短編小説|スピカ
「ねえねえ、スピカって知ってる?」
隣の席の四ノ宮 麦(しのみや むぎ)が、朝のホームルームが終わってすぐに俺に問いかけてきた。
「…乙女座の一等星だろ、知ってるよ。俺、天文学部だぞ。知ってるに決まってんだろ。」
春の夜空で青白く輝く星。それがスピカだ。
少し強気に答えた俺に、四ノ宮はふふんっと悪戯っぽく笑う。
「そう言うと思った!違います〜星のスピカじゃありません〜ほら!これ!」
ずいっと腕を伸ばして俺の顔にスマホを近づけてくる。
「…近すぎて見えねえ。」
「市ヶ谷(いちがや) 、まだ聴いてないの?!
UU(アンダーユー)の新曲!!!」
アンダーユー
通称、UU。
四ノ宮がハマっているインディーズバンドグループ、らしい。
先月の末に席替えをしてから約1ヶ月、俺は四ノ宮から何度も何度もこのUUについて熱く語られ、なぜか布教されている。
「いや聴かねーし、興味ねーし。」
「え〜!こんなに良い曲ばっかなのに〜」
四ノ宮はスマホをいじりながらぶつくさ言っている。
「布教するなら他をあたれって何回も言ってんだろ」
「なんで!いいじゃん〜
だって市ヶ谷話しやすいし…」
「………」
「しかもさ、今回のこのスピカって新曲、UUにしては珍しく片想いソングなんだよ!歌詞も素敵でさあ〜」
「………………ふーん…」
「だから今度こそ市ヶ谷に聴いてほしくてさあ〜!絶対ハマるから!私保証する!どう?!公式YouTubeのURL送るから市ヶ谷LINE教えてよ!てかMVも綺麗でさあ〜」
「………………………………………」
UUの新曲について熱く語る四ノ宮をよそに、
俺はゆっくりと両手で顔を覆う。
…ごめん、ちょっと心の中で叫んでも良い?
…実はその曲作ったの俺なんだ!!!!!!!
きっと俺の顔は今真っ赤になってるんだろうと分かるほど、熱くなっている。
……
高校2年の夏、初めて四ノ宮を見かけた。
天文学部でやったプラネタリウムのイベントで、数少ない観客の中すっごく楽しそうにしてくれて、星の説明も興味津々で聴いてくれて。
それからずっと気になってて、気づいたら目で追ってて。
ああ、君はバレーボール部なんだなあ、とか
名前は四ノ宮 麦って言うんだな、とか
もしかしたら俺、
四ノ宮のこと、好きなのかな、とか。
3年でクラスが一緒になって、
クラス分けの表に名前があった時はびっくりした。
意識が軽く遠のくくらいに心臓がバクバクした。
隣の席になってからは冷静に振る舞うことに必死で、
でもそんな日々が日常になっていくのが嬉しくて。
…顔を隠したのは、そんな想いがあふれそうで。
「…………そこまで言うなら、わかったよ…」
「え?」
「…MVのURL…送って…。…LINE、教えるから」
赤くなった顔を隠しながらぼそっと呟いた俺に
「え?!やったー!うん!送るね!」
四ノ宮は、屈託のない笑顔でそう言うから。
「………。
……まあ、気が向いたら聴くわ」
「も〜素直じゃないなあ!今すぐ聴いて!」
俺はまた、言い出すことができなかった。
スピカって曲のタイトルは、
こっそり君の名前から拝借したんだってことも。
おわり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?