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【SABR】大谷の得点圏とブルージェイズ投手陣の策略

鯖茶漬です。いつもお世話になっております。

フォロワーの雨宿りさん(@kikeamayadori)の記事に触発されたので書きます。「セイバーメトリクス記事」というほど大層なものではないですが「大谷の得点圏別成績」に対しての所感と気になったことを少しだけ。

既に雨宿りさんの記事に目を通している、という方を対象に書きます。


■なぜ議論になるのか

まずは自分の所感をつらつらと。

巷では「大谷はチャンスに弱い」「いや、過去の得点圏の成績を見てみろ」みたいな議論が数日に渡って行われています。既に気づいている人も多いと思いますが、この議論はまったくといっていいほど意味がありません。なぜならどちらも過去の成績から正しい意見を述べているからです。

例えば前者は「今季の得点圏の大谷の成績」を、後者は「過去数年の得点圏の大谷の成績」を指しています。今現在の大谷は「過去は得点圏で打っていたが、今季は打てていない打者」。つまりどちらも真っ当な意見なんです。裏を返すと「前者に対して後者で反論する」のはやや的外れかなと。前者が指しているのはあくまで「今季の大谷が得点圏で打てていない」という事実。そこに対して「過去は打っていたんだ」は、正しくもあり的外れでもあります。気持ちはわかりますけどね。ここだけは強調しておきます。

自分の感想は以上。ここからもう少し「野球」の話をしてみます。


■「大谷翔平はチャンスに強い」は本当か?

既に散々議論されている話題だとは思いますが改めて。雨宿りさんの記事と被ってしまう部分はありますが、まずは「大谷の走者状況別成績」を確認してみます。

主観が混ざってしまうきらいはありますが、多くの人が指す「大谷翔平の成績」とは、MVP級の成績を残し始めた2021年以降を指すことが多いと思います。ですのでその時期の成績を見てみましょう。まずは得点圏時の打撃成績から。

データはFangraphsより。

凄まじいほど打ちまくっています。wRC+186はこの期間に150打席以上得点圏での打席があった選手全355名中トップの数値。「得点圏で最も回したくない打者」といっても過言ではありません。

ここで注意したいのは「得点圏時の成績」を用いて「大谷はチャンスで勝負強さを発揮する」と考えてはいけない、という点です。得点圏時において結果を残しているのは確かですが、そもそも普段から同程度の数値を記録している可能性があるからです。得点圏で打っていても、それ以外の状況でより結果を残している場合、相対的に「チャンスに弱い」と言えるかもしれません。なので走者状況別で比較してみましょう。

得点圏時wRC+186に対し走者なし時はwRC+141。やはり走者あり、特に得点圏に走者を置く局面でより真価を発揮しているようです。

次に今季の走者状況別打撃成績を見てみましょう。過去3年間の成績とは対照的になっていることがわかります。

過去3年間、走者状況別において最も打っていた得点圏時においてwRC+43。走者なしの状況と比べると一目瞭然です。この数値だけ見ると「今年こそ打てていないが、元々大谷はチャンスに強い打者だ」は一見筋の通った意見のように思えます。

ですが「得点圏の成績が優れている=勝負強い」もしくは「今季は得点圏で打てていない=今季は勝負弱くなってしまった」と解釈するのは危険。その理由をいくつか挙げていきます。


■サンプル数の少なさ

シーズンはまだ始まったばかり。開幕直後からスタートダッシュを決める選手もいれば、徐々に調子を上げていく選手もいます。4〜5月の段階で打率4割を記録し「今年こそ4割打者誕生か」と騒がれるも、シーズン通して見ると平凡な成績に終わったケースは野球ファンなら目にしたことがあるかと思います。これは指標が安定するために必要なサンプルサイズが少ないためです。

「打率」という指標を例に挙げてみます。Baseball Prospectusのラッセル・カールトンによる分析では、打率が安定するために必要な打席数は910打席。レギュラー野手が大体シーズン600打席、つまり1シーズン単位では安定しないことがほとんどです。

得点圏時の大谷の成績に話を戻します。今季の大谷の得点圏時の打席数は44。打率、出塁率、長打率、どの指標を取ってもサンプル不足と言えます。また、上で紹介した21-23年における大谷の得点圏時の打席数は412。もはやこの打数すらもサンプル不足感があります。今季のごく僅かなサンプルよりは信頼に値しますが、過去3年間の結果すらランダムな要素の影響が大きい可能性も否定できません。

また、指摘されたFirst Pitch Swing%に注目してもSwing%のサンプルサイズは約50打席。さらにそこから初球のみに注目すると必要なサンプル数は多くなります。今季の得点圏時におけるFirst Pitch Swing%が高いのは間違いないですが、やはりここに原因を求めるのは危険に思えます。

…とは言ったものの、より少ないサンプルサイズで安定する打撃指標xwOBAを見てみると過去3年間のランナー無しの局面でxwOBA.390一方得点圏の局面ではxwOBA.428を記録しています。やっぱり得点圏には強いのかもしれません。

■「勝負強さ」は水物

そもそも点差を無視したすべての得点圏を「チャンス」とすることにも違和感がありますが、セイバーメトリクスは得点圏における「勝負強さの一貫性」を否定しています

上の記事は得点圏時で走者を生還させるのに必要な「長打力」に注目し、そこに一貫性は見当たらない、と結論付けた分析です。重要な局面での勝負強さを示す「クラッチ能力」にも言えることですが、特定の局面で進化を発揮する打者は「存在しない」というよりも「存在するが、その能力は一貫しない」というのがセイバーメトリクスの見解です。仮に大谷がチャンスに強かったとしても、その能力は毎年維持される根拠はまったくありません。


■ブルージェイズの配球から見える「凡退の理由」

おまけみたいになってしまいましたがここからが本題。

大谷の今季の得点圏時の不調を説明するにはサンプルが足らず、その原因を特定するのは困難です。現に得点圏時のxwOBAは.445と高い数値を記録しており、結果とは別に「打球の質」に注目すると内容自体は悪くありません。雨宿りさんの記事にあった「First Pitch Swing%の上昇」や「難しい球に手を出しての凡退」もあくまで結果の説明。不調の要因とするのはやや根拠が足りません(このあたりは雨宿りさん本人も仰ってます)。

私個人としても「得点圏での結果は水物。どうせそのうち上がってくるでしょう」くらいに考えていましたが、試合の中で気になった場面があったのでひとつ紹介します。

対象の試合は現地時間4月28日のブルージェイズ戦。この日の大谷は4打席ノーヒット。特に得点圏にランナーを置いた第4打席ではインハイのボール球に連続してスイングし、結果は内野ポップフライ。「積極的すぎる」「ボール球に手を出したことが原因」と語ることは簡単ですが、ここで「ブルージェイズ投手陣の配球」に注目してみます。

第4打席。

「ブルージェイズのリリーフ、イーミ・ガルシアがインハイに2球フォーシームを投げ込んだ」「それに対して大谷がスイングし、結果凡退した」というだけの打席に思えます。しかし、過去のガルシアの投球に注目してみるとこの2球は明確に意図を持って投げ込んだボールだということがわかります。

この試合前日までの、対左打者におけるガルシアの配球を見てみましょう。

データはBaseball Savant

大谷に2球投げ込んだインハイの直球、なんとここまで1球も投じていません。普段から決め球としてこのゾーンに投げ込んでいたとしたら違和感はないかもしれません。ここ一番という局面で、ブルージェイズバッテリーが意図を持ってインハイに投げ込んだことは明らかです。

対右投手における大谷のゾーン別wOBAを確認すると、その配球により説得力が増します。ここでもサンプル数が少ない問題はあるものの、今季大谷は比較的インコースのボールを苦手としています。雨宿りさんの記事に紹介されていたように「大谷の得点圏時の積極的なアプローチ」というデータに加え、「苦手なコースへの配球」も加わることで、この凡退の内容を説明できるのでは?と感じました。

2024年対右投手のwOBA。

さらにこの配球に、ブルージェイズ先発、ケビン・ガウスマンの配球を加えるとより信憑性が増します。

4月28日の対大谷Pitch Chart。

徹底したインハイへのストレートと外角ボールゾーンへのスプリット。やや真ん中寄りに入ったボールこそあるものの、基本的に捕手の構えゾーンギリギリです。

第1打席の中直。構えはアウトロー。
第3打席の見逃し三振。構えはインハイ。

打席の内容はどうしても「打った」「打たなかった」という点に注目されがちで、その内容や意図といった部分は数字からは読み取れないことも多くあります。今回取り上げたブルージェイズの配球も、仮に大谷が打ち返していたら別の解釈ができたかもしれません。シーズンはまだ全体の20%を消化したほど。何かを結論づけるにはデータが少なすぎる点には注意しなければなりませんが、バッテリーと打者の駆け引きといった選手の意図が見える部分に注目すると新たな発見があるのでは、と感じた試合でした。

ちなみに自信ないので最後にこっそり。大谷が本来得意としていたインコースと今季を苦手としてる要因のひとつはこれなんじゃないかと思います。

最後のは本当に勘です。


※ヘッダー画像はhttps://www.truebluela.com/2024/2/28/24085189/dodgers-shohei-ohtani-teoscar-hernandez-matt-kemp-enrique-hernandezを引用。
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