【レーゼドラマ】Last night blue……

私が大学生の頃、マリッジブルーになる男性が増えていたようです。

昔はプロポーズといったら男性からするのが一般的だったのに、肉食化した女性たちが逆告白、逆プロポーズをし始めたのが原因だとか。プロポーズする側は、するまでに散々悩んで決心をする一方、される側はあくまで受け身。それ故に式の直前に不安が募ってしまうのだと。

そうじゃなくても、新しく何かを始めるときって、わくわくするよりも怖い気持ちが強くなっちゃう気持ち、わかります。

ただ、今回はマリッジブルーでめちゃくちゃ周囲の人を引っ掻き回す、男性が描きたかったので、こんな作品になりました。

ちょっと長いです。

登場人物
篠崎 隼人(彩華の父)
美華(彩華の母。)
彩華(隼人と美華のひとり娘。類の婚約者で、現在は都心のアパートで同棲中。)
高橋 類(彩華と同じ会社に中途採用で入社した元ニート。高学歴だが大学を中退している。)


隼人と美華が住んでいる、住宅地の比較的小さなマンション。よく片付いている綺麗なリビングダイニングで物語は展開されていく。中央には丸いテーブルがあり、椅子が四脚囲んで置いてある。少し離れたところにテレビがあり、食事をしながらテレビが見られるように配置されている。壁掛けハイビジョンのスクリーンは年々大きくなり、ますます鮮明に映し出すので、画面の向こうの役者がカメラ目線になると、こちらが見られているような感覚になる程。
キッチンへは無地のカフェカーテンで仕切られている。その脇には廊下へと続く扉があり、廊下の先は玄関へと繋がっている。廊下の手前にはチェストに乗った電話があり、リビングダイニングの会話と電話での会話は同時に進行していく。
玄関、廊下、リビングダイニングの先には寝室への扉があり、寝室にはクローゼットが入っている。

隼人はテレビを見やすい椅子に坐り、バラエティー番組を見ている。美華はその横で隼人の食器を片づけ台所へ入る。

隼人 :(大声で)洗い物は後でいいから、先にお茶。
美華 :(さっと食器を洗い流して)今、お湯を沸かしていますよ。ささっとやっちゃうんで。(食器洗い機のスイッチを押し、カーテンから顔を出す)りんごでも食べる?
隼人 :いらないよ。そんなことしなくていいから、座ったらどうだ。いちいち落ち着かないんだよ。
美華 :落ち着きないのはパパの方でしょ。(キッチンから出てきて、湯呑を渡す)明日は早いんだし、もうお風呂入って寝ちゃったら?
隼人 :まだ夕メシ食ったばかりで眠れないよ。明日の準備だって……(テレビを見て)うわ。不細工な顔をアップで映すな。実物よりデカいじゃないか。
美華 :あれはもともと大きい顔の子でしょ。それより、なんでこの芸人さんの毛穴はくっきり見えるのに、そこで笑ってる女の子は真っ白なの? 丸くって、ぺかっとしててゆでたまごみたい。
隼人 :そういう加工だろ。あの子だってフルハイビジョンの大スクリーンになった頃は毛穴だってあったんだ。テレビが良くなる分、撮影技術の上がったってこと。
美華 :プリクラみたいに?
隼人 :あれはもう駄目だ。下手な整形写真見るみたいで気持ち悪い。だいたい、もうスマホで写真も加工もできるんだから、プリクラなんてなくなったんじゃないのか?
美華 :そうね。もうそういうのも全然わからないわ。彩華が家出ちゃってからは特に。

 隼人、はっとしたように押し黙る。美華はお茶をすする。

隼人 :あいつ、今日は来ないのか?
美華 :女友達と飲みに行くんですって。あしたもここには来ないで、直接会場に向かうみたい。
隼人 :そうか。
美華 :もう背広も用意してますし、あの子もしっかりしてるんだから、パパは何もしなくていいのよ。こうしてのんびりしていれば。

 隼人、テレビを見ながら貧乏ゆすり。突然立ち上がり、チャンネルを取る。次々とチャンネルが切り替わる音がする。

隼人 :あ~~~もう。なんで天気予報が無いんだ。
美華 :明日は晴れるって。
隼人 :データ。天気予報。
美華 :ほらね。よかった。

 隼人、テレビを切り乱暴に座る。お茶をひとくち飲んでは置き、またひとくち飲んでは置く。

隼人 :式の前日なのに、飲みに行くものなのか? 最近のやつは。
美華 :そうなんじゃない。ミキちゃんママも、サッちゃんママもそう言ってた。独身最後の夜とか言っちゃって。
隼人 :あいつはこの家から嫁にいくってことをちゃんとわかってるのか?
美華 :もう10年以上も前に家を出てったんだから仕方ないでしょ。
隼人 :でも、これからはそんなに何度も帰って来られなくなるっていうのに。
美華 :来られるでしょ。都内なんだし、会おうと思えばいつだって。電車で1時間半。
隼人 :でも、盆も正月も帰らないって言ってるじゃないか。
美華 :時期をずらすって言ったの。あっちのお母さんは長野で、めったに会われないんだから、そっちを優先させるだけって。だいたい、いつも仕事仕事でお盆もお正月もめったに帰って来なかったじゃない。
隼人 :(怒る)いい加減にしろ。明日は式なのに、揚げ足ばかり。俺は、心配してるんだ。あいつに結婚の自覚があるか、あっちのお宅にご迷惑をおかけしないか。
美華 :(少し笑って隼人の手を握る)もう。パパが神経質になる必要ないでしょ。でも、ごめんね。そうね。心配するね。

 隼人、美華の手を握り返すが、すぐに離す。

隼人 :でも、引出物をカタログにしちゃうっていうのはやっぱり……。
美華 :いいじゃない。好きなもの選んでいいっていうんだから。
隼人 :こう……見た目に華がないだろ。冊子っていうのは。
美華 :でも、ちょっと良い食器とか家電なんか届いた日には、嬉しくなるじゃない?ああ、披露宴に行ってよかったなって思ってもらえるわよ。
隼人 :引出物に家電なんて……。やっぱり駄目だ。(立ち上がる)
美華 :ちょっと。どうするの?
隼人 :たばこ吸ってくる。
美華 :もう。

 美華、立ち上がるが、チャイムの音。そのまま電話機に向かい、液晶画面を見る。隼人はベランダに向かおうとするが、足を止める。

美華 :あら。はーい。ちょっと待っててね。パパ、ルイくんが来た。
隼人 :彩華はいるのか?
美華 :見えなかったけど。何だろう?

 美華、廊下に出る。隼人も出ようとするものの、また座る。

美華 :こんばんは。どうしたの? えっ? ちょっとどうしたの?

 類、ドカドカと部屋に入ってくる。ネクタイのないスーツ姿で、ジャケットは左手に下げている。背は高く、真面目そうな顔立ちだが、顔は耳まで赤く、目は不安げに揺れている。また、額には汗が流れ、ワイシャツも濡れている。部屋に入るなり、ジャケットと鞄を揃えて落とし、がくりと膝をつく。
 美華、類に続いて部屋に入るが、驚いて立ち止まる。類は正座に座り直すが、やや猫背ぎみである。

類 :お義父さん、お義母さん、突然すみません。今日は大切な話があってきました。

 隼人、立ち上がる。美華は類の落としたジャケットと鞄を拾い、テレビから背を向けた椅子の上に置く。一連の動作をしつつセリフを話す。

美華 :ちょっと待って。とりあえず椅子に座りましょう。それにお水。
隼人 :ママ。いいから。先に話を。

 類、大きく息を吸いながら、床に手をつく。床ばかりを見つめ、一度も目を合わせようとしない。

類 :突然お邪魔してすみません。明日の結婚式ですが、中止させて頂きたいんです。
隼人 :は?
類 :今まで迷って、悩んで、考えてきました。彩華さんはとても素晴らしい人です。至らないのは私の方で、こんな気持ちでは、結婚できないと思いました。この期に及んで、こんなことを言って、ご迷惑をおかけしているのはわかっております。でも、どうか、今一度お時間を頂けないでしょうか?

 隼人、絶句する。美華は類の傍に寄り、しゃがむ。移動しながらセリフを話す。

美華 :ほらやっぱり。そんな状態で話す話じゃないから。とりあえず、座ってお水飲んで。
類 :いいえ。申し訳なくて、席に着くことはできません。それに、顔は赤いですが、決して酔って言っているんじゃないんです。
隼人 :理由はなんだ。どうして今になって結婚できないなんて。
類 :自信が……無くなったんです。だって、私は、ちょっと前まで引きこもりで、大学も辞めて、でも、結局することなくて、会社入って、彩華さんと知り合って、まだ全然仕事もできないのに婚約してしまって。どうして私なんかと……。

 類、ぐだぐだと言いながら、徐々に頭を下げて潰れていく。隼人、唖然としていたが、聞いているうちに顔が険しくなり、キレる。

隼人 :いまさら何を言ってるんだ。そんなことは随分前からわかってたことじゃないか。何か月かけて準備をしてきたんだ。それを……。
美華 :パパ。そんなに強く怒鳴ったら、何も言えなくなっちゃうでしょ。いいから、 続けて。
類 :彩華さんの方が歳もキャリアも上なのに、結婚を決めたら「同じ部署にはいられないから。」ってさっさと事務職に移動するなんて、もったいないんですよ。なにもかもがもったいないんですよ。
美華 :そうだったの? あの子職場の話なんて全然しないから。でも、ほら、営業も色々大変そうだし、そういうのは若い人に譲ってね。
類:彩華さんもそう言ってました。でもそんなことまでして、私と一緒になっても、幸せって言えるんでしょうか?
美華 :そう思うなら、彩華に聞けばいいじゃない。
類 :そのことについては何度も話しました。でも、彩華さんは言うんです。「幸せになるために結婚するんじゃないから。」って。
美華 :うんうん。ちょっと変わったところあるからね。
隼人 :もういいわかった。結婚式は中止だ。お前は今後娘との関係を一切絶ってもらう。
美華 :でも、いいの? 彩華にもルイくんのご両親にも話してないんでしょう?
類 :彩華さんにはこれから話します。ただ、彩華さんに強く反対されたら、なにも言えなくなるので、あらかじめここに。両親は明日の始発で来るみたいなんで、多分寝てると思うんですけど。
美華 :だったら、なおさら早く報告しないと。
類 :そうですよね。ちょっと両親に電話してきていいですか?
美華 :ちゃんと相談してから決めた方がいいから。ね。
類 :すみません。

 類、廊下に出る。

隼人 :なんなんだ。アイツは。こんなときに。突然。
美華 :きっと色々考えちゃったのよ。本当はご両親に相談したかったんだろうけど、会うことはできないし。わけわかんなくなって家に来ちゃったんじゃない?
隼人 :ママはなんでそんなに冷静でいられるんだ。婚約が破棄になるんだぞ。しかも前日に。もうキャンセル料なんて戻ってこないし、会社だって居づらくなるだろ。
美華 :そんなのはルイくんに任せちゃえばいいじゃない。向こうが言ってきたんだし。
隼人 :そんなこと言ったって、あいつにだって、将来があるのに、いきなり借金負わせて将来まで奪うのか?
美華 :えっ? ああ。ふふふ。なんだ、そうだったの。
隼人 :なんだ。
美華 :この前まで、さんざん反対してたのに、結局はルイくんのこと気に入ってるみたいだから。
隼人 :違う。そんなことになったら、彩華がかばうに決まってるじゃないか。金だって貯金から出すし、もう事務職移動も出してるんだろ。あいつを不利に追い込むことは、彩華を追い込むってことなんだよ。
美華 :あ、なるほど。確かにそうかもね。
隼人 :そう思うと、ますます腹立たしい。一発殴っていいか。
美華 :やめてよ。父親が婿を殴る時代は終わったの。お茶のおかわりいる?
隼人 :いや。いい。

 類、戻ってくる。

美華 :ご両親、なんて?
類 :反対されました。「もう家に帰って寝ろ。」の一点張りで、こっちの言うことなんて聞いてくれませんでした。

 電話が鳴る。美華、出る。

美華 :はいもしもし。はい。あ、この度は。ええ。まだいますよ。

 類、電話を見つめる。隼人、席を立ち、類に近づく。

美華 :はい。ああ。そんな。はい。はい。え? ああ。そうなんですか? はい。
隼人 :おい。
類 :はい。
隼人 :お前、本当に結婚やめたいのか。
類 :はい。あ、いえ。
隼人 :時間をくださいって言ったじゃないか。中止じゃなくて、延期なんじゃないのか。
類 :……本当は、よくわからないんです。
隼人 :わからないって、お前の気持ちの話なんだよ。
類 :本当にわからないんです。嬉しい気持ちもあります。むしろ嬉しい気持ちしかありませんでした。だけど、その後同じ分すごく不安にもなって。
隼人 :じゃあ、どうしてプロポーズなんてしたんだ。
美華 :じゃあ明日また改めて。はーい。

 美華、電話を切る。隼人、どかどかと席につく。

美華 :ルイくんのお母さんだった。「ご迷惑おかけして申し訳ございません。いつもの発作なのでほっといていいです。」って。面白いね。
類 :すみません。確かに発作みたいなものかもしれません。試験の前日も、入社の前日も、旅行の前日でさえも、こうしてナーバスになるんです。
隼人 :いい歳した大人がなにを。
美華 :いいのいいの。私もやったから。会場押さえて、ドレス決めて、招待者から返事が来始めたころから、ずっと。
類 :そうなんですか?
美香 :(うなずく)今のルイくんみたいに、とにかく不安だったの。私はずっと実家暮らしだったし、受験は小学生からエスカレーター、就職は親のコネで、もう私は親がいないと生きていけないっていうのは、なんとなくあって。とにかく親と離れるのが嫌だった。
類 :わかります。私もずっと親に甘えっぱなしだったので。
美華 :極め付けは一ヵ月前ね。親につい、パパへの不安や不満をこぼしたら、そこからもう家族会議。結局三人ではどうにもならないからパパも呼び出して。そしたら、丁度パパもご両親といたから、そっちも来て。こっちの両親とそっちの両親で全面戦争よ。お互いの子どもの悪口言い合って。
類 :ええっ?
美華 :それに引き替え、彩華はまったく不安そうにしないの。さっさと結婚決めちゃうし、式の相談とかはしてくれるんだけど。でも、式なんて、その時々の流行があるから、私も全然わからなくて。
隼人 :結婚式は儀式だから、流行とかはいいんだ。
美華 :この人はこんなこと言って。ちょっと昔気質なところあるから。あれこれ言うんだけど。
類 :あ、それは知ってます。彩華さん、こっちで色々言ってるんで。
美華 :やっぱり言ってるんだ。
類 :でも、なんだかんだで調整してます。お父さん子みたいですね。
隼人 :そんなことない。ちっさい頃から「ママ。ママ。」言ってママのあとばっかりくっついてるんだ。
美華 :そんなことないよ。「パパ。パパ。」言うし、顔も性格もパパそっくりなんだから。私が産んだのに、パパにばっかり似ちゃって。

 チャイムが鳴る。美華、返事をして出ようとするが、鍵の音が空を切る音がして、彩華、どかどかと入ってくる。華やかな大振袖。類と隼人、驚いて立ち上がる。

彩華 :ちょっとママ、また玄関開けっ放しだったよ。
類 :彩華、どうして、そんな……。
彩華 :独身パーティーも終わったし、ちょっとパパの顔でも見ようかなって思ってたら、ルイのお義母さんから電話があったの。お義母さん、滅茶苦茶謝ってたよ。
美香 :あーあ。ルイくんママったら、あの後、彩華にも電話しちゃったのね。
彩華 :どういうこと?
類 :いや。あの。その。
彩華 :やめるの? 結婚式。
類 :いや、まだ、やめるとも思ってないっていうか。ちょっと考えたいっていうか。
彩華 :じゃあ、今、考えて。どうせ、また「年下が」とか「仕事が」とかでしょ。でも、今さら私は事務職から動くつもりはないし、ルイの年下になることはできないから。ごしゃごしゃいってないで、今、考えて。
類 :わかった。考える。考えるよ。

彩華、心の中で3つ数える。

彩華 :考えた?
類 :早いよ。
彩華 :むしろ遅いくらいだよ。何カ月付き合ってきたと思ってるの? もう答えなんてでないよ。時間切れ。もう結婚する方向でまとまってんの。
類 :(強めだが、徐々に自分の発言にさえも自信がなくなってくる)じゃあ! じゃあさ、ひとつ、質問させて。その、判断材料のひとつとして。
彩華 :なに?
類 :なんでプロポーズしたの?
隼人 :彩華がしたのか?
彩華 うん。付き合ってるだけじゃ足りなかったから、プロポーズした。ルイって若い子から人気あったし。
類 :じゃあ、なんで「付き合おう。」なんて言ったんだ?
隼人 :告白したのもお前なのか?
彩華 :うん。ちょっと「いいな。」って思ったから「付き合わない?」って聞いた。そのときも、プロポーズのときも、ルイは「はい。」って答えました。
類 :じゃあ、どこがいいって思ったんだ?
彩華 :そんなの、いっぱいありすぎて答えられないよ。強いて言うなら、離婚しやすそうだから。
隼人 :は?
彩華 :ルイって面倒くさいの好きでしょ。実際かなり面倒くさい奴だし。離婚ってさ、すっごい面倒らしいんだよ。特に社内結婚で、どっちも退職しない場合。相当ヤバいね。そういうの考えて、離婚やめるパターンもあるらしいんだけどさ、そういうので離婚やめるのだけは嫌なの。だから、ルイとだったら、お互いの愛情が冷めて離婚しようってなったときに「面倒くさいからやめよう。」っていう選択肢はなくなるでしょ。
類 :つまり、離婚をするために結婚するのか?
彩華 :飛躍しすぎだよ。そうならなければいいとは思ってる。でも、どうなるかわからないでしょ。結婚した瞬間に、暴力をふるうようになるかもしれないし、浮気するかもしれない。
美華 :ごめんね。この子ちょっと変わった想像力を持ってる子だから。通訳すると、ルイくんの面倒くさいところが好きみたい。今だって、口はキツイけど、絶対ちょっと楽しんでるわよ。
隼人 :ママ! そうじゃないだろ。なんでそんな適当な……。もういい。彩華が、この歳まで結婚しなかったのはな、ずっと付き合ってた奴が「面倒だ。」って言って、結婚しなかったからなんだよ。そもそも、本当につき合ってたかどうかさえ、わかったもんじゃない。俺達に挨拶すらしてこなかったんだから。
彩華 :パパ。いいよその話は。
隼人 :それでも彩華はずっと一緒にいたんだ。なのに、そいつが地方に転勤になってしばらくして、別れた。彩華から断ったらしい。「遠くにいる人をいつまでも好きでいるのは、日々美化されていくその人の残像を好きになっているようなものだから。」って。そういう、まっすぐな子なんだよ。それを、今更……。
彩華 :違う。そんなことないよ。確かに、もう面倒くさがりな奴とは二度と付き合わないって思ったけど、それは関係ないよ。いや、関係ないことはないと思うけど。

 沈黙が流れる。重いものではなく、次に、誰が、何を言うのか伺うような沈黙。

類 :そういうの、言ってほしい。
彩華 :え?
類 :彩華は、いつも、そういうことも、なにも言わずに勝手に決めて、勝手に行動するから。今の話もそう。仕事の話もそう。めんどくさいなんて思わないから、話してほしい。決める前に相談してほしい。
彩華 :うん。ごめん。でも、本当に、そういうのは抜きにして、面倒でも、色々悩んで、あれこれ言いながらも、一所懸命生きてるルイくんを支えたいとは、思った。
類 :わかった。野暮なこと聞いてごめん。あと、もうひとつ聞いていい?
彩華 :いくらでも。
類 :なんで、振袖着てるの?
彩華 :明日から着られなくなっちゃうからね。最後の夜はこれって決めてたの。ママもそうだったって聞いたし。
類 :そっか。彩華は全然悩んでなかったんだ。
彩華 :当たり前でしょ。だって、プロポーズする前からずっと、悩んで、考えて、それでも「結婚しよう。」って決めたから、したんだもん。だから、いいよ。類は悩んで。

 彩華、振袖を横にひらひらと振る。

類 :あの、さっきのお義母さんの話、続きを伺ってもいいですか?
美華 :ああ、マリッジブルーの話?
彩華 :そんな話してたの?
美華 :うん。私が結婚を渋ったばっかりに、私の家に、パパと、パパのお義父さんとお義母さんが来て全面戦争になっちゃったの。
彩華 :何それ、知らなかった。
美華 :だって聞かれなかったから。それで、私たちより、親同士が盛り上がっちゃって、お互いの悪口ばっかり。あのときは「もう終わり。」って本気で思った。
類 :それで、どうしたんですか?
美華 :それが、話し合いの途中で、家が停電になったの。いよいよ式場キャンセルの電話かメールをしようってときに。確か、ひどい台風が来たのよね。
隼人 :そうだ。もう俺らも家に帰れないとわかって、本格的に腰を据えて話し合おうとしたら、ママが「アイスを食べませんか。」って言ったんだ。全員唖然としたよ。「誰のためにここまでやってんだ。」って。
彩華 :うわー。ママ自由過ぎるよ。
美華 :違うの。なんかね、親同士が、私たちの将来について揉めてるのを見ながら、すごく違和感を感じたの。親に対しても、婚約を破棄することについても。結局のところ幸せかどうかなんて、私の気持ち次第なのに。そしたら停電でしょ。もう、冷蔵庫の中が気になっちゃって。クールダウンするためにも、アイスを食べた方がいいと思ったの。
類 :それで?
隼人 :食べたよ。無言で。そしたら、今度は「暗くなる前に夕食作らないと。」っていうんだ。んで、俺の親父とお袋が冷食をガスで温めて、ママのご両親が懐中電灯探して。その明りで夕食食べてる間に電気が回復したんだよね。でも、まだ帰るのは大変だったから、結局三人で泊まってったんだ。
類 :その間、おふたりはどうしていたんですか?
隼人 :……。
美華 :……。
隼人 :次はママの番だ。
美華 :順番じゃないでしょ。パパが話してよ。
隼人 :俺は嫌だ。ママが話せば言いだろ。
美華 :別に話してもいいけど……やっぱりダメ。
彩華 :なんでよ。私も知りたい。
美華 :嫌よ。だって、本当に最高だと思うことは絶対に言わない主義なの。パパを除いて。
彩華 :は?
美華 :最高に面白かったこと、最高に怖かったこと、最高に幸せだったことはパパとふたりだけのひみつ。でもね、さっきの彩華見てたら「この子は本当にパパの子。」って思った。パパも、始めから何も悩んでなかったし、両親が喧嘩し合ってても不安なんてなかったもの。
類 :あの、お願いです。聞かせて下さい。
隼人 :おまえにだけは駄目だ。
類 :なんでですか?
隼人 :うちの家族にならないんだろ。さっさと出て行ってくれ。もう婚約は破棄する。おまえと結婚はさせない。
類 :……そうでした。すみません。あの、お義父さん、お義母さん、改めて言います。彩華さんを私に下さい。私を、この家族の輪に加えてください。
彩華 :は? 心変わり早すぎない?
類 :彩華の気持ちも聞けたし、今のおふたりの話を聞いて、なんかよくわかんないけど、良かったんだ。このお義父さんとお義母さんがいて今の彩華がいる。それが、なんというか、凄く嬉しくて、悩んでたことが晴れた。(向き直って)どうか、お願いします。

 隼人、険しい顔で、静かに、そして頑なに拒否をする。徐々にヒートアップし、子どものわがままのようになる。

隼人 :駄目だ。
類 :彩華さんを泣かせません。
隼人 :無理だ。
類 :確かに、全く苦労をかけないというのは。
隼人 :絶対駄目だ。
類 :でも、私ももう自立した大人です。彩華さんさえよければ。
彩華 :私は始めから……。
隼人 :嫌だ! おまえなんて。イヤだ!
類 :私は! 彩華さんだけじゃなくて、お義父さんもお義母さんも幸せにします。

 美華、嬉しそうに笑い出す。なんとか堪えようとするも、顔がほころんでしまう。

美華 :くくくっ。ああ、ごめんね。はははっ。続けて続けて。
隼人 :……もういい。彩華、本当にこんな奴でいいのか?
彩華 :でも、ほら、パパのことも幸せにしてくれるって言ってるし、定年過ぎてるんだから、うんと贅沢しちゃっていいんじゃない?
美華 :彩華ったら、そんなこと言って。
隼人 :彩華も大概面倒な娘で、お前が幸せにならないかもしれないが、いいのか?
類 :いいんです。彩華さんが面倒かどうかも、私が幸せかどうかも、私が決めることです。私はお義父さんとお義母さんどっちも似ている、彩華さんを素敵だと思います。ずっと、彩華さんと一緒にいたいです。
隼人 :そう思っているなら不安になる必要ない。面倒や苦労を惜しまない気持ちがあれば、なんだってどうにかなる。後は、ふたりで話し合って決めろ。俺もそうしてきた。
類 :はい。

 彩華、咄嗟に隼人と類に背を向ける。美華も背を向け、彩華の肩に手を添える。

隼人 :遅くなっても、正月くらいはここに来い。
類 :はい。
隼人 :引き出物は、そっちで選べ。あの、カニがいい。カニのやつ。
類 :はい。
隼人 :こっちはいいから。娘を、こんなにバカな娘を、頼まれてくれるな?
類 :はい。はいお義父さん。ありがとうございます。

 少しの間。美華が振り返り、台所へと歩いていく。

美華 :ああよかった。これでルイくんもお水飲んでくれる。あ、お茶の方がいい?
類 :いえ、今日はもう帰ります。本当にお騒がせして申し訳ございませんでした。
隼人 :まったく、何しに来たんだ。
彩華 :じゃあ、ちょっと待っててよ。私もこれ脱いで帰るから。一緒に帰ろ。
類 :いや、彩華はここに残った方がいい。家族で。最後の夜なんだから。
彩華 :ひとりで大丈夫?
類 :うん。大丈夫。明日早くに親を迎えに行くし。
美華 :じゃあ、ママは下まで送って行こうかな。
類 :そんな、いいですよ。
美華 :ママのことも幸せにしてもらうんだから、点数稼ぎ。ふふっ。ついでにコンビニでアイスでも買ってこようかな。
類 :じゃあ、私が買います。
美華 :あら、嬉しい。さ、行きましょ。
類 :すみません。お邪魔しました。

 類、隼人に挨拶をして、部屋を出る。美華、類に続く。

彩華 :良い人でしょ。
隼人 :どうだか。おまえは男見る目がないからな。
彩華 :そうかもね。とりあえず、これは脱がないと。ねえ、パパ、綺麗?
隼人 :ああ。本当に見納めみたいだな。
彩華 :(くるりと回って)よーく見といてよ。
隼人 :見たよ。キレイキレイ。
彩華 :ふふっ。パパ、ありがとう。
隼人 :なんだ。
彩華 :ううん。
隼人 :もういいから。タバコ、吸ってくる。ゆっくり着替えなさい。

 隼人、ベランダに出る。彩華、廊下に近づき、電気に手をかける。

彩華 :パパ。ねえ。今日だけさ、川の字で寝よっか? でも、あんまり特別っぽいことしない方がいいかな? ねえ。でもさ、今日は特別な日だよね、パパ。
明日はさ、ちゃんと手紙で「おとうさん」っていうけど、やっぱりさ、パパだよね。

彩華、電気のスイッチを切る。暗くなった部屋で、せきを切ったように泣き出す。
 空にはにじんだ月だけが浮かんでいる。月光は手すりに手をつき、未来を見上げる隼人の影を作った。

【完】

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 読みごたえがあったと思います。ひと休みしてくださいませ。 もし余力がありましたら「スキ」やフォローをお願いします。