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トラウマのある育歴のあるわたしが自分の子どもと付き合っていく不安を抱えて

あんたは、ほんまにどんくさい。
新生児室にいる中で、一番ブサイクやった。

生まれながらにして母の口からは謙遜を越えたわたしを卑下するワードに見舞われて育ってきた。年子に弟がいて育児がそれなりに大変だったのは、私自身が年子育児を経験しているから、理解できなくもない。
ただ、そこまで感情むき出しに罵られたり、そのタイミングが子供には訳のわからない理不尽なきっかけだったりして、物心ついた頃から生きるテーマは、とにかく"いかに母の機嫌を損なわないか"。

中学に入る頃からは、一応冷蔵庫に食べる物はあり、塾にも通わせてもらう等、生活に困窮してるわけでもない一見普通の境遇だったが、家庭内は当に夫婦の亀裂が取り返しのつかないところまできており、母は家事育児を一切卒業?という名のいきなり放棄。家の中は主婦が不在になるや否やあっという間に荒れてしまった。記憶として刻まれている中では、ここから家庭機能不全に陥り、ただでさえ自分を保つことも不安定な思春期の最中を、学校でのいじめ、家庭不和、それでも母の敷いたレール以外は許されない受験戦争…と、暗黒期を迎える。

はじめまして。
関西のほどよく田舎に5人の子供たちと夫と暮らすアラフォー主婦です。
自分の生き辛さやネガティブな思考を、学びや考え方で晴らそうとこれまで長い長い道のりを一人で抗ってきました。が、子育てをする中で子供たちと向き合えば向き合うほど、あれほど忌み嫌っている母の存在が日に日に大きくなり、母とは違う子育てをするんだ!と意識すればするほど辛さが増してくではないですか。
人よりちょっぴり長い子育て期間ゆえにしんどいと思い込んでたのですが、この春から今年3歳になる末っ子が晴れて入園し、ようやく一人時間がとれて楽になれる…と期待していたのとは裏腹に、時間ができたことで今まで考えないようにしてきた思いや場面がフラッシュバックして。なんでもないタイミングで一人涙をこぼす、というホラー現象の日々です。

根底にある母との確執、そして深く深く潜って、もはや姿を確認することさえできなくなってしまったインナーチャイルドの存在がキーだということにようやく目を向ける決心をしました。

どんなに酷い親でも、親なりにやってくれたこと、与えてくれたこと。それには感謝をもたなけれとは頭ではわかってます。
でも、本当に幼い頃から"母親はかわいそう、わたしにも悪い部分はあるんだ。母のことを助けなければ"と、長女あるあるで勝手に使命感をもって自身を正してきたことを、いとも簡単に踏みにじり、甘え、利用されてきたことに大人になってから気づいてからは、どちらが100%悪いとかそういう問題ではないというのを前提に、ただわたしの言い分だってある。ということを吐き出しきれなかったことが、思いを腐らせてきてしまった。

常に、自分の振る舞いや言動が誰かに不快な思いやこの場にそぐわなかったら…と制御してしまう癖を、ここではそれを止める練習をして、どこかにいるはずのインナーチャイルドを見つけ出すために40年近い人生を振り返るセルフヒーリングとしての日記、そして自分の足で立つまでの長い長いジャーニーを綴りたいと思います。


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