見出し画像

連作ミステリ長編☆第3話「残響は、最後の言い訳に代えて」Vol.3

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門


~私立探偵コジマ&検察官マイコのシリーズ~
「MUSEが微笑む時」

第3話「残響は、最後の言い訳に代えて」


○ ーーーーーーーー あらすじ ーーーーーーーーーーーーーーーー ○
 私立探偵小嶋雅哉は法律事務所書記担当を退職し、京都に戻り元裁判所所長の叔父政之との共同経営が軌道に乗り始めた頃、検察官中原麻衣子と出逢った。仲が定着し始めた晩秋、退職前の元恋人から極秘の依頼を受けた。
 組織的な音楽LIVEチケットの転売に、警察庁のトップが絡む疑惑を調べて欲しいとの依頼。他方で、巷の個人ネット販売による転売送検で停滞なく、麻衣子も忙殺されていた。警視庁と警察庁の相殺監視で、犯罪を未遂に留める動向の、互いのトップに犯罪疑惑が被せられている。
 音楽を創る側、消費する側、違法を取り締まる側。各々の生活も絡み、最後に音楽の女神MUSEが微笑んだのは、誰の為なのか。。。


Vol.3‐①

 谷警部は、カップの底溜まりになったコーヒーを、飲み干した。引き続き、黒田玲苑のマネージャー佐々木からの情報を語る。

「美咲さんが客席に来てるのは、黒田も佐々木も知らなかったんだ。
 実は招待チケットだったが、今も繋がってやしないか❔と佐々木に訊いたんだ。そしたら、今はどうなのかは知らないが、何事もなくLIVEを終演したから玲苑は知らないはずだと、答えたんだ。

 イベンターに呼ばれてから旧知の女性だと判ったが、来てると知らなかったから、警察も呼んだしイベンター処理対応にしてもらった、と語った」

「その聞き取り捜査は、いつ頃ですか❓何日❓」
「事件の2日後。美咲さんが京都府立医科大学の附属病院に移送される日の午前中だ。被害者本人はまだ眠っているか意識のない状態だった。ウソを言ってる感じはなかったが、何か隠してるよ、あれはな」

「なるほど。では、イベンター担当者の岩崎の方は、いかがでしたか❓」「ああ、それが重要だ」
「お話頂く前に、もう1杯どうぞ。冷めてるでしょ❓」
「ああ、悪いな。それならカフェオレにしてくれるか❔
 普段は砂糖もミルクもたっぷり入れるんだ。このコーヒーは旨いけどな」

 谷警部が言うが速いか、神田君は、すぐさまPCデスクから離れて階下へオーダーに降りて行った。

「岩崎が、招待チケットを用意したんだそうだ。
 だが、美咲さん本人とは初対面だ。黒田玲苑から電話で直接頼まれて、佐々木は知らないはずと言っていた。

 玲苑は、運命的な女性だとも語っていたらしい。
『スノボやるからポラリス(北極星)が好きで、〖冬のソナタ〗みたいな出逢いだ』とも言っていたらしい。

 最近の玲苑はTV局を出入り禁止になっているんだと。
 素行が悪くて、プライベートな姿はあまり好きじゃないが、エージェントの佐々木とは、黒田玲苑担当以前からの仕事上の付き合いなので、頼まれると断れなくて、イベンター処理で示談に臨んだ。そんな所だ」


 神田君の差し出したカフェオレの大き目カップを見て、また谷警部はにっこりと口元を緩めた。
 谷警部がブラウンシュガーを注いでいる間に、神田君がPCデスクに戻って再度、記録の続きを始める。

「スノーボードのカジガヤというメーカーから連絡が来て、『ウチのチームの選手で広告塔なんで、引き取って、河隅美咲選手の普段の住所地の病院へ移します』と言って来たそうだ。
 府立医大と云や、がん治療の権威が外科長だぞ⁉贅沢な個室入院だったし、美咲さんの個人負担はムリだ。
 イベンターが示談に応じたが、実際は佐々木を通じて〈タナベ・カンパニー〉から支出してるんだ。手続きは、メーカーのカジガヤVSサウンド・ガレージだがな」

「それ、カジガヤの方も黒幕居ますよ」
「、、、えっ⁉ホントか?」
「ボードメーカーに圧をかけたのは、宗教団体です。多分」
「なんじゃそりゃ?」
「詳細は冊子にしますよ。あとで」

 そこでPCデスクにいる神田君のもとへ、九州出張に出ている菅原君から外線が繋がれ、何やら報告を受けているのを、オレは一瞥する。

「谷さん、もひとつ。レオンは二人居ます。
 今、部下が出身地へ出張して確認取ってます。ゴーストライターではなく、二人居て入れ替わってるんです」
「なんだって!!」
「黒田は一卵性双生児なんです」
「、、、それって、完全にアリバイ崩れるじゃんか」
「はい。だから示談で双方折り合いつけたんですよ」
「、、、そこか。。。」
「そこですね」


 神田君が外線の受話器を置いて、オレに声をかける。
「雅哉さん。菅原さんから〈ほうれんそう〉です。
 黒田玲苑の両親は亡くなってますが、同級生には話を伺えたそうです。黒田は双子の兄弟として、中学校は2人通学してたそうです。あと、菅原さんの祖父の知人で鹿児島県警の元刑事にも、会えたそうです。
 これから引き続き、レオンを名乗ってるシオンの方に直接会えるアポイントを取るそうです」
「よっしゃ!!」
「すげえな。なんだかわからんが、こっから先しばらく任せるよ。
 また、報告頼む。表立って俺は、直接会えないんだ。捜査は打ち切りだからな」
「わかってます。無料で報告します」

「あ。ついでに言っとくよ。マネージャー佐々木が言ってたんだが、あいつ、黒田玲苑は最初は俳優でデビューしてるんだ。緑山塾出身でな。中卒で上京して来たんだ。
 入れ替わるとしたら、俳優から歌手に転身した頃だな」
「すごいな。オレも知らなかった。歌手になってから人気出たのかな❓」「だな」
「きっとね」





Vol.3‐②

 JR「のぞみ」を新横浜駅で降車し、私立探偵菅原道兼は、在来線東急東横線に乗り換えて、武蔵小杉に辿り着いた。

 探し廻るまでもなく、空を見上げれば黒田紫苑の住んでいるタワーマンションは、すぐに見つかった。
 〈タナベ・カンパニー〉黒田担当の側近マネージャー、佐々木ではなく20代後半の滝田という男に、連絡を入れる。

「申し訳ないですが、タワマンのロビーで待ってやって下さい。
 僕から下に降りて来るように伝えます。今10時過ぎですから、半頃には到着できますか❔」
「大丈夫です。ぁ、オートロックはどうしますか❔」
「僕が玄関ホール前の植え込みんとこで、待ってます」
「かしこまりました」
「レオンさんの側でも、相談したいそうです。あなたに」
「ぁ、レオンさんで通すんですね❔」
「〈芸名レオン〉で行きます」
「了解です」


 節分が過ぎ、大した降雪もなく、春へと向かう陽気らしく、空は澄み切っている。このビル群だけで、一つの街のようだ。

 並木の街路樹が寄り添う小径を、菅原はゆっくり歩く。閑静というより、静か過ぎて人気もない。連休には少し早いのだが。
 遠くに聴こえる子供達の声は、意外に近くの公園からなのらしい。

 武蔵小杉駅からちょうど10分歩いたところで、玄関ホールらしい出入り口の針葉樹の梢の陰に、そのマネージャー滝田が立っていた。

「はじめまして。滝田です。
 佐々木さんは来られません。〈本名レオン〉さんの件で今、横浜の〈Kアリーナ〉に居ます」
「そうですか。その方が話し易い。
 僕は菅原道兼と言います。〈プライヴェートEYE小嶋〉の社員です。職業柄とは別に、小学生の時にお二人共にお会いしています。祖父が警察に居た時、夏休みに長崎の母の実家で、お会いしました」
「そういう縁だったのですか。。。その経緯は佐々木さんには報告、どうしますか❔」
「とりあえず、黙っててください。紫苑さんご本人が、休日に会うっておっしゃったんですから」
「わかりました。ご案内します」


 大理石風の床が、冷たく響く。
 建付け面積がかなり広いビルなのに、1階はほとんどがロビーやゲストルーム、マシンGYMなど、公共/共用スペースとなっている。

 ズッシリと四角い石柱の陰の、深く沈み過ぎるソファに、言われるまま座り込んだ。

 チン!とエレヴェーターが降りて来た、音。スニーカーのラバーソールのキュキュッという音が響く。

 急ぐでもなく黒田紫苑が降りて来て、近づいて来る。

 プロ・アーティストに成ってからの黒田紫苑を、菅原はTV以外で観たことが無い。
 だが、今眼の前に居る〈本名シオン〉は、NIKEの霜降りグレー・スウェット上下の、ラフな格好。整えられていない長めの前髪を気にしながら、どちらにともなく、愛想の笑みを浮かべて片手を上げ、「おまたせ」と、声をかけた。

 向かい合った沈み込み過ぎるソファに浅く座り、長い膝下をクロスして、両手を胸の前で組んで、とてもオープンマインドな姿勢を見せる。

「オレが黒田紫苑です。芸名、黒田玲苑。
 あっ、最初っからオレだよ❓けど途中で〈本名レオン〉に入れ替わってたんだ。君を覚えているよ。いっしょに、朝から素麺を食った仲だ」

「はい。あの小学校の夏休みん時、じいちゃん家に1週間、僕と寝泊まりしてらした、黒田さんですね❔」
「そうだぁ。あっとぉ、、、迎えに来た方が、作詞作曲してるんだ。どっちも歌う。オレはデビューは俳優なんだよ」
「、、、伺ってます」
「けど。佐々木さんには、君にバラしちゃった事、内緒だよ❓」
「承知しました」



「君なら、部屋に上げてもいいんだけどさ。散らかしっぱなしだし、表札はちがうんだ。
 あいつは、玲苑はめっちゃ几帳面でさ、毎日出かける前にTVやエアコンのリモコン4つ、全部を川の字に並べておかないと気が済まない奴なんだよ」「へえぇ。双子でも全然ちがう」
「小学6年まで、別々に全然ちがう家庭で育ったからな」

 ひと息つくと〈芸名レオン本名シオン〉は、マシンGYMの前の自販機で、アイスのカフェオレを二つ買って、インフォメーション・カウンターに愛想をふりまいて、戻って来た。
 マネージャー滝田に1杯、菅原道兼に1杯渡す。

「今日はもう呼び出さないでくれ、滝田。おつかれさま」
「了解しました」
 
滝田がロビーを去る。本日の業務終了のようだ。


「実は今、受付に居るコンシェルジュの一人がさ、めっちゃストーカー並みに知りたがりでさ。ある事ない事放送局して廻られると、困るんだ」
「困るなんてもんじゃ、ないっす」
「だよなっ❓だから口止めするために、仲好くしとくんだよ。
 ってか、それ以外は快適な暮らしなんだよ」

 〈本名シオン〉はニヤリと笑った。
 紫苑の口元は八重歯を抜いてはいなくて、歯列矯正もしていないようだ。そこは〈本名レオン〉とはっきり区別出来そうだ。

 菅原がTVで最後に観た印象は、『芸能人は歯が命』とばかりに、矯正とホワイトニングが施されていた。

 〈本名レオン〉は、ソックリソノママに、似せようとして八重歯を抜いたわけでは無かったんだ。。。
 歌い続けるため?ホントは紫苑とは見分けてほしい?

 菅原にまた一つ疑問が沸いたが、察するのが速いのか、話の途中で話題を切り替えた。TVで好感度高い理由の一つ。

「あっ、オレ【さ・し・す・せ・そ】が発音できなくってさ、歯並びと活舌悪くって、【か・き・く・け・こ】もおかしくってさ、俳優でデビューしたのに【ししすせそ、かちくけく】って聴こえるんだって。
 発音が悪いから使えないって、仕事来なくなってさ。一旦活動を辞めてるんだよね。

 けどさ、入れ替わりで〈本名レオン〉が歌い手に成ったらさ、矯正したからめっちゃ売れてさ。で、アイツ『辞めたいから、また交代しろ』って。
 そしたらシンガーソングライターってヤツは、逆に個性的な歌い方でウケるんだって。
 で。アイツが印税が貰える作業して、オレが歌って番宣とか出演して、、、歌手税と肖像権の関わるヤツと出演料はオレに入るんだ。
 でさ、ここ2年ほどは、表に出るのはオレで、アイツはアルバム作ってるんだ。作詞作曲、編曲までしてさ。

 でもさ、女って顔が同じイケメンなら、どっちでもいいのかぁ❓

 アイツは人見知りするからTV出演嫌がるし、しまいに女追っかけるから、もう仕事しないって。。。オレもレオンも、スケジュール緩くなった分だけ、彼女できたんだよ。

 オレ、その子、スノボの選手の子、知らないんだ。オレは結婚したんだ。アイツ行方不明になるし。
 ラストの1本、『横浜の〈Kアリーナ〉だけは歌っとけ!』って、みんなで説得してるんだ」



「、、、という事なんですかぁ。。。
 あの、ラストは〈さいたまスーパーアリーナ〉じゃなかったでしたっけ❓5月の」
「追加公演なんだ。7月の6日と7日が獲れたんだ」
「活動を辞める理由を、客席の皆さんに伝えるんですか❔」
「ホントの事を云うかどうかは、別として。心情は伝えるんだろうね」


「だから、オレはその件には関わらないんだ。
 無関係なとこで起こってるから、ウソ無く答えていいんだけどさ、事務所やレオンはどう解決するんだろうな、ってね」
「被害者のスノボ女子は、結婚するつもりで付き合ってる彼氏が居るの、知ってますか❔」
「知ってるよ。オレもレオンも。同業者だろ❓」
「はい。〈フランドル〉のギタリストです。初めての武道館LIVEが、頓挫するそうです。4月の29日ですからね」
「、、、ウチの事務所はデカイからな。動いたか。事後処理で。
 オレは知らんのだ」
「はい。独り、しつこい警察屋さんが振り回されてるそうです。
 傷害事件なら、時効まで10年もあるし、被害者として河隅美咲さんが、訴訟も起こせるんです」

「あいつな、思い込み激しいからな、彼氏に逢いに行ったの知って、逆上したのかもな」
「、、、こんな事云ったらアレですけど、適度に若い頃荒れてた方が、今頃いい塩梅に落ち着いてますね。
 オレの友達も、堅物がいきなり韓国女子にハマっちゃって、ひどい恋バカですよ」

「君も、そう思うんだ。
 オレな。あれからしばらく鹿児島で、実の両親とアイツと家族で暮らしてたんだけどさ、中卒で、出て来ちゃったんだ。折り合い悪くってさ、居づらくって。
 家出少年の中卒じゃ、何にも出来ないから割烹でバイトしながら、俳優養成所に通ったんだよ」
「それが〈緑山塾〉だったんですね❔」
「そうそう。最初は、店の客だったお偉いさんに、スカウトされたんだけどな。。。

『いくつだ?』『15です』『親御さんはここで働いてるの、知ってるのか?』『いえ。鹿児島から勝手に出てきました』『俳優やってみないか?』『チンピラ役ですか?』『いや、養成所に通わせてやるよ。その代わり、ヒゲやTATOOは、消せよ?顔に似合わないから』、、、って。
 おっちゃんに騙されて今が、あるんだ」

 菅原は、黙って一言も挟めずに、聴いていた。
 遠くを見つめる眼差しをして、黒田紫苑はまだ、語ってしまいたい事が山積みのようで、でも誰にも吐露できなかったせいか、ポツポツと朴訥なくらいに、ゆっくり続ける。

「アイツが。レオンが受験に失敗して予備校へ通うのに、東京へ出てきてさ、向こうから連絡して来たんだ。

 オレはもうプロには成ってたけど、芽が出なくってね。家賃折半で奇妙な共同生活始めて、、、バイトで昼夜逆に入れ替わりで生活してるから、だれも二人居ると気づかないわけ。
 お互い、休みたい時替わってやったりしてるうちに、マネージャーの佐々木さんも気づいてさ、、、今に至る。

 結局、アイツは音楽やる方を選んだんだけどな。
 で、オレはさすらいの旅に出たんだ。随分長い間。アジアとか、オーストラリアとか、、、帰国したらさ、アイツ、えっらい人気でさ。芸より真面目さの方が大事なんだな、、、どんな仕事もね。

 オレ、アイツにその事、教えられたんだ。
 レオンはストイック過ぎて、はじけちゃったけどね。反対に振り切ったんだ。やるだけやって、逃げちゃったんだ。。。
 辞めさせてもらえないから、ブッチして。オレの真似すんなよ、もう。
TEENAGERじゃないんだから。。。」


「オレも、レオンだと思う。追っかけて想い余って。。。
 オレは、この仕事続けるよ。
 実の親は、毒親だった。オレみたいな奴にはな。15で上京してからのオレの方が、オレは好きなんだ。

 あいつは、、、レオンは、独りで抱え込んでしまう自分が、好きじゃないみたいだ。。。」
「レオンさんにとっての方が、毒親だったんだと思いますよ」
「まあな。。。葛藤がなかったら、歌なんか作らないよ」
「、、、多分、そうなんですね。。。」




Vol.3‐③

 新幹線「のぞみ」を京都駅で降車して、警視庁鑑識課の京極清次は、八条口から中央口方面へ向かい、地下鉄烏丸線に乗り換えた。

 東京土産の「鳩サブレ」と「人形焼き」を手提げして、東西線に乗り換え〈西陣エリア〉へと向かう。
 実家の土地を賃貸借契約している、検察官中原麻衣子に会うためと、老いた母親の様子伺いなのだ。

 急ぎの件ではないので、【非番】とも【公休】ともつかない形で、情報リークの半分仕事絡みで、麻衣子に会う。
 だが左京区岩倉へは向かわず、私立探偵事務所〈プライヴェートEYE小嶋〉で待ち合わせの運びだ。

 なので、小嶋雅哉菅原道兼神田宏記などの探偵の他に、中原麻衣子河隅美咲も揃って、それぞれの情報を持ち寄り、美咲が訴訟を起こすかどうかを決定する日なのだ。


 鑑識課の京極にとっては、捜査打ち切りのため使えなくなった鑑識結果を伝えるだけで、そこから先は検察庁や裁判所の仕事である。とても重要な物的証拠となる鑑識結果を持参して、個人的に興味が深い事例を持って、わざわざ小旅行なのだ。

 スノーボード選手女子に会えるというメリットもある。『五十の手習いボード初心者』だからだ。


 眼の前のソファに座る河隅美咲は、検事の麻衣子より少し若い、街中に居てもキュートで可愛くて、目で追いそうなアラサー女子だ。

 人気アーティストにも好かれた理由は、きっと、どこにでも居そうな育ちの好い女子なのに、どこにも居ない意志の強そうな眼差しをしている所か。。。


 京極清次が美咲の魅力について、鑑識課よろしく観察眼を発揮していると、京極と同じくらい小太りの経理の真希ちゃんが、1階のカフェからコーヒーを4杯、ミルクテイーを2杯、運んで来た。
 真希ちゃんは自分のミルクテイーだけ持参で、さっさと3階へ上がって行った。

「ようこそ、いらして下さいました。
 まだ訴訟前なので、検察官中原の私的パートナーである探偵も伺います。
 あとでもう一人、呼んでます。疑いを晴らすために、自分の血液も調べて欲しいと仰ってます。
 先に、お互いの情報交換とシェアで、宜しいでしょうか❔」

 小嶋雅哉が口を開いた。柔和な笑顔の京極が、キリッと眉寄せた研究者のように、真顔に成って詳細を語る。

「この件は捜査打ち切りなんで、公には出来ない情報ですが、重大な物的証拠です。
 河隅美咲さんの負傷発生現場付近で、血痕の付着したスキーウェアが見つかりました。鉄道公安警察からのリークです。外科手術入院の間に採血した美咲さんの血液と照合結果、まさに、そのウェアの血痕は被害者美咲さんのものと一致しました。他者の血痕は有りません。

 ウェアのサイズはXLで、上下ツナギ。レンタルショップの貸し出し品。
 ウェアの血痕以外に、汗や唾液などの体液からDNA検査も詳しく進めていますが、前科があるとは限らないので、逮捕拘束して照合しないと判明しません。訴訟の起こせる傷害事件とみて良いのですが、その前に、美咲さんの覚えている状況を教えて欲しいのです。

 僕自身、正義感とかいうより、実家の土地を賃借してくださっている中原さんに、協力したいのです。谷警部は未だにこだわって検挙に躍起になってますが、賠償させるくらいの訴訟のほうが善いかと。警視庁は捜査を打ち切っているのですから」


 コーヒー好きの美咲は、ブラックで味わいながら、多少眼をクリクリさせてゆっくり思い出す仕草をしてから、語り始める。

「私河隅美咲は、私を刺した人物を覚えています。
 ですが、確信できないのは別人のそっくりな人が居るからです。だからこそ『二人居る。もう一人が私を刺した』と伝えようと、必死で日本武道館へ向かいました。
 つまり、黒田玲苑さんをハッキリ鮮明に覚えているんです。

 だけど、とっさに振り向いた瞬間だったので、何で、どんな凶器で刺されたのか分からないのです。声をかけられて振り向いた瞬間以降、覚えていないのです。
ゲレンデを離れて、新幹線の白石蔵王駅から、東京駅で山手線乗り換え、飯田橋に辿り着くまで。気が動転していて、どうやって辿り着いたか、、、けど、腎臓の負傷を抱えたまま大会出場したことあるので、長距離移動も出来たんだと、今は考えてます。
 武道館までのお堀の道すがら、そこで初めて自分の彼氏に連絡しました。

 午前中に逢ってました。LIVEのリハーサルが始まったので別れて、レストハウスでジャケットを脱いで、セーターとボードのパンツ姿でウッドデッキに出て、雪景色を眺めていました。ぁ、白石蔵王のゲレンデです。

 それで。『美咲ちゃん!』って後ろから男性の声で呼ばれて、何気なく振り返った。その瞬間でした。黒いダボダボのウェアを着ていましたが、顔を視てハッとして。その時にはもう左わき腹をグサッと刺されてました。
 そこからは、、、もうハッキリとは。。。

 多分、着替えて新幹線の駅のコインロッカーに置いて来たので、その事を彼氏のGENTO君にスマホでLINEしておきました。ロッカーのナンバーもです。飯田橋駅に着いた辺りで。武道館に向かいながら。カジガヤというメーカーさんの番号も。

 なんとか辿り着いたらLIVEは始まってたけど、アリーナ席から少し段になった辺りのステージ正面を向いた席に着いて、、、で、気を失ったみたいです。救急車で運ばれたのも気づいてないです。後日見舞いに来てくれた、メーカーさんの担当者から、伺いました。

『ボクの彼女の河隅美咲が、白石蔵王で負傷したまま都内の武道館に向かいました。詳しい事はわかりませんが、救急搬送先に迎えに行って京都の府立医大病院へ移してください』と、連絡して来たそうです。

 前日は、宮城蔵王でメーカーのカジガヤ主催で、プロボーダーのSHOWの仕事してたんです。当日移動は別行動で、そのまま白石蔵王に向かっていたんです。翌々日は、コカ・コーラ主催イベントがガーラ湯沢で開催だったので、集合時刻に前ノリして来ないから、心配していたそうです。
 彼、山口弦人君が、今日ここに来ます」



「GENTOさんが、ここに今日、来られるのですね❔」
「はい。京都駅から地下鉄の最寄り駅に着いたら、連絡してくれます」
 その質問には、河隅美咲が応えた。

「血液を採集して良いですか❔」
「大丈夫です。疑われたくないので、ハッキリさせたいと言ってます」
「わかりました。公的ではないので、通常の採血はできません。
 それで、堀川通りの〈けいさつ病院〉で、健診という形で採血する手配をしてきました。来られるのを待って向かいます」
「よろしくお願いいたします」

「あ、ちなみに伝えときますが、、、」
雅哉が口を挟んだ。
「当日ステージに立っていた黒田レオンの採血と、唾液のDNA検査は済みました。うちの菅原君を帯同で都内の某所で。ですね❔」
雅哉が京極に尋ねた。
「はい。血液はもちろんですが、体液からの判定は、シロです」
「ちなみにそのレオンは、本名黒田紫苑です」
「そうなんですね❔本名シオン、、、て❔」

「双子の片割れは、まだ追いかける事出来てません。
 菅原君が武蔵小杉のシオンのマンションに向かった日、レオンはマネージャーと横浜の〈Kアリーナ〉に居たそうですが、僕達は私立探偵なので、潜り込むことが出来なかった。。。」
「双子なんですね、、、そりゃ、アリバイ崩れます」
「はい。一卵性双生児、ソックリです」


 ブラック・コーヒーを味わってから、京極は笑顔で尋ねる。
「この豆は、小川珈琲のですね❔」
「よく分かりましたね♪フランチャイズです」
「京都には【イノダコーヒー派】【ブルーボトルコーヒー派】もいるけど、僕んちは【小川珈琲派】なんです。京都独自のブランドが数社在って、網羅してるから、新規参入が難しいって聞きました」
「ですね。だからスタバはあの川床を買い取るしか、なかったのかもしれないですね」
「そこですか!上京区は、全国チェーンのドトールやサンマルクは、一軒もないです」
 
麻衣子もその話題に乗って来た。初めて口を挟んだ。

「ぁ、話題をすり替えて申し訳ない。あんまり懐かしい美味しさなんで。。。」
 
その場の皆の顔が穏やかにほころんだのを、雅哉は見つけた。
 麻衣子の朝食はSIZUYAかRIPTONで、小川珈琲のしかコーヒーを飲まない、紅茶派なのだ。 

 京都に長らく住んで居心地よく感じている人は、多かれ少なかれ、何某かのこだわりが深い。
 どこの(製造販売メーカーの)八つ橋が好きか、鶴屋義信のどれ(銘柄)が好きか、こだわりが言えたら立派な京都人だ、というのは【京都あるある】なのである。


「美咲さんはコーヒー好きみたいだけど、茶菓子は何が好きなんですか❔」「わたしは、合わないって言わはるけど、コーヒーに抹茶のケーキがセットで好きなんです。抹茶のスポンジにカカオのクリームとホイップの生クリームが何層にもなってるケーキとか。
 わたし、最近「ずんだ餅系」にハマっちゃって、仙台でも『ずんだシェイク』や『ずんだ豆ケーキ」食べまくってました。
 弦人君はアンコが大好きで、宇治抹茶金時とか。「鼓月」からわざわさアンコだけ取り寄せるくらい、小豆のアンコが大好きなんです」
「それは、すごい!」
 
申し合わせたように、その場のみんなが感嘆した。

 その時、内線が入る。政之叔父から。
ーーー山口弦人さんが、下のカフェにお見えになってます。美咲さんの彼氏ですーーー

 麻衣子と雅哉は顔を見合わせて、合図。
「噂をすれば影、ですよ♪」
「了解です。ボク、迎えに降ります」
 神田君がすかさず立ち上がった。

「あ、ついでに抹茶パフェ2つ、宇治金時パフェ2つ、頼んでおいて❔京極さんと菅原君は、お代わりは何にしますか❔」
「ぁ、じゃ抹茶の方追加で。お願いします」
「ボクは、神田君と同じ物」
「よし!オレは【残り物には福があり】で、行くよ。神田君、真希ちゃんにもどっちか訊いて❔お願いするよ❔」
「了解しました♪」


 神田君が、山口弦人君を連れて〈2階和モダン部屋〉へ入室して来た。

 年の頃は22歳か23歳。前髪長めで両耳にサイドの髪をかけた、一見すると育ちの良さそうな好青年。ポール・スミスのスタジャンを着こんで、ダメージの無い黒デニムを履いていた。足元はNIKEのバッシュ。ギタリストとは、ほど遠いイメージ。

 なんだか、普通の大学生っぽい男子。JAZZ系の軽音部出身❔

 小嶋雅哉にはそう感じられたのだが、神田君と並んでいるから余計にイメージが濃くなるのだ。けど、足が長かった。異様に膝下が長かった。ハイカット・バッシュのせいではない。

「はじめまして。山口弦人です。『フランドル』ってバンドでギターを弾いてます」

 頭をペコリと下げた。京極清次はニンマリと笑みを浮かべた。年上彼女にすんなりと付いてきそうな青年だと思った。

 だがこの男子が、ボード・メーカーに連絡を取って、彼女の荷物を取りに行って、病院の指定までして、そして退院した彼女に逢いに来る。

 NET媒体からの人気とは言え、日本武道館でLIVEしようかという身なのに、単独で、このややこしい京都の街中で特に入り組んだ場所のこの探偵事務所を探し当てて来る。

 イマドキ男子は、見た目じゃわからん。。。
 年上のアスリート女子が頼りに出来る包容力があるのだろうか。。。オレ、ヤバい💦
 と、雅哉が心で呟くと、麻衣子がその仕草を観ていてクスッと笑った。

「君はいかにも、事件なんか起こさないマッシロケやなぁ」

「そうなんですか❓あっ、血液採ってくださいね!ぼくのシロっぷりを証明してください」
「はい。あとで〈けいさつ病院〉連れて行きます」
「連行じゃないですよね❓」
「はい」
「ぼく、彼女を傷つけたりしません」
「わかってるよ」
「わかってください」

 おもろい。こやつおもろい。

「んで。何で刺したんですか❓美咲さんも知らないんです」
「さん付け?」
「はい。リスペクト彼女」
「そうかい」
「ですね」

「鑑識課の京極ですが、、、ぇえ、最初に運ばれた都内の病院で、CTとMRIの結果を診ました。
 たしかに、切っ先の鋭利な尖がった凶器です。ですが、刃物系や鉄パイプ系とは違います。しかも、傷跡に金属の成分が全く無いのです。ルミノール反応で、加害者のウェアに血液の反応はありますが、美咲さんのもののみです。瞬間に抵抗できなかったと診てます。
 処分してなければ、美咲さんのセーターかボーダーパンツも提出して頂けると、有難いです」
「わかりました」

「凶器はたぶん、、、きっと、、、」
「何ですか❓」
「ツララです」
「ツララ❓」
「はい。氷の円錐形の鋭利な棒です」
「確かに、白石蔵王のツララは1メートル以上ありました。
 ぶら下がってる凶器だ。たしかに!
 何本もぶら下がってた。溶ける。無くなる。すごい!」
「君ね。。。」

 京極と弦人君の会話を、いちいち交互にあっち視こっち視している残りの6名は、声も出せずに聞き耳。
 だが内容が頭に入って来ないほど軽快過ぎて、雅哉は呆気に取られた。美咲が口を開く。

「弦人君。そのBPMで話しても分かんない。ゆっくりしゃべって」
「あ、わかった。すみません。つまり、後ろから声かけて、いきなり横っ腹をツララのデカイやつで刺したんですね❓」
「はい。多分」
「ぼく、美咲さんと訴訟起こします」
「相手は、大っきい事務所ですよ❔」
「黙ってるより、やれるとこまで」
「なんで❔」
「許せないから」

「こういう人です。弦人君は。きっと、彼を守ってくれてるのは、宗教家です。弦人君は宗家ではないけど、幹部がフォローしてくれます。
 スピリチュアルで、河原町通りや木屋町通に仲間を張り巡らしてる団体ですから」
「それじゃ解らないよ、美咲さん。
 占い師です。普段は街頭で連絡網駆使して、スピリチュアル鍛錬をやってるんです」

「なるほど。。。」
「オレ余計に分からない」
 
納得出来て、初めて会話に加わった、菅原道兼君。
 
逆に頭が混乱した、小嶋雅哉。

 麻衣子は、なんだかもう解決したような気分に成っていた。
 これは、訴訟じゃなく、傷害事件で送検されて来た方が、双方にとって善いのではないか、と感じていた。

 要するに、犯人は本名黒田玲苑で、情状酌量の余地がある。弦人君は泣き寝入りしたくはない。美咲さんは、事を荒らげるよりも仕事に復帰した先の幸せの方を願っていて、恨んではいないのだ。


「この件。検事の私と、警視庁鑑識課員の京極さんに、任せてもらえませんか❓谷警部には、本名レオンの任意出頭を試みてもらいます。別件でも。
 京都地検へ送検で上手く行きませんか❓管轄は、府警に替わってしまいますが。
 この事務所の、報酬の出る仕事としては、河隅美咲さんの保護見守り、黒田玲苑被疑者周辺のやっかいで新たな動きの阻止、メーカー担当者側の示談の経緯聞き込みです。
 可能ですね❓雅哉さんと、GENTOさん」

「可能です。手配します」
「報酬出るなら、やりますよ」
弦人君と雅哉は顔を見合わせて頷いた。

 不思議な男子や。ひょうひょうとしてるのに頼もしくて、力になりたく成る。この二人に。
 公明正大に判断しても、彼氏の武道館ライヴの阻止は、権力の乱用だ。
 弦人君の真っすぐさも、時に相手を打ちのめすまで闘いそうで、こちらも力の乱用に成ってしまう。
 あたしは、この美咲さんの幸せな感情を第一に、判断したい。

 麻衣子は、
自ら導いた結論と共に、自分の行動言動指針をも、心で呟き、志とした。

 雅哉の脳裏には、弦人君の佇まいと印象から『神の子❔』という言霊が浮かんだ。

 弦人君は、『ヤマトタケルノミコト』の生まれ変わり❓



Vol.3‐④

 アポイントを取ってくれたのは、もう助手ではない神田宏記くんだ。だが今回の訪問調査は直接、オレ小嶋雅哉が出張ってくことにした。

 スノーボード・メーカー〈カジガヤ〉の本社事業部は、横浜のみなとみらいQUEEN’s TOWERのC棟のオフィス・フロア、14階に存在する。

 たまに年末のカウントダウンLIVEなどに来浜する以外は、めったに神奈川県を訪れることはなくなっていた。
 昔住んでいた川崎市の登戸近辺へ、ついでに行ってみようかとも考えたが、宿河原の川沿いは、ソメイヨシノの桜並木を愛でるのにも、季節が尚早なのだ。

 だいいち、「たちき」の女将の真澄がまだホテルウーマンをしていた頃を、ふと、フラッシュバックしてしまいそうだし。
 やめておこう。麻衣子の方が居心地好い。

 真澄は色っぽすぎてドギマギが先に来て、あまり自分らしく居たたまれない。それを『恋』だと勘違いしてたのかもしれない。
 そうや♪ ゆずに会っておこう♪

 もうひとりの娘、次女のゆずは外国語学部に通う大学生で、今、FM横浜のDJもやっている。洋楽番組の仕事っぷりを伺って来ても好いな、と少し心が弾んだ。二人姉妹の母親とは、離婚して以来ずっと音信不通だ。

 だが、イタリア語学科を専攻している次女のゆずは、オレん家に来る度、作ってくれる料理もパスタかトマト煮込みとカルパッチョばかりだ。

 オレは、サイゼリアもジョリーパスタも行かないんだから、手土産もPIZZA以外にしてくれ。
 と言っておいたから、そろそろ今度は、肉じゃがくらいは覚えたかもしれない。


 さて。そんなことより。

 みなとみらいで仕事の調査だ。河隅美咲さんの件も大詰めである。
 引き受けた以上は、報酬に見合う情報を提供して、スムーズに送検されて、相棒の検察官マイコに引き渡さなくては。

 14階は3社がフロア全部をシェアしていて、エレベーター横の化粧室の向こう側には、共用の給湯室がシステムキッチンよろしく設置されていた。

 オレ雅哉は、給湯室の鏡で身だしなみチェックして、コホンと一息入れてから【株式会社 梶ヶ谷】の玄関扉の横の内線電話をかけて三連ドアノックした。

 大きめPASSケースの社員証を首からぶら下げた、いかにも会社員な内勤従業員が、社内奥へと案内してくれた。いかにも人懐っこい笑顔で。

 会議室というには小さく、面会ブースというには広いめのスペース。囲いのみだが話し声が漏れない防音壁に成っている。


 テーブル手前の肘掛椅子に腰かけていると、河隅美咲の担当者が現れた。「お待たせいたしました。〈プライヴェートEYE小嶋〉さんの探偵さんですね❓」
「はい。代表の小嶋と言います。はじめまして。
 こちらのカジガヤさん所属のアスリート、河隅美咲さんからの依頼の件で伺いました」
「河隅美咲さん担当、販促課の新井と申します。事前に美咲さん本人から連絡頂いてました。よろしくお願いいたします」

 オレ雅哉も、同時に頭を下げてから名刺交換する。
 第一印象では、サーファーかと思うくらい髪の毛が潮焼け風にオレンジ色の、肩に届くヘアスタイル。
 営業の会社員も、自由な社風なんだな、と感じた。ギョーカイによって違うのらしい。



 担当者新井の向こう側の壁には、3台ののスノーボードとゴーグルが2個、デコレーションしてある。

 あえてレデイースモデルを展示した部屋に通したのか、よくあるスケルトンや十字架のデザイン柄の板は、無い。代わりに花柄を幾何学模様アレンジした板が、1台。

 オレ雅哉の視線に気づいた担当者新井が説明する。
「ぁ、この右端の1台は、まだ市販されていない試験段階のボードです。
 これ【河隅美咲モデル】として、来シーズンに売り出す予定なんですよ。本人のデザイン最終チェックがまだ済んでないので、バインディングが装着されていないのです」

「そうですか。プロ・ボーダーに成ると、自分のモデルも出来ちゃうんですねぇ❓」
「はい。販売戦略ではありますが、専属契約の選手としても、息の長そうな人気上昇中の河隅美咲選手の監修ということで、一般のビギナー向けにコマーシャルします。
 実際にこれ履いて活躍してくれると、次シーズンに販売台数も増加するんですよ。表デザインは美咲さん監修で、商品の中身の性能は、初級者中級者用で販売します。美咲さん自身がSHOWで履くボードは、中身がエキスパート用ですけどね」
「広告塔、ですね❓」

「はい。知ってる人は、ギタリストGENTOの彼女だと分かってるんで、ミュージシャンやバンドのファンも、その世界観の一つとして、注目してくれてるんですよ」
「なるほど。イマドキは隠さないのですね❓」
「はい。僕はスキーでインターハイ行ったクチですが、当時は、強化選手はプライベートも制限が多くて、恋愛どころじゃなかったです。
 今は、ストリート系ファッションつながりで、スケートボーダーやバンドのファンなど、SET買いで趣味の世界観も共有したいんだそうです。パートナーの業界でも、ですね」
「、、、へえ。。。」

 たしかに。テールの『KAJI』のロゴ上部に、『designed by MISAKI&GENTO』と描いてある。

 すっげえ。音楽とスポーツをペアで売り出すんだ。。。

「ぁ、失礼。感心しちゃって、ついボードに見とれて」
「いえ。ありがとうございます。今日のご用件に入りましょう」
「はい、さっそく」



「さっそく本題に入ります。まず伺いたいのは、大まかに2つ。
 1つめは、スノボSHOW当日の宮城蔵王から、ガーラ湯沢へ前日乗り込みを、河隅さんがキャンセルして私用で別行動した件です。
 もう1つは、入院費用の件です。会社持ちとか個人負担とか。あと、京都市内へ移送となった経緯を詳細に、お願いします」

 オレ雅哉は、河隅美咲さんの記憶に無い事項、意識不明の間に進行した示談の詳細を知ろうとしている。
 担当者新井が身を乗り出した。オレンジ色の長髪が目力の強い顔を覆って手前に垂れた。両指を前で組む姿勢。

「かしこまりました。
 まず、美咲さん本人の記憶に残ってない事象を補足でお伝えします。
 他の選手は宿泊先ホテルから、個人でチェックアウトしてJR仙台駅西口に、午前9時集合でした。新幹線移動には違いないので、事前に別行動と分かっていた美咲さんも、その10分前には集合していました。

 それで、ガーラ湯沢での当日乗り込み分として、東京駅から湯沢温泉駅までの新幹線その他交通費は、カジガヤの会社負担です。仙台での宿泊もカジガヤ負担です。その間の個人行動は、美咲さん本人負担で、干渉しません。

 ただし、労災保険は出るんです。報告書を書けば。その白石蔵王はプライベートであっても、ゲレンデなので移動日扱いです。
 なので、本人が傷害報告書に書いた範囲を、立替してイベンター「サウンドガレージ」へ請求ですが、実際の出費は黒田玲苑さんの事務所だそうです。書類上のことであって、僕らは異論なし、です。そこまでは、よろしいですか?」

 オレは、iPadにメモしながら、質問を加える。
「ちなみに。仙台駅9時集合までと、都内で緊急入院中に、だれかに面会していた情報はありましたか❓」
「あ、いえ。宮城蔵王のSHOW当日も、翌日集合までもだれかが会うアポイントもありませんし、本人からの報告もなかったです。集合時刻以降に、ガーラ湯沢のSHOWまでの間、GENTOさんに会うため白石蔵王へ行く報告は、前もって有りました。
 あと、ガーラ湯沢の前日に、日本武道館でのLIVEのチケットあるから、都内に一旦戻る報告も受けています」

「だれのLIVEか伺ってらっしゃいましたか?」
「いいえ。仲間同士のおしゃべりにはあるかもですが。家族や仕事仲間と彼氏や配偶者の事しか、プライベートは報告要らないです。
 つまり、GENTOさんのイベント訪問の報告のみです。黒田玲苑さんのコンサートだったとは、示談で知りました」
「見かけませんでしたか?黒田玲苑らしき人を?」
「、、、さあ。変装していてもパンピーが気づくんじゃないですか?レストハウスとかで」
「パンピー?」
「一般のボーダーやスキー客のことです。一般PEOPLEの事」
「あ、なるほど。業界用語なんですね❓」
「はい、多分。パンピーとかジモティー、ラクターとかヤーとか、昔からゲレンデの人達が使ってますね」
「ジモティーだけ分かります」
「ゲレンデ地元に住んで働いてる人です。リフト会社とか地域住民とか。ラクターはスクールのインストラクターで、ヤーは本格的なスキーヤーつまり選手や、年じゅう山に住み着いちゃってる人とか道を極めてるという意味の『ヤー』なのかもです。
 でも、ボーダーも『ダー』って言わないです。スキーヤーと同じで『ヤーだわ、あのひと』って言います。関西人から始まったからでしょうかね❓」「ははっ。なるほど。関西人なんで何となく『やーさん』って言いたいの分かります」
「そこですかね⁉」


 担当者新井は、怪訝な顔でもなく笑ってくれた。愛想の好い担当者で、オレは安堵した。
「じゃあ美咲さんは、ジモティーやパンピーではなくって『ヤー』なのですね⁉」
「プラス時々ラクター、ですよ❔そういう仕事もあります」
「初めて知りました。SHOWだけじゃないんですね⁉」
「はい。草大会にもバンバン出場して賞金稼ぎとかして欲しいですけど、フリースタイルなんでタイムレースではなくイベント催るわけです。試乗会とかも」

「あっ、ちなみにタバコの会社は協賛してましたか?JTとか」
「ぁはい。マルボロのアイコスの方ですね」
「それです!ナイスです!」

 オレ雅哉は、心の中でほくそ笑んだ。テーブルに向かい合っている担当者新井は、意味分からずにオレの興奮ぶりを一歩引いて眺めている。

 オレ、私立探偵だってこと、こういう時に実感する。

「マルボロの会社がどうかしたのですか?」
 
担当者新井が、理解が追い付かずに尋ねた。
「ゲレンデ自体は、喫煙禁止のスキー場が多いのですよね?」
「はい。喫煙場所は決められていて、でも愛煙家も少なからず居ますから、タバコの会社がブースを作って喫煙エリアとして、無料配布したり、販売したりのプロモーションをするんです」
「なるほど。今回はマルボロの会社が協賛なんですね?
『AMERICAN SPIRIT』の会社ではない?」
「はい。違います」
「アイコスで、別の銘柄とかは?」
「ないです。そのエリアで電子タバコを吸うのはアリ、ですが、今回は配布はマルボロだけです」

「わかりました。ありがとう。『アメスピ』の吸い殻は、無かったんですね?」
「はい。少なくとも〈カジガヤ〉のイベントで『アメスピ』などの紙巻きタバコの配布はないです。『アメスピ』がどうかしましたか?たしかJTですよね?」
「はい。黒田玲苑の愛煙銘柄なんです。

 白石蔵王のレストハウスにも落ちている可能性はありますが、新幹線の駅ロッカーで、見つかってます。拾得物のスキーウエアのポケットに『AMERICAN SPIRIT』14本入りBOXが、封を切って、つまり数本吸った箱が入っていました」
「すごい!そうやって推理するんですね?」
「はい。つまり黒田玲苑が白石蔵王に来ていたんです。そのロッカーに押し込まれていたウエアの血痕と美咲さんの血液が一致しました。ウェアの汗やグローブの水分油分等の体液と、黒田玲苑の体液とをDNA鑑定して、一致すれば立派な物的証拠になります。
 不公平な示談ではなく、傷害事件で送検できるんです」
「すごいすごい!
 ちなみに、GENTOさんは美咲さんと同じKENTだそうです。紙巻きのメンソールで、二人とも携帯灰皿を持ち歩いていると話してましたよ?」

「ありがとう!GENTOくんの真っ白け、証明できます!」
「はいっ!よかった!
 選手の彼女を傷害したと成ればエライ事です。コラボで販促も」
「はい。シロですシロです」
 オレ
のニンマリ笑顔に、担当者新井はおもわず両手を差し出して、固く握手を求めた。

 なんだか熱量の多い担当さんや。アツイ奴。

 だが、おかげでオレは美咲さんの将来のために、GOOD JOBを遂行できるんだ。血痕のついたウエアの加害者は、やっぱりレオンだ。シオンは吸わない。のどを労わるために止めたらしい。

 京極さん。警視庁の鑑識さん、おおきに!やった!



Vol.3‐⑤

 オレ小嶋雅哉はこれから、統括マネージャーの佐々木と会う。
〈Kアリーナ横浜〉の七月追加公演のみ、本名レオンが出演するそうだ。その日までは、LIVE TOURは本名シオンが『黒田玲苑』として活動する。

  紫苑の方が、生い立ちから小学生、中学生時代の家出、俳優デビューと、やんちゃな人生を送ってはいるが、早く自分らしさの好い按配を見つけているようだ。

 それに対して、本名玲苑は生い立ちこそ優等生な生き方を選んではいるが、どこで間違ってしまったか入れ替わりでシンガーソングライターとして活動を始めた後、美咲さんと出会い、1人に執着するパラノイア気質のせいか、歯車が狂い始めた。

 とりもなおさず、河隅美咲さんにはフィアンセが居て、その絆はかなり幼少期からの縁で、強固なのだ。
 出逢いの妙。すれ違い、ボタンの掛け違い。タイミングのズレ、、、など男と女には良い相性でも結局結ばれない道の場合も、あるのだ。
 ただ、本名レオンはその一期一会に執着し、全面的に併せてくれる事を望んだ。

 それは『好き』の感情を自覚しなければ難しい。と、麻衣子は教えてくれ、美咲さんもそうではないかと、オレも感じた。

 おれの相方も美咲さんも、恋愛以外に、アイデンティティーのはっきりしたLIFE WORKを持っていて、それを含めた自分を受け止められる人でなければ、パートナーには選ばない。そこで初めて恋人や結婚相手として考えてみるのではないか。
 その事だけは、オレ雅哉にも確信が持てるのだ。

 そして美咲さんには、既に始まっているパートナーがいるのだ。その自分で、スノーボード選手として生きているのだ。
 本名黒田玲苑も、自分の望む女性へのアイデンティティーを、曲げる必要はない。だからこそ、本名レオンは河隅美咲さんに固執する必要はなかったのだ。それだけ、強烈なインパクトの魅力を備えている女性だとも、言えるけど。それゆえ、【男と女】で向かい合うだけでなく、幼なじみのように姉弟のように、歩く道程に信頼を置いているのではなかろうか。。。


 ひとつハッキリしているのは、【黒田玲苑】は人気もあり、愛されるキャラクターだ。だが、美咲さんのパートナーとしては、実力を発揮できない男なのだ。

 一卵性双生児でも、生い立ち環境が違えば、成人した個性も違って来るのだ、と今回初めてオレは認識した。本名紫苑(旧姓黒田)は、破天荒ながら彼らしく実力を出し、美咲さんに興味を示しているわけではないのだ。

 だからこそ、レオンとシオンの真実を、どちらも育てて見つめて来たベテラン・マネージャー佐々木に、話を訊くべきだ。そうしなければ、根本的解決にはならない。
 これは、麻衣子も同意見。

 嘘も真実も混じって答えるにしろ、オレたちはそこから推理して行くのが、仕事。オレたちは、そこから推理も把握も可能だ。そして麻衣子は、最終審判を下せる職業なのだ。以上が、オレと麻衣子の結論で、実行に移そうと始めている。

 だからオレ雅哉は、統括マネージャー佐々木に会いに来た。



 統括マネージャー佐々木との待ち合わせの場所は、変更せざるを得なくなった。京都駅八条口から新幹線に乗り込む直前に、待合室で開いたPCを閉じようとしていた時だった。

 京都府警の佐藤警部から、スマホに連絡が入った。
「今、マネージャー佐々木さんに、会いに行くところですね?
小嶋さんの事務所で伺いました。まだ〈のぞみ〉に乗ってませんか❓」
「まだだ。何かあったんですか?」
「佐々木は、ここ下京警察署に来ています。僕が事情徴収します。来てください。約束してたと佐々木が言ってます」
「佐々木が何か、やらかしましたか?」
「任意出頭を、黒田玲苑に求めています。別件で被害届出てます。本人は、行方不明で佐々木も連絡が取れないそうです」


 なんだか、あっけなく完了する気がする。
 悪い予感の反対。絡んでいた糸が、何かのきっかけで突然にほぐれて解かれた、気がした。あっけなく。

 麻衣子が答えを先に告げた。河隅美咲さんの周りの人間が、磁石で吸い寄せられてるように、無意識にまるでみんなの意志が一致したように、解いた。絡んだ糸を。その瞬間を今、迎えた。

「黒田玲苑が。本名レオンの方が、三日前、京都市中京区西大路御池付近で、夜11時頃24歳の女性に暴行未遂、もしくは強盗未遂を起こしました。
 被害者は、加害者が翌日TV出演をしているのを観て、下京警察署に被害届を出しました。まだ、詳細はこれからです。

 その女性は、河隅美咲さんではないけど、背格好が似てます。いわゆる『遠目の暗闇』なら、見間違いそうな女性です。僕は写真でしか河隅さん自身は拝見してませんが」
「承知しました。まだ八条口側の待合室に居るので、新幹線には乗り込んでいません。今から下京警察署に向かいます。何課ですか?」
「捜査1課の刑事か、パートの婦人警官に伝えてください」
「わかりました!」

 慌てずとも、まだマネージャー佐々木の事情徴収中だろうから、昼からでも間に合うのだが、オレは地下鉄烏丸線に乗車して五条駅で降りた。
 出口へ上がって烏丸通へ出てすぐ、オレは気づいた。

 下京署は、以前の美咲さんの勤め先からすぐ目と鼻の先だ。

 パートの警官に案内してもらい、取調室のフロアで、パイプ椅子に腰かけて、待機する。
 マネージャー佐々木は、あくまでレオンの代理で事情徴収を受けている。あいかわらず、本名黒田玲苑とは連絡がつかないそうだ。交代してもらったのか、佐藤警部が近づいて来た。

「お久しぶりです。僕はその件には関わらないつもりでした。示談でしたが、河隅さんが不服申し立てすれば、そちらも傷害事件で逮捕です。
 こちらの別件で、血液体液を鑑識確認すれば、きっと立派な物的証拠になりますよ」

なんて清々しい笑顔で、言うんや!こんな血生臭いセリフ!

「ありがとう。オレは今日の佐々木の証言を検察の麻衣子に伝えます。所轄は京都府警で間違いないですか?」
「はい。送検されれば京都地検ですので、中原麻衣子さんに担当して欲しいですね」
「そりゃそうです。送検前は、仕事上の立場を崩せない接し方ですが、麻衣子の正義感で公明正大にジャッジして欲しい。何かしら同志や友人のような気持ちで、味方に成りたいようではありますけど、ね」
「麻衣子さんもなんですね。ヒカルちゃんもです。やりがいや志を持って、好きな仕事を続ける女性として、共感できて、力に成りたいって思ったそうです。真澄に逢いに行った時、ヒカルちゃんが語ってましたよ」


 オレは、話の中身よりも、「たちき」の女将を『真澄』と呼び捨てしたことに、苦笑い。察しの速い佐藤警部は、また清潔感溢れる笑顔で言う。

「元カレの貴方が観ていた真澄を、もっと知っていたかったです」
「川崎に住んでた頃に、真澄さんと出会ってるんですね?」
「はい。まだ本庁にいた頃に、所轄署で出逢ってます」
「オレはその後離婚して、真澄さんとも疎遠になって。叔父貴と探偵社開くために、京都に戻ったんです」
「意外と古風ですよ?
 ヒカルちゃんや麻衣子さん達に比べると、仕事とプライベートの両立は、不器用だと悩んでました」

「そうなんですね。。。ホテルウーマンの真澄さんははつらつとして、恋心が仕事中にワンルームになるような人ではなかったですよ❓別腹で別の部屋作れるかと、、、」
「どっちがいいのか、、、ねえ?」
「ホントです。家でどっぷりくすぶってて欲しくもないし、かといって、あんまり仕事に没頭したり追われるようにカリカリされたりしても、居心地悪いし寂しいし」
「、、、相手によって変わるんでしょうか、、、?」
「いや。今の仕事とプライベートの両立に葛藤してるんでしょ⁉
 悩んでるって事は、きっと心の中では両立してるんですよ。上手く廻ってない感があるのは、バランス感覚では❓」

「あそっか!男にも優しいんですね♪元カレなのに」
「オレには麻衣子が合ってます。名コンビで、なんだかんだ幸せなんじゃないかな。。。?」
「それ、言葉で確かめといたほうが良いですよ?
 麻衣子さんお年頃だし、タイミングを思い込みで逃しちゃ、ダメですよ。僕なんか、本庁勤務の出世ほっぽって、真澄追いかけて京都府警にまで来ちゃったんですから」
「マジで?」
「マジマジ、マジっす♬そういうバネも時には必要♬」
「、、、ですね。お互い、為に成りましたね」

 また相変わらずの爽やか笑顔で、頷いた佐藤警部。

「その女性の被害者は、美咲さんが勤めてたホテルの後輩の従業員だそうです。直雇用かどうかは確認まだですが。よく似た人を見つけて跡をつけてた上に、また暴行をしようとしたのかと疑いました。顔見知りの可能性もありましたが、黒田玲苑のコンサートに行った事はあるそうです。

 勤務終了が遅い時刻なので、11時頃に阪急西院駅で降車して、西大路通りをまっすぐ上がっている最中に発生。けっこうな街中で暗くはないけど、たまたま人通りが途絶えてたのが不安で、歌を歌いながら歩いていた。歌詞カードか冊子を視ながら。調書によると、いきなり後ろから羽交い絞めにされたそうです。

 気が動転したのかもですが、パニックというより、誰かに気づいてもらえるまで、怖い気持ち以上にキャー!キャー!って大声出したそうです。
 とっさに自分では腕力には勝てないと判断して、羽交い絞め解くよりも助けを求めました。両腕を離すまで金切り声で叫び続けたそうですが、口を塞ぐとかもっと暴行に及ぶとかではなく、不意にサッと解かれて、その女性から離れたそうです。

 感極まった衝動かもしれません。だけど、その女性にしたら不意打ちの恐怖です。で、ハッと気づいてモノ盗りか❓とショルダーバッグの中身を探ったけど、財布も何も盗まれていなかった。
 それで振り向いたら、カットハウスの柱の陰から、顔だけ出して黒田玲苑が様子伺ってました。ライトアップではっきりと。

 アレッ⁉おかしい!って翌日この署に伝えに来たんです。昼のTV番組で、友達つながりの出演してるんですって。何事もなかったみたいに。あんだけ恐怖感じたのに、謝罪も一向に無く。
 なんて勘違い野郎だ!と腹立って、被害届出すに至った。。。それで本日急きょ、統括マネージャー佐々木が署に。
 以上が、大まかなこの任意出頭の別件です」

「、、、なんてことだ。レオンが出頭したら、捜査で見つかって逮捕でも、あっさり解決だな。。。」

 佐藤警部は、納得してるような、でも自分で腑に落ちるべく落とし込めなくって、わだかまりの残る表情。珍しく笑顔を曇らせている。

「僕、父親の跡継いで本庁キャリアに成るのが嫌で、警察じゃなく本気でプロのシンガー続けようとしてたんです。JAZZ系のクラブで歌ったりPIANO弾いたり。ヴォーカル・スクールのレッスン持ったりもしてた。
 今回の事の顛末でね、身につまされちゃって。。。人気が出ようと出まいと、僕の行く末だったかもしんない。真澄追っかけて京都府警来て、良かったかもしんない。。。」
「オレも弁護士事務所辞めて、京都戻って私立探偵として麻衣子と出逢って、良かったかもしんない。。。」
「成すがmama、きゅうりがpapa♬」
 
オレは深く何度も何度も、頷いた。




Vol.3‐Last

 Kアリーナ横浜。
 
俺にとって、ここでLIVEを演るのは、最初で最後。

 ファルセットVOICEが出るだろうか、とか。エフェクターを組み間違えてないか、とか。照明セッティングの打ち込みは、変更されているだろうか、、、とか。
 いつもなら、この直前のリハーサルに、フル回転でチェックしている所だが。。。

 もう、どちらでもいい。ただ、今歌いたい歌をセトリに上げ、俺は23曲全てを唄い切るだけだ。

 浜田省吾さんが、インタビューで応えていた、言葉。
「リハーサルまでが、仕事。
 綿密にミスなく組み立てたものを、開場時刻ギリギリまで、スタッフ全員で仕上げる。それが仕事。
 ゲネプロの通りになんて運んだ事は、まず無い。トラブルが無くても、楽器パート同士のタイミングや合図がズレたり、オレが最後の音をハズしてしまったり、歌詞を間違えていたり。それもこれも、その日限りの生モノ。
 それは客席の反応とは別物だったりする。
 ただ伝えたいものを伝える。開演してステージに上がったら、もう仕事じゃない。オレの生きてる空間だ。だから、本番が始まってからを【仕事】と思ってる奴は、KISSしてサヨナラ🎶だよ」

 なぜだか、スタンド席1列目に座っていた、あの子。
 三度くらい続いた。
 河隅美咲。とうとう君をオレの胸に抱きしめることは、できなかった。


「レオンさん!あと5分で開場します。楽屋にケータリング有ります。バンマス達と一緒にメシ、食っときますかぁ⁉」
 
アリーナ席の真ん中、PA機材台の横に居た新入りのマネージャーが、声をかけてくれた。

 新人といっても、他のプロジェクトから異動して来た奴で、経験値は高い。俺は、たった1ヶ月の縁だったけど。



 俺は半分意識が朦朧としていた。もう、ようやく2度目のアンコールになっていた。
 足がガクガクするし、久しぶりにステージに立って、前半トバシ過ぎた。

 いつの間に、俺の声はハスキーに枯れたんだ?
 これ、悪くないじゃないか。でも、これが最後の1曲だ。

 客席なんて何も見えない。
 ただ俺独りにピンスポットが当たっているだけ。
 まぶしくて、何も見えない。

 楽譜見ないで弾けるようになったのは、いつか?
 この曲を楽譜見ないで歌えたのは、いつだったか。。。?


 スツールの高さを直すフリして、鼓動を鎮める。
 イントロのコードを2小節まで思い出す。

 だいじょうぶ。俺はやり切った。冷たいコンクリート壁の独り部屋で、
読破した文庫本の数でも増やしてやろう。

 カポダストの位置を確かめる動作をしてから、スックと前を向く。

「みんな。ありがとな。来てくれて」

 やけに俺の声が響いている。小さな子供の泣き声ひとつしていない、静まり返った空間。

「これ、最後の曲だけど、俺が唄い切るまで、みんな、耳を澄ましててくれるか?拍手も要らないから。ただ、耳を澄まして聴いてくれ。
 最初で最後、生まれたてのこの歌、歌い切るから。一番俺に愛されたギターと、唄い切るからな❓」



迷い道だけを 歩いていた
どうしても出口 みつからなくって

君とのあやまち かき消すために
さまよい続ける メビウスの輪

悪気のない 恋心が
君の幸せまで 阻んでいたとは。。。

でも 消えないんだ
ウソでもいいから 好きと言ってくれ

けど 消してしまいたい
ウソでもいいから キライと言ってくれ

迷い道を 君は切り離した
どうしても別々に 歩くつもりなんだね

君へのあやまち 黙っていてくれた
その優しさを かんちがいの日々

悪気のない 恋心が
オレの今の幸せ むしばんでいく

でも 消えないんだ
ウソにしてしまって かき消してくれ

けど 消してしまえない
どうしても 独りで歩くのは怖い


なぜ 好きな人と傷つけ合う❓
別々に歩くのが 怖かったオレのせい❓

でも 消えないんだよ
ウソだと知った今も かき消せないんだ

君と歩いた時間を。。。


悪気の無い 誰かの想い
オレの今の幸せを 君の未来の輝きを

ウソでもいいから まちがいだと思いたい人達
あの人達も 消してしまいたいんだね

現実の未来を かき消せないんだ
まちがいじゃない その未来を

あの人達も メビウスの輪。。。


なのに 消してしまいたい
オレの眼の前の 手に入れた幸せ

けど わかって来たんだよ
オレの弱さと ズルさが苦しめたと


だから もう少しの我慢なんだ
君から オレが離れて行けるのは

そして 君の未来とはパラレルに歩き
オレは 弱さと闘って 報いを受ける

やっと手に入れた オレらしい幸せのため
君も 今は幸せと 伝えておくれ

オレはもう 歌わないけど
君はもう 遠くに居るけど


メビウスの輪は 2つに切り離す
無限ループの 迷った道を2つに

最後まで 切り離せたなら
繋がった ひとひねりの無限の輪∞

それも「愛」ってやつの「和」なんだと
オレも 気がついてるんだ


もう少しで 切り離し終わるから
ズルいオレのウソと 付き合ってくれ

もう少しで 消えてしまうから
弱いオレのウソと 付き合ってくれよ

パラレルでもいいから
何も 聴こえなくなるまで

ウソでもいいから
君の未来を 確かめるまで



 俺は、うす暗い舞台裏を速足で通り抜けながら、シルキーホワイトのロングジャケットを、脱ぐ。

「おつかれっす!」
「お疲れさまでした!!」

 スタッフが口々に労いの声。いつもより、元気覇気がない。
 笑顔に涙がにじんでる奴もいた。

 俺は泣かねえゾ?

 そのまま真っすぐに、2人の私服刑事に向かって歩く。1m手前で、2人の真ん中に向かい合う位置で立ち止まり、頭を下げた。

「歌い終えました。すべてお話します。
 このまま連れてってください。私服は後で届けてくれます。
 ホールの出口が開く前に、俺、Kアリーナを出ます」

 何も言わず、谷警部は頷いて右手で先を促した。佐藤警部も黙って、伴って従う。
「罪状逮捕状は、車の中で。お疲れさまでした」

 本名黒田玲苑が、横浜みなとみらいで最後に聴いたのは、シンガーソングライターには成らなかった、佐藤警部の言葉だった。

 熱気冷めやらぬ客席の、感無量の声援ではない。



ーーー The 3rd Story Is The End. ーーー



この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?