 彼に自分の中で協議した結果を告げる。
「じゃあ、いいじゃん。落ち込んでいるのも、今だけだよ。アイス食べる?」
「アイスまであるのかよ」
 完璧だ。完璧すぎる。私の彼氏。
 ただそれも「今だけなのかな?」と、もう一度、自分の中に聞いてみる。
「わからないよ。今だけかも。好きな気持ちが止まってしまうかも。でも、好きな思い出が増えるなら、それだけでいいじゃん。マイナスにはならないよ」

 私の中の優しい声は、彼の声と同じ響きをする。

【完】

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