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憧れのいつかのあの子。

新緑の季節になると、いつも思い出す名前も知らない「あの子」がいる。

それは、大学1年生の時。アルバイトをしようと申し込んだ試食販売のアルバイト研修でのことだった。その研修には、同じ大学生くらいの女の子たちが参加していて、私もそのひとりだった。

ビルの会議室で行われた研修。指導の女性の方がいて研修が行われたのだけど、時代もあってか、指導の仕方がものすごく厳しかった。

「いらっしゃいませ!」
「もっと大きな声で!もっと明るく!」

「こちらいかがですか?」
「そんな声じゃ、誰にも聞こえない!」

こんな感じで言われながら、研修に参加した女の子たちの大半は、その場の空気に圧倒され、必死についていこうとしている感じだった。

私はその場に違和感を感じつつも、その時、その指導者に認めらるように、何とかこの場を切り抜けられるように求められているであろう大きな声を出した。

「これ、一体何だろう…」ともやもやを抱えていた時、隣にいた女の子が「すみません」と手を挙げた。

「私には、このやり方は難しいと思うので、失礼します」

その子は、少し申し訳なさそうに、でも真っすぐに前を見てそう言って研修会場を出て行った。ふとその子の手を見ると、少し震えていたことを鮮明に覚えている。

当時、私は彼女のこの行動に、ものすごく衝撃を受けた。
「嫌と言ってもいいんだ」「断る選択肢もあるんだ」
と思ったらものすごくほっとして、帰り道ではらはらと涙がこぼれたことをよく覚えている。それはちょうど5月で、新緑がとても美しかった。

大人になってからも度々ある、
自分の意志に反してその場の流れに連れていかれそうになってしまう時。
思っていることを言いづらい時。

そんな時はいつも、相手を非難するでもなく、「私は」を主語に自分の気持ちを一生懸命に伝えたあの子を、思い出す。
その子を思い出すことで、私も勇気を振り絞って少しずつ伝えられるようになった。

20年以上前のことでもう顔も覚えていないけれど、その「いつかのあの子」に、私はずっと憧れている。

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