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連作ミステリ長編☆第3話「残響は、最後の言い訳に代えて」Vol.2

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門


~私立探偵コジマ&検察官マイコのシリーズ~
「MUSEが微笑む時」

第3話「残響は、最後の言い訳に代えて」


○ ーーーーーーーー あらすじ ーーーーーーーーーーーーーーーー ○
 私立探偵小嶋雅哉は法律事務所書記担当を退職し、京都に戻り元裁判所所長の叔父政之との共同経営が軌道に乗り始めた頃、検察官中原麻衣子と出逢った。仲が定着し始めた晩秋、退職前の元恋人から極秘の依頼を受けた。
 組織的な音楽LIVEチケットの転売に、警察庁のトップが絡む疑惑を調べて欲しいとの依頼。他方で、巷の個人ネット販売による転売送検で停滞なく、麻衣子も忙殺されていた。警視庁と警察庁の相殺監視で、犯罪を未遂に留める動向の、互いのトップに犯罪疑惑が被せられている。
 音楽を創る側、消費する側、違法を取り締まる側。各々の生活も絡み、最後に音楽の女神MUSEが微笑んだのは、誰の為なのか。。。


Vol.2‐①

 警視庁鑑識課の京極清次は、別件との繋がりに気づいていた。

 招待状の封筒に付着した血痕と、当日履いていた厚手の黒タイツに固まって付着していた血痕は、どちらも美咲の血液成分と一致したもののみ。
 抵抗して正当防衛で加害者を傷つけた跡が、無い。しかも、黒タイツの血痕は時間差がある。

 発見された当日22時08分よりも約5時間前が招待用封筒の血痕。さらに約5時間前にさかのぼった時間帯の血液凝固状態が、厚手の黒タイツに付着した血液。

 交通手段や乗車時刻を偽っていなければ、河隅美咲は傷害事件発生時刻には、日本武道館ではなく、まだ東北地方に滞在していたのだ。つまり、ゲレンデの仕事場付近で発生している、被害なのだ。


 それは、福島県警からの、問い合わせだった。
 鉄道公安警察も絡んでいた。河隅美咲は真実の行動時系列を伝え、しかも事故ではなく事件の被害者である事を、証明できるかもしれない。物的証拠に成り得るシロモノについての問い合わせだったのだ。

 捜査は打ち切りだが、鑑識課の京極は、独自に動けると判断した。実家は京都で、母親が大家として管理している収益物件には、現役の検察官が住んでいると云う。

 古民家リフォーム一軒家のその賃貸物件の住人は、たしか名前が『中原』という帰国子女のはず。当たってみよう。
 京極は被害者が納得していないのでは?と考えていたのだ。

 京極は五十路を迎える年齢だが、5年前からスノーボードを始めてやっと、最近〈木の葉〉を脱出して左右両方のターンが出来るように成ったばかりだ。京極にとって、プロのボーダーが傷害事件で泣き寝入りだなんて、悔しすぎるのだ。

 俺だったら、加害者を相手取って訴訟する!
 
鑑識課の京極清次のモチベーションは相当にHIGHだ。

 新聞では、日本武道館が事故による不具合と成り、4月末まで使用不可、と報じていて、詳細はなにもない、三行記事。
 TVに至っては、全く報道されていない。SNS上とラジオによってだけは、その件についてコメントが寄せられていた。いや、それどころか「バズっている」のだ。


 河隅美咲〈プライヴェートEYE・小嶋〉から離れた直後から、小嶋雅哉は一日中回想していた。

 たしかにLIVE好きにとっては、『使えないライブハウス武道館』なんて興味ない。。。と、考える奴はモグリだ。
、、、なんて、あの『草津製作所』の連中は言いそうだな♬
 
 明日にでも、コンタクトを取ってみよう。オレ達は、捜査打ち切りなんて無い。捜査でなく『調査』なんだ。


 階下のカフェが閉店する時間になって、内線。
「おつかれさま。今、1階に来てます。警視庁の鑑識課さんから問い合わせあったの。多分、そちら関わってるよね❓」

 麻衣子☆なんてタイミングの良い、彼女の愛💜

 
食事しながら、「凶器のない傷害未遂事件」について、話そうと決めた。麻衣子の好きな、南欧料理のあのお店で。


Vol.2‐② 

警視庁の鑑識課員京極清次から、検察官中原麻衣子へ問い合わせが届いた頃。捜査一課谷警部も、捜査打ち切り処理を離れたが、非番の日も、腑に落ちない事項について、心も頭も身体もとらわれ続けていた。

 刑事に隠して話さない被害者なのに、事故扱いを受け入れた、
 そのメリットは、何なんだ❔

  河隅美咲は、緊急搬送後手術日も含め3日で京都府立医科大学付属病院に移送された。つまり、所轄ではなくその日の日本武道館LIVEの関係者は、関りが無いという扱いか。。。

 現場に凶器などは持ち込まれない。黒田玲苑は無関係とするからこその、入院の好待遇であれば、示談に近いアーティスト側とスノーボード・メーカーとの取引が、有ってもおかしくはない。

 音楽興行のイベンターは、担当者岩崎は初対面だった。だが、統括マネージャー佐々木の知らない所で、招待チケットを用意したのは、イベンター担当者であり、黒田玲苑はプレゼントしたい彼女のディテールは語っていた。『冬のソナタ』的運命の女性だと。

 そこまでお気に入りの女性ならば、マネージャーは知っているはずだが、発生当日全く旧知の反応がなかった。最後まで被害者について個人的な情報には触れていなかった。

 おかしい。全て、おかしい箇所をもった人間たち。
 被害者も、イベンターも、マネージャーも、黒田玲苑も、スノボ販売メーカーも、全て何かを隠して言わないでいる。

 凶器らしきものも、蔵王ゲレンデ付近で発見されない。もちろん都内の武道館付近でも。これも謎の一つ。
 みんな怪しいし、みんなシロみたいな。。。

 黒田も物理的に不可能だ。午前10時に会場入りして、終演後閉館までどの時間帯もアリバイ証明できる誰かが見ている。
 あの夜、被害者は瀕死の状態なのに、そこまでその夜のLIVEを観たかったわけではなかろう。

 何か、日本武道館やあの黒田玲苑に、この傷害事件と深い関りがあるはずだ。マネージャー佐々木はあくまで、被害女性の仕事上の繋がりからのプレゼントだろう、とごまかした。首都圏のイベンター担当者が知ってるくらいだから、20年来のマネージャーも知っているのが妥当な判断だが。。。

 必ず、黒田怜苑側のアリバイを崩してやる!

 だいたいなぜ、あの黒田という奴はアイドルみたいな人気が出てるんだ⁉
 もうアラフォーにもなって。。。

 個人的恨みでもあるみたいに、執拗にその関係性について疑っていた。
 谷警部は、ことモテル男に対しては偏見の感情が沸き易く、地道な捜査も出来る〈たたき上げ〉なのに、色眼鏡の疑り深さが真実を視えなくして攪乱してしまう事が有る。

「もう、この件の捜査は終了だ。関わるな」と、上層部に忠告されても居る。自分の『刑事の勘』を信じるがゆえ、見落としている点が散見された。と、後々上層部に再度厳重注意されるのだが。

 俺は解せない。
 あのガイシャの女の子のように、適当にうやむやに処理されて、泣き寝入りせざるを得ない女が、今までにも少なからず居たはずだ。音楽業界も、そのような女が周りにウヨウヨたかっている気がしてならない。

 どいつもこいつも関係については、口を割らない。あれから1週間たったが、これは明らかに傷害事件だ。

 谷警部は、京都府警の佐藤警部にも協力を打診した。
「その件は捜査終了したのだから、触らない方が善いのでは❔」
と、佐藤警部はアッサリ断った。

 やっぱりイケスカン奴だ。

「僕らは動けないんです。ヒカルちゃんとか『たちき』の女将さんは探偵社のコジマって人と繋がってるんで、頼んでみては❔」
「知ってるよ!その探偵はっ!」

 しまいには、佐藤警部にも噛みついてしまった谷警部
 凝りもせず、女将さんの真澄に打診すると、客筋に影響及ぼすから、と断られヒカルに恃む事を勧められた。



 警視庁捜査一課の谷警部の協力要請は、ことごとく関わりたくない反応を示された。気にはしているのだが。

 ヒカルこと輝美だけは、反応が違っていた。依頼を探偵社に引き継ぎすれば、もうその件に関わらないが、アッサリ仲介役を引き受けた。

 ネットで「黒田玲苑、謎の武道館初日で閉鎖」ニュースに興味を持って、菅原道兼とおしゃべりの一環で話していたからだ。
 道兼は、むしろ黒田本人は他会場でLIVEツアーを続けているのに、リフォーム間もない武道館は、なぜ四月末まで使用禁止なのかを、不思議がっているのだ。

 ヒカルは接客の仕事柄、道兼は探偵であるがゆえ、二人共SNS書き込みやコメント残しはしない。RTさえ避ける。だが、ネット上バズっているスレは避けて通れず、片っ端からミュートも難しい。
「みんな好き勝手言ってるよね。事情をよく知りもしないで只の〈いっちょカミ〉やん❔」
「無責任なストレス発散だよな❔会った事もない人がどんな気持ちで目にするのか、考えてたらUPできないって」
「こんな午後の時間にスマホいじるなんて、ほんまポテンシャル低い仕事してはるねんねぇ」
「ホンマや」


 ヒカルの仕事仲間も、黙っておかなくっちゃいけない事項が、たくさん有り過ぎる。同僚や後輩もなかなかプライヴェートまで繋がらない。

 でも美咲さんは友達になれそうな、タイプやし。
 仕事に対する姿勢が好きや。

 あたしになら、話してくれるやろか。ホテルマンとしてもプロ選手としても、なかなか語れない事。
 葛藤がありそう。何か言いたくても伝えきれない、大事な事を抱えているみたい。訴訟を起こす事だって出来るのに、何か心に抱えている。


 出勤前の昼間、何度か見舞いを兼ねて語らううちに、ヒカルは力に成りたいと思った。お互いに、好きな仕事を続ける励ましや癒しに成れたら、よいな。。。と考えていた。大事な出会いだと。

 ひとつ、噂レベルに過ぎないが、確かめておきたい事項が、出来た。それとは別に、河隅美咲のバックボーンを知りたい。

 谷警部は、黒田玲苑との関係ばかり気にしているが、ヒカルはむしろ、ホテルマンとしての出逢い以外の、美咲の背景や生活に、きっとヒントが在るはず、と考えている。

 時を同じくして、2人の女性が河隅美咲の傷害事件について、同じ考えを持っていた。1人はヒカル。もう一人は、検察官中原麻衣子。

 警視庁の鑑識課から「河隅美咲というスノボの女子選手が、民事の訴訟を起こしていないか⁈」との問い合わせによって、麻衣子は東北の蔵王ゲレンデにヒントがあると、踏んだのだ。

 退勤後に彼氏に逢って食事する楽しみは普通のカップルと同じだが、『谷警部がまだ嗅ぎまわってる件』口コミは、彼小嶋雅哉に伝えたい。
 訴訟が起こせる案件ならば、麻衣子の京都地方検察庁だって民事で関わるかもしれないのだ。

 麻衣子の顔を見るや否や、雅哉は勢いで告げる。
「蔵王のゲレンデってさ、いっぱいあるんだね⁉
 山形蔵王エリアとさ、宮城蔵王エリアとはさ、めっちゃ行き来が面倒で難しいんやて。
 それに、白石蔵王
(しろいしざおう)ってのがあるんだ!福島県のゲレンデに!ここ、新幹線「やまびこ」停まるんや!」
「ええ~~っ⁉」



Vol.2‐③

 2階〈和モダン部屋〉の扉を開けて入室して来た、麻衣子。
 
その瞬間は真っ赤な形相で息せき切って、警視庁鑑識課の京極清次からのリークを喋り始め、小嶋雅哉の蔵王ゲレンデ・エリア情報に、驚愕したばかりだ。

 だいたい表現が大げさな麻衣子ではあるが、自分が難事件の被害者みたいに慌てているので、とりあえず、落ち着かせてやろうと雅哉は考える。

「真希ちゃん。すまないが、そのコーヒーカップ片付けついでに、オレのお代わりと麻衣子のあったかいミルクティー、頼んでおいて❔
 それで、政之叔父に運んでもらって。真希ちゃんは3階で、さっきまでの議事録をまとめて来てよ。頼むよ❔」
「わかりました。お二人にしときます」
「悪いな。ありがとう」
 

 察しの良い経理の真希ちゃんが、ヒカルこと輝美河隅美咲らのコーヒーカップをまとめ、階下のカフェへ降りて行った。

 麻衣子が、ソファに座るや否や、話題の続きを切り出した。
「あの『凶器がない武道館傷害事件』の新展開!
 宮城でも山形でもない蔵王エリアで、血液の飛沫が飛び散ったメンズのスキーウエアが見つかったの!!
〈白石蔵王〉に新幹線の〈やまびこ〉が停まるって、本当⁉」
「本当だ」
「その白石蔵王駅のコインロッカーで、ブツが見つかったの!」
「、、、なるほど。どこから情報❔」
「鉄道公安警察から、警視庁の鑑識課の京極さんに連絡が入ったの。別件で。福島県」
 
そこまで一気にしゃべり、まだ肩で大きな息をしている。

「ちょっと落ち着け、麻衣子」
「あ、ハイ。ありがと。これね、この件ね、事故扱いでネットでも武道館が4月末まで使えないってね、バズってる件やけど。
 これね、アレよ。この被害者、傷害で訴訟出来るの。京都の子」
「今わかったよ。なんでめっちゃ焦ってるか。事故処理の示談じゃなくって、傷害で訴えられるんけ❔」
「そうそう。その子、来てたんでしょ❓ここに」
「そうや」
「納得してる❓本人は」
「いや。意識が無いうちに京都の病院に運ばれてたらしい。
 んでも。ボードのメーカーの手配らしいし、ちょっと話せない事情もあったんだ。確かめないとね」
「何を確かめるの❓」
「加害者の事や。調査依頼に切り替わるから、あとで話すよ」
「わかった」


 ようやくひと息入れて、麻衣子は自分でミルクティーとコーヒーお代わりを取りに、階下へ降りて行った。
 喉が渇くほど、息せき切って伝えてしまいたかったのか。

「この件の捜査、まだ諦めてない人がいるんだ。警視庁の谷警部。
 警部から受注したんだが、オレ達は被害者のフォローの方が大事だし、そっちで受けるつもりだ」
「私も、被害者が訴えれば、起訴で裁判できる立場よ❓
 その谷警部とは別で、鑑識課の京極さんが、私んちの大家さんの息子なんだけど、訴訟が来てないか?って。勝てるよって。
 3日前に届いて、今鑑識で検査中なんだけど、それが被害者の血痕とは判明してるけど、加害者の血液はまだ、収集出来てない。決定的な物的証拠には成るけど、逮捕状出ないとね」

「スキーウエアのサイズは❔」
「メンズのXL。身長は178cmから185cmくらい。横幅はOサイズ対応のダボダボに余裕はあるって」
「メンズのXLなら、めちゃめちゃでっかい奴や」
「あ、でもスノボは『ガボッと気味』に着るらしいよ?
 京極さんもスノボ初級者なんだって。172cmだけど太ってるからXL着て大丈夫って」
「へえ」
「それにそれに。しかも黒一色のレンタルスキーウエアだった」
「どこのレンタルショップ❔」
「白石蔵王ゲレンデの。一番下のレストハウスのレンタル・コーナーの」「そこからアシが付いたんけ❔」
「そうみたい。1週間も返却が無かったから、鉄道公安に駅のコインロッカー管理部署へ問い合わせたんだって」
「それでか。で❔1週間以上ロックされてる番号を解除して、発見。なんだね❔」
「そう。そのとおり。事件性があるって事で、警視庁に連絡」
「なるほどね。まあ飲めよ、紅茶」
「ありがと」

「麻衣子。こちらも新事実発覚だ」
「どんな❓」
「被害者の河隅さんと、黒田玲苑の関係だ。夕方まで、河隅美咲さんがヒカル君と来てたんだ」
「それで❓」
「まあ、待て。ちなみに、河隅美咲さんには『GENTO』っていう名の恋人がいるんだ。『フランドル』ってバンド知ってるか❓」
「ぁ、、、っと。聞いたことある。『フランドル』ってヴォーカルが俳優も演ってるヒトでしょ❓」
「らしいね。知らんけど。そのバンドのギタリストだそうだ。デビュー前からの昔馴染みで、付き合ってるそうだ。だから、黒田玲苑は彼氏じゃない」「そっかぁ。。。あっ待って!ちょっと」
「なんや❔」
「その『フランドル』ってね、たしかYouTubeとか生配信で人気出て、今度武道館で演るんだよね⁉ライヴハウスから地道に活動しててね、とうとう武道館まで辿り着いちゃったのよ!!」
「いつ演るの❓」
「4月のゴールデンウイーク最初」
「えっ、、、てことは。。。」
「それよ!中止になっちゃうのよ。四月末まで武道館使えないもん!」

 オレはCOUFUSIONして来た。オレの頭ん中グルグル。これは、ひょっとしてめっちゃ大きな組織も動いた事後処理なのか。。。⁉

 ヤバイ。ヤバい一件や、これ。

 オレもとりあえずもう一杯のコーヒーを口にしたが、麻衣子も顔色が真っ青だ。赤く成ったり青く成ったり忙しい奴だが、麻衣子はいつも、こうやってデカイやばい一件を引き当ててしまうのだった。

 ひとつ言える事は、、、黒田玲苑の所属するエージェントはめっちゃデカい組織で、GENTO君とやらと美咲ちゃんは、めっちゃ弱い立場なのだ。

 どうする探偵💦引き受けて大丈夫か❔

 オレの頭の中も珍しくガチャガチャ動き始めた。

 待て待て。あの二人の経緯を話してみては❔
 検察官マイコ☆君が頼りなのだ☆彡



Vol.2‐④

 検察官である麻衣子と私立探偵のオレが、それぞれの情報をシェアするのは、完了までに膨大な時間を要する。

 それでも今夜は、最重要状況証拠からの推理だけに留めたので、2時間余りで一旦終了し、麻衣子とオレは二人で食事に出かけた。久しぶりの外食デイト。

 麻衣子の作る地中海料理は、ポルトガルの家庭の匂いがして、古民家改造和モダン戸建ての内装とのミスマッチが、オレは密かにお気に入りの時間なのだが。さしずめ、南蛮の御馳走に舌鼓を打つ高山右近か大友宗麟みたいではないか🎵

 【カルパッチョとパエリアの南蛮料理専門店】という長ったらしい名前のカフェレストラン。個室が1つだけ開いていた。

 オレはセルフでクラフトビールを2杯運んだ。イカ墨で真っ黒けな、アルゼンチン赤海老とムール貝のパエリアを、麻衣子の平皿にも取り分けてやった。麻衣子はにっこりして『ありがと』とは言ったが、あまり頓着せずにまた、仕事の調査内容の続きを始めた。

「黒田玲苑のデビューは1999年。16歳の時。事務所は大手〈たなべカンパニー〉。作詞・作曲・編曲もしているが、時々single曲でも他人に提供してもらってる」
「麻衣子。けど黒田玲苑は、噂レベルでゴーストライターが居るって話だぞ❔ヒカル君が言ってた。
 それに『緑山塾』研究生から俳優としてが、デビューの最初なんだ」
「知らんかった。あ、けど彼はよく、5ちゃんねるやヤフコメとかSNSで、良からぬ噂で時々炎上してるみたい」
「らしいな。とっくの昔に入籍した相手が居るはずなんだが、定期的に同じグラドルと結婚か破局の記事が出てるんだ」
「報道らしからぬ、ニュースの曖昧さ、だよね❓
 本当の真実とデタラメが、混在している。しかもラジオでは、いかにも独身みたいなコンビニ唐揚げやカットキャベツ袋ごと食べてる話、わざと侘しそうな感じ出してるって、私の友達が言ってた」

「とにかくな、直接確かめてもウソかホントか分からんレベルの隠し事、あの黒田って男はいっぱい有りすぎや。
 BL(ボーイズラヴ)の疑惑だけは、被害者追っかけまわしてる事実で払拭されたけどな」
「そやけど、なんか嫉妬深すぎる感じ。なんか、思い詰めてヤッチマいそう。あたし苦手💦」

( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。

「かもな。麻衣子はチョーゼツ切り替え速えぇ女だし」
「忘れた頃に、昔くれた花束とかの経費請求されそう。。。」
「、、、オイオイ。黒田玲苑は、あれで超人気シンガーソングライターなんだぞ❔ファンに激オコされるぞ❓」
「うわっ!妄想彼女のファン。友達に成れへんタイプぅ~」
「麻衣子はキライなタイプには、人気があってもケチョンケチョンに貶してくれるんやなぁ。。。」
「そう❓【Out Of 眼中】ってそういう事よ」
「被害者の美咲さんも、似たような事言ったよ。『キライではなくっても、スノボ中心の生活に、眼中にない男性のアプローチなんて必要ないし。つれなく映ってもしかたない』って」

「なんかさあ、ああいう万人受けするルックスのイケメンって、個性が分かんなくって、興味持てないなぁ、私」
「魅惑のイケボでも❔」
「うんうん。ヘヴィメタルでもないのにあんなにKEYの高い声。しかも鼻声。TVでは好感度高いらしいけど。私、あかんわ」
「そっか。河隅美咲さんも『あかんわ』らしいよ。
 彼氏のGENTO君っていうのが、無口で、地を這うほど低い声で、仕事上はしゃべるけど、ふたりで居ると口数少なくって受け身なリアクションなんだって。笑顔だけど、聞き取れないくらいにボソッとモノ言うらしいんだ。それが心地好いんだって。
 女に積極的な黒田玲苑は【パリピ系】に観えて深入りしたくないって、ハッキリ告げたよ、ここで」
「あらそう」

「とにかくな。芸能界やTV業界で永く生き残って来た感が強いシンガーだし、知名度も高い分だけ色んな疑惑も、蔓延ってるよ。人気の高い分だけなぁ、誹謗中傷もあるんだろう、ね」
「そうみたいね」
「けどな。信憑性高い疑惑の噂もあるぞ♪」
「どんな❓」
「あ、ありえないくらいに現実問題信じられない話。
 だけど、これが本当の真実ならば、全て解決できそうだし、オレも腑に落ちる推理が成立するんだ」
「えっ❓どんなどんな❓」

 麻衣子がテーブル越しに身を乗り出して尋ねる。
 オレは少し得意げにひと息入れもったいぶってから、ゆっくりと告げる。「黒田玲苑は一卵性の双子で、全くソックリな片割れがもうひとり、日本のどこかに生きてるんだよ」

 麻衣子は絶句して、カルパッチョのカンパチ一切れを、箸から皿に落としてしまった。
「黒田紫苑(クロダシオン)って名前なんだ」



 オレ小嶋雅哉は、デザートのレモンジェラートとデミタスのエスプレッソを味わいながら、麻衣子に、夕方までの来客2名が語ってくれた事件の経緯を簡潔に説明する。事件性が高いので、一応事故処理だが【事件】として。

 麻衣子も、レモンジェラートを口に運びながら時々相槌を打って、カシスソーダを新たにオーダーした。オレは下戸ではないが、麻衣子がテキーラを注文しなくってホッとした。

 麻衣子は、18歳まで南米で育ったにもかかわらず、あまりコーヒーを好まない。珈琲好きのオレはなぜなのか訊いたが要領を得ない。
 多分子供の頃に、父親が南米産のコーヒー栽培と貿易に関わっていたせいで、Caféに飽きてしまったのだろう。

 ブラジルへ移住した日系人には、けっこうな割合で京都出身者が居るが、麻衣子の両親もアルゼンチンからもう戻って来ない。麻衣子独りだけ、祖父母を頼りに外国語大学の学生として帰国子女と成ったのだ。
 もう日本語は何も問題は無いが、未だに時々感覚的に『ALL外国語脳』である事を痛感させられる。オレがあまりにも日本人的感覚だからなのかもしれない。でも、これはこれで何とか長年付き合ってきている。

 それはさておき。

 オレが麻衣子に語った【河隅美咲から観た黒田玲苑】と、【道兼くんが知っている黒田玲苑の出生】とは、こういう事だ。

ーーーちなみにヒカルくんこと輝美ちゃんも共有している話題。
 黒田玲苑の少年期のエピソードについて語ってくれたのは、他でもない菅原道兼くんだ。道兼くん自身は京都市生まれ育ちのPURE京都人だが、彼の母方の実家は長崎県諫早市で、祖父は長崎県警の警視正だった。

 夏休み期間に、やたらにジメジメ蒸し暑い京都を脱出して、母親の実家に帰省していた小学校低学年の時の事。。。

 ミンミンゼミがうるさ過ぎる長崎の母の実家で、朝から素麵を食べていた所へ突然、5歳くらい年上のまだ中学生ではない男の子がやって来た。(ここは菅原道兼くんの語りのまま伝える。)

 祖父が連れて来て、しかも1週間程一緒に寝泊まりしていた。何てことないコンビニのお菓子を無銭飲食し、長崎の路面電車を無賃乗車して補導された未成年で、不起訴に成った家出少年だったのだ。

 彼は『クロダレオン』と名乗り、対馬から泳いで本島の長崎市に辿り着いた、と駐在所では語ったらしい。『本当は福江島から漁船に潜り込んで半島に辿り着き、大村湾を観たかったから諫早市をウロウロしたかった』とか、素麺を食べながら、曖昧に語っていた。。。のだそうだ。
 韓国のチンタオ(青島市)に住んでいた事もあるらしい。

 道兼くんの祖父は彼の戸籍を調べたが、彼の名は長崎県では見つからない。『クロダレオン』は鹿児島県に住む4人家族に在籍していた。
 日本語は当たり前に喋れるが、何かに付けて『アラソウ』と『サランヘヨ』を使い廻し、それでも『カムサハムニダ』は滅多に使わない、と笑っていたそうだ。

 鹿児島県に住む『クロダレオン』宅へ固定電話に連絡を取ったが、両親でなく兄貴が迎えに来ると言う。
 こうして道兼くんの祖父の自宅に黒田兄弟が揃った。

 同じ顔をしているのが、迎えに来たのだ。背格好もクローン人間だ。
「そいつは『レオン』ではなく、『シオン』です。
 福江島に養子に行きました。物心つく前に。だから、双子の片割れが来た方が分かり易いかな、と思って」

 ちゃんとした標準語をしゃべる兄貴の『レオン』は、差し出したメモ帳に漢字で『玲苑』と『紫苑』を書いて見せた。本物の『黒田玲苑』は、好感度高い優等生風の小学6年生だ。

「僕も、鹿児島から長崎まで、独り旅を楽しんでしまいました。
 紫苑は育ての親の家には嫌気が差したんだと思います。連れて帰ります。多分、福江島には戻らないから」

 ハッキリとした口調で、兄の玲苑が礼を述べた。そして飲食代と電車賃をキッチリ計算して置いて行った。
 同じように白いTシャツとショートパンツの姿だけど、菅原道兼少年には、同じ顔した別人に映ったそうだ。

 長崎県警の警視正である菅原くんの祖父は、後日、鹿児島市役所まで出向き、戸籍謄本を確認した。1歳にも満たない頃に、紫苑の名前の上にバッテン✖が付き、除籍になっていた。

 再会して案内した兄の玲苑も最近知ったそうで、知っている事もその時点では両親には伝えていなかった。
 だからこそ補導の連絡した時に、警視正は『うちの玲苑は今、ここに居ます。夏休みの宿題をしています。何かの間違いです』という母親のセリフに面喰らってしまった。
 そして、電話口に替わって出て来た兄の方が独りで実の弟を迎えに来たのだった。
ーーーというのが、道兼くんの語ってくれた『黒田玲苑のエピソード』だ。

 そのエピソードを、何かの会話の折に聞いていたヒカルくんは、噂レベルでなく一卵性双生児だと知っていたのだ。

 接客サービスの職業柄、守秘義務事項として被害者の河隅美咲にしか告げていなかったのだ。入院中に見舞いの折には『噂レベルの疑惑』としか、簡潔にしか伝えなかったのは、自分で確認したわけではないからだ。

 今日の午後に三者共集結した訪問時で、ハッキリと道兼君も『本当です』と認めた。

 世間は広いようで狭い。
 同じく法学部出身つながりでは、職業や血筋や立場が違っていても、どこかで繋がってしまうのかもしれない。 
 弁護士上がりの私立探偵のオレ。法学部卒で唯一新卒で採用になった道兼くん。その祖父に当たる警視正。独学で司法試験突破した、検察官の麻衣子。ひょっとして元高等裁判所所長の政之叔父も、鹿児島県警や長崎県警に繋がりが在るかもしれない。。。



Vol.2‐⑤

ーーーここで、【河隅美咲から観た黒田玲苑】を簡潔に伝えておくよ❔

 オレは、先に被害者美咲さんの話から聞いて、【菅原道兼くんの少年期エピソード】を後で聞いた時、加害者を確信したんだ。

 つまり結論(答え)が出たからこそ、美咲さんの案件を、谷警部側からの依頼としてでなく、被害者側の救済の立場から探偵社として報酬を得ようとしているわけだ。
 もちろん警察や検察には情報開示しなくちゃいけないが、まず第一にこの若いスノボ女子選手の活躍を護りたいのだ。そこは美咲さんと友達に成ったヒカルクンと同じで、収益優先ではない。

 どちらだと思う❓傷害事件を起こしたのは、玲苑か❓紫苑か❓
 それとも全く第三者❔

 ちなみに、麻衣子は『玲苑だと思うけど。。。』と、言葉を濁したんだ。
 そこだよ!じゃ、いつから玲苑と紫苑が入れ替わってるんだ❓
 マネージャーやイベンターは周知なのか❓

、、、という疑問が沸いてくるんだ。だからこそ、ヤバイ動きがあった事件なのだよ。たまには、オレ小嶋雅哉も褒めてくれよぉ⁉

ーーーもとい。

 クライアントに成った河隅美咲さんは、オレとは逆に【道兼少年のエピソード】を聞いてから、『やっぱり』って納得してようやくその双子の黒田の違いを説明してくれたんだ。

『その人はレオンじゃない。もう一人居る!』

『どうしても伝えたくって、瀕死の体(てい)で武道館まで辿り着いたんです。クロダレオンというシンガーソングライターは、二人居ると知っている事。その片方が私のお腹を差し、初日の日本武道館で歌ってるもう片方に、伝えたかったのです。知っている人間が居る事も。』

『いつから入れ替わっているのか、それとも二人で分担しているのか、ファンの方達は気づいていないのか❓、、、など頭の中も混乱しているまま、とにかく伝えたかった。

『イベンターさんの封筒で招待チケットを送ってくれたのは、私が知っているクロダレオンの方で、もう一人は私を知らないかもしれないって事。それから今は統括マネージャーに成られている当時側近マネージャーだった佐々木さんは、レオンの接近に協力していた、、、ってこととか』

『確かめられなくって、誰に伝えるべきかも分からない事。でもゲレンデのレストハウス裏で刺されてしまって、やっとほんとに伝えなきゃ、、、ってそのまま新幹線に乗り込んだんです』

『私も悪かったんです。曖昧な態度のままにしてて冬はゲレンデを転々してるし。その日の午前中は、弦人くんと逢っていたんです。宮城蔵王でフリースタイルSHOWの仕事が終わったあくる日、私だけ白石蔵王に移動して、成人の日のイベントに合わせてLIVEのリハーサルしていたGENTOくんに、逢っていたんです。まさか、そこにレオン本人が来るなんて。。。
 あれはレオンです。ホテルウーマンの仕事で関わった黒田玲苑さんです』

 何かは分からないけど、何かが解決すると河隅美咲は思ったそうだ。
 ちなみに、美咲さんは以前にもゲレンデで大会前日に大転倒をして腎臓外傷という故障で棄権している。それで、選手やプロボーダーとしてのデビューが遅れたらしいが、同じ左側の腎臓まで鋭い先端の凶器が刺さってしまったそうだ。背中から声をかけられ、振り向いて相手を観て眼を見張ったまま、いきなり左わき腹あたりを差された。。。

 それがその夜武道館LIVE初日で歌うはずの黒田玲苑だと、はっきり鮮明に覚えているが、いったい何で、どんな凶器で刺されたのかは、覚えていない。無我夢中でゲレンデ近くを離れ、着替えて招待チケットを持って、必死で都内へ向かってしまった。。。

 ゲレンデを離れなければ、弦人くんまで危害を加えるかもしれないと考えたけど、気が動転していて、とにかく日本武道館まで〈白石蔵王駅〉から向かったのだ。

 ボードウエアの下に履いていた厚手の黒いタイツも着替えるなんて所までは考えが及ばないし、着替えのストッキングなんて持参もしていない。
 とにかく無我夢中で、玲苑が来ていてそっちは別人だ!と伝えようとした。


ーーーと、ここまでは大まかに事件の概要を語ってくれたもの。

 ここから先、【河隅美咲から観た黒田玲苑は、二人居る】事項にようやく移るよ。
 今、オレ雅哉がこれを語っている同じ頃、菅原道兼くんは鹿児島と長崎に向けてすでに出発していて、多分新幹線『のぞみ』の車中だ。
 道兼君の祖父に出会えたら、鹿児島の黒田兄弟の両親に出会えたら、もしくは昔の同級生などに出会えたら。。。

 道兼君は、その後小学6年生以降一卵性双生児の黒田兄弟は、どう生きていたのか❓どちらがデビューしたのか⁉今はどちらが歌っているのだ❓
ーーー次から次へと沸いて来る疑問を謎解きをするために、九州へ向かっているのだ。



Vol.2‐⑥

 左京区の、修学院近くに在る麻衣子の戸建てを訪問して、今日は二人で遅いランチを作っている。

 検察官麻衣子は一応土日祝日は公休だし、オレはいつでも自由に動けるから、「おうちデート」で「カフェごはん」を、二人で作る。よくあるパターンだ。
 といってもオレは殆ど喋ってばかりで手が動いていないし、麻衣子は、クッキングする傍らでおしゃべりをしていて欲しいだけだ。ジャガイモや人参の皮むきくらいはオレにも出来る。

 オレも、ロバート・B・パーカーの小説みたいに、私立探偵らしい緻密な料理を作ってみたいが、スペンサー探偵のレシピ通り測っても、全然違うひと皿が出来てしまうオレ。カレーライスや焼きそばあたりでチャレンジは止めにして、麻衣子の相棒らしく出来上がりを楽しみにしよう。
 ここはニューヨークやロスではなく、京都の古民家リフォームの和モダン戸建ての、ダイニングキッチンだ。


ーーーここからが、本題。

【河隅美咲から観た黒田玲苑】を語っておくよ。
 黒田玲苑の噂や疑惑は殆ど知らなかった美咲さんだが、噂やエピソードを共有して、自分だけ感じていた訳じゃない事、別人だと証明できる事に、安堵したそうだ。

 勝手に勘違いして騒ぐのも、逆にもっと被害を被る。出逢ったデビュー数年後から今日までの間に、どうも別人だと途中で気づいた事項を、例を挙げて語ってくれた。

 顔立ちや背格好はもちろん、感受性の強そうな気性も似ている。ホテルウーマンとして接していたデビュー初期と、常宿が替わられて頻繁にアプローチされた時とは、さして変わりない。

 だが、ごく最近スノボのシーズンが始まる前に呼び出されて、美咲さんからもう会わない事を告げた時に、眼の前の黒田は全く違う反応。
 行く先々に居る地方の女の一人に振られただけ、くらいのあっさりした対応で、しかも過去の出来事も記憶喪失みたいに覚えていなかった。
 それはごまかしてる風では全然なくって、ほんとに知らないらしく、つまり経緯をシェアしていないからトンチンカンなのだ。

 美咲さんの知っている黒田は、ストーカー気味なくらいに唯一の女性に執着するタイプだ。
「本気じゃない付き合いなんて、音楽のネタにもならないし、第一そんな暇なんかない。仕事ぎっしりで」
とも言って安心させようとさえしていた。
 その黒田は、最初に出会った日の『海鮮バラ寿司』の件さえ覚えていたのだ。ホテルのベルガールとして当たり前のスキルなのだが、数年後、常宿が替わる時期に告げた。
「他の地方にもなかなか居ないよ。差しチョコを付けない理由や板前さんの料理人としての姿勢まで語れる、配膳の人は」
と、感心した記憶を語ったのだ。

 多少押しが強いけど、素直で、TV画面での笑顔のおおらかさより、神経質でストイックさが目立つ人だった。何より、部屋に持ち込んだ楽器(アコースティックギターかキーボード)は、絶対第三者に触らせない。

 のどの調子のために、極力しゃべらない。夜12時を過ぎると、全ての人間との連絡をシャットアウトして、睡眠時間を確保する。もちろん飲み歩いたりできない。
 朝は8時きっかりにルームサービスで朝食を取って、仕事とコンビニ以外の外出はしない。食事はほぼ外食だが、部屋で呑むのは缶ビール350㎖1本か中ビン1本のみ。
 そしてシンデレラの時間には”Don’t Distab”なのだった。

 そんな人間が、地方へ行く度に浮気したり、飲み明かして路上で暴れたり、TV番組制作会社に評判が悪いほどルーズだったり、、、するだろうか。。。❔

 美咲さんは、彼女として付き合う気はないが、ネットや報道で騒がれている内容は、半信半疑だし見たくもないと思っている。確かめられはしないが、曲を作っている人と、TVのバラエティー番組に出演している黒田の印象は、全然違うのだ。
 どうも変だ。。。と思い始めたのは、ここ2年程。

 数年前には、何本か黒田玲苑のLIVE、だいたい5000人くらいのホールからアリーナクラスのツアーに見に行った事が有る。ホテルウーマンとして出会って以後に、ラジオのパーソナリティ番組も聴いてみた。
 ステージ上の黒田、ラジオの黒田、宿泊中のプライベート時間の黒田。どれもさして違和感なく特に飾り気なく、クリエイターらしいナイーブさの一致があった。

 だが、ここ最近はTVではとても好感度高い売れっ子HEROらしき貫禄はある。けど、職場の身近なの彼のファンのいう黒田は『妄想の中の白馬の王子』的持ち上げ方だし、その割には黒い疑惑の付いて回る週刊誌報道。
 すべてトンチンカンみたいだし、すべて知ってる黒田と別人に感じる。

 最後に違和感なく黒田玲苑と接した時に、とても印象深い言葉を、残していた。
『望まれるのは大切な事だよ。望まれる姿で唄うことも。
 だけど、スタイリストさんに衣装着せられて、眉も太く描いて笑顔作って、、、何かイヤな事あってもね、そこまで作り上げて初めてみんなの望む黒田玲苑なんだ。
 ジャージ着て缶ビール1本でプハーーっとかやってるボクは、ファンの横にいる旦那となんら変わらん。そのボクは、彼女にも成ってくれない女性にこうして愚痴ってるわけ。八重歯まで抜いて、活舌直したのに』

『八重歯抜いたら、発音まで変わりますよね❓』
 黒田玲苑さんに、素直に聞いたんです。えくぼが無くなったし、貌の輪郭も変わりませんか❓って。そしたら何か言いたそうにするんだけど、黙り込んで遠くを見る眼をしたんです。
 多分、その時には決まってたんですね、入れ替わる事。出来る限り似せようとしていた。それで、、、最近やっと黒田さんの言ってた【セミリタイヤ】の意味が飲み込めたんです』

ーーーというのが、美咲さんが語ってくれた詳細。

 オレの話を聴きながら〈筑前煮〉と〈きんぴらごぼう〉を完成させて、次に取り掛かる〈豚バラ大根〉の下準備を始めている、麻衣子。

「そういうことね。。。でも。さすがホテルウーマンやねぇ。バトラーやベルボーイは身近に接するからこそ、別人のようだと嗅ぎ取るのね。。。
 すごいスキルやわ、それ。マンションのコンシェルジュとかもそうなのかしら❓」
「ホンマ。彼女や親子じゃなくっちゃ分からんゾ」
「たしかに」

 丸太の切り株みたいな形の大根を一つ一つ、麻衣子は、角を〈面取り〉という作業を始めた。両目が多少依り眼気味に集中してるのが、可笑しくて、つい、
「そこまで集中するのは好いんだけどさ、〈豚バラ大根〉の煮つけの段取りの方が、キンピラや筑前煮より早くね❓」
と、からかった。
「そうかもやけどさ、迷ったんやけどさ。
〈豚バラ大根〉の方が温かいまま食べたいし、キンピラや筑前煮は冷めても食べるやん❓そやから、先に2品作ったし、大根の丸太切りと皮むきをしといてもらったの」
「、、、なるほど。やっぱり麻衣子は結論が先に来る【外国語脳】や。
 オレ、出来上がって冷めた料理見て『しまった!順番まちごうた!』って気づいて〈割れ鍋に綴じ蓋〉の後手後手で、レンジでチン♪するタイプや」

 麻衣子はクスッと肩すくめて笑ってから、包丁を置いてひと呼吸置いて、得意げに告げる。
「そやから料理の時も、頼んだ作業でフォローしてもらうだけの方が、上手く行ってるんやんかいさーぁ❓」
「どこで覚えたん❔〈やんかいさー〉って」
「。。。吉本の劇場かな❓知らんけど」
「もうええてっ♬」



 麻衣子のお気に入りアイランド・キッチンで食事を済ませると、オレ雅哉は二人でブレイクタイム@ウッドデッキの中庭。

 街中の〈ウナギの寝床〉と呼ばれる細長い土地ではあるが、麻衣子の祖父母が残した土地を、元の売り主京極さんに管理してもらっている。
 古民家リフォームしたこの和モダン戸建ては、有名な観光スポットからは外れた、閑静な住宅街。

 都会のオアシスみたいな時間だ。もちろん麻衣子が側に居てくれるからだけど。

 オレもここに引っ越してこようかな。。。別々に独り暮らししてるのは、なんだか最近面倒くさい。
 入籍するまではケジメ付けとこう、、、とはしてるんだけど。


 デッキチェアで二人並んでくつろぐ。
 麻衣子は、アイスティーにオレンジ・リキュールとトニック・ウォーターを混ぜたオリジナルなカクテルを飲み始めた。中庭の柚子の木から小ぶりの果実をもぎって、直接しぼって一口呑み、ニンマリと笑顔が滲んだ。

「麻衣子はホントにアルコール好きやねぇ。オレにも同じの、カクテル作ってよ。柚子絞るくらいなら自分でやるから、な❔」
「I See♪」

 オレもニンマリしながら、そのオリジナル・カクテルを口に運ぶ。麻衣子が話題の続きを再開する。

「とにかくさ。そのGENTOくんと美咲さんが付き合うきっかけは❓そこにヒントが有りそう、なんやけど❓」
「そやね」
「美咲さんが選んだ彼氏の、4月末のLIVEを中止にされたのは、不可抗力の偶然ではないかも。同じ音楽業界に居たら、いずれ知るやろし『あるある』やないの❓」
「そこだよね。実は、ふたりの付き合うきっかけは、音楽とは全く関係ないらしいよ。
 最初は小学生の時に出会ってて、12歳と6歳の年の差なんだ。年齢だけで云うと、3歳年上の黒田の方がしっくり来る」
「知りたい、それ。GENTOさんが年下なのね❓」

「京都の北部に在る、宗教団体の臨海学校がきっかけらしいよ。夏休みのね。【少年夏季学級】ってのに毎年小学生の間参加してて、最後の6年生の時に美咲さんが班長のグループに、1年生の弦人君が参加してたんだ」「あ、なるほっど。そういう出逢いかぁ」
「最初の出逢いからはそれっきりだったんだけどさ。
 弦人くん家は、その宗教団体の分教会支部って役割らしくって、祖父母は御盆や年末年始に登録の家庭にお参りして、『みことのり』ってやつを唱える人なんだよ。
 んで結局、神官の末裔家系同士のつながりで、結婚の候補に挙がったんだ。美咲さんが」
「、、、ちょっと待って。それって宗教団体で結婚相手決めちゃうの❓
 なんとかってあの団体❓」
「ちゃうちゃう!統一教会じゃないよ。
 もっとお気楽な踊りするヤツらしいよ。あくまでおうちの家系の事情でのおススメ、なのらしい。
 スノボの選手登録の最初が東京都の連盟だったから、弦人くんが上京する時に『会ってみたら❓』って勧められて、自分で逢いに来たんだって。ナンパではないけど、キッカケだけだよ。でもやっぱり覚えてて、すんなり仲良くなったって」
「、、、ちょっと待ってね。それって日本固有の神道なの❓」

「オレも調べたんだけどさ、【天照大御神】(アマテラスオオミカミ)とか出てくる神道で、エルサレムと姉妹都市で世界平和都市宣言とかやってる都市なんだと。
 オレもよく知らんけど、付き合うも別れるも自由だけど。
 意外と上手く行くんだって。多分、信仰の信条が同じだから、婚姻もスムーズなんだろうね。ホラ♪仏教でいう所の檀家さんが、仲人さんや仲介役するみたいな、あれ。
ぁ、麻衣子には分かんないっか。。。18歳まで南米に居たもんなぁ」
「分かる。理解できる。
 ホラ、あの女優さん。色々恋愛は華々しい報道あるけど、結婚は同じモルモン教徒の方とだったでしょ❓お仕事の立場上色々あっても、ご家庭を持つ価値観は一致してたんじゃ、ないかしら❓」
「そう来たか!」

 麻衣子は、二人分のカクテルお代わりを作る為、中庭からダイニングキッチンに戻った。

 2杯目は、なんだかもっと美味しいぞ♬

「でもさでもさ。クリスチャンだってくっついたり別れたりは繰り返すけど、結婚には慎重、みたいの居るやんけ。なっ❔」
「それを云ったらサ。
 リオデジャネイロのでっかいキリストさんだってさ、いっつも、アメリカ合衆国の『自由の女神🗽』の方向いてナンパし続けてたって、都市伝説。
、、、よっ⁉」

 しあわせだぁ。オレは。麻衣子と居るだけで酒も旨く成るんだ。。。



Vol.2‐⑦

 黒田玲苑の、事件当事者としてのシロクロに関して、未だ独自に捜査調査を続けているのは、被害者河隅美咲が依頼した周辺だけではない。

 警視庁捜査一課の谷警部は、再度、黒田のアリバイを崩してやろう!と、躍起になっている。
 粘着気質なのか、納得行かない捜査中止なので、こだわって個人的に答えを見つけるまで、〈公的捜査〉ではない〈個人的調査〉を続けているのだ。

 ただし、〈事故処理〉でなく〈傷害事件〉に切り替われば、時効はまだ約10年後。警察手帳を使って独自に調査しているのは、『示談』で抑え込んだ黒田側が許せないのらしい。


 いったい、誰のための正義なのだ⁉
と、京都府警の佐藤警部は、感じてしまうのだそうだ。

 佐藤警部に協力してもらえない警視庁の谷警部は、『たちき』の女将神山真澄さんを通して探偵社のオレに依頼して来たのだが、それもあしらわれると今度は、客室接待課長のヒカルくんに頼んで伝達して来た。
 それがこの件に関わるキッカケだったのだから、会って話を聴く約束だけはしたのだ。

 そして、面会する部屋はあえて『3階コンクリート打ちっぱなしモテ部屋』を、選んだ。
『2階和モダン部屋』には、まだ知られてはいけない資料が散らばっているし、3階常勤の菅原道兼くんは、まだ九州出張から戻ってはいない。

 そう云えば谷警部は、黒田玲苑の出生については、調べがついてるのだろうか❔とても重要な情報ではあるのに、足で稼ぐタイプである筈の谷警部なのに、そういう面倒くさい調査はオレらに依頼するつもりなのか❔

 それとも隠したまま別情報を引き出すつもりか❔

 『踊る大捜査線』の青島刑事のようなモスグリーンのコートを着て来た、警視庁の谷警部は、コートやジャケットを脱がずに即本題に入ろうとした。

 オレは側に居た『もう助手ではない神田くん』に目配せして、コーヒーを3つ頼んだ。
 今日は経理の真希ちゃんが公休なので、3階では神田君が重要事項の記録をしてくれる。オレはもっぱら谷警部とのコミュニケーション担当だ。

「ご依頼内容を伺う前に。最初に言っておきます。
 うちの探偵社も、京都府警や警視庁には情報を隠せませんが、検察庁の方から、被害者としての河隅美咲さんが訴訟を起こせる事実を知って、河隅さん側の依頼を受ける事にしています。
 ですので、情報開示及び共有はいたしますが、谷警部からの依頼は受ける事ができません。ポケットマネーからであっても、です。ご了承ください」

「、、、わかったよ。『たちき』の女将にも佐藤警部にも協力を断られたよ。ヒカルちゃんから伝達がきたんだね?」
「はい。公的に明細開示出来ない報酬は、事務所としては出来る限り避けたいのです。ヒカルくんは、仕事上の知人であり河隅さんと友人の絆が出来てます。宜しいですか❔」
「、、、しかたねぇな。でも情報はおくれよ❓」
「はい。無償で開示します」
「わかった。それで行く」
「ただし、訴訟までストックするリークは、明かしませんよ❔
 公的には捜査を打ち切ってるんですから」
「、、、それでいい」

「じゃあ、お互いに今開示出来る情報を共有しましょう❕❔」
「お願いするよ」
「わざわざ京都まで来ていただいたんだから、それは約束します」
「俺は、どうしてもこの件の真実を突き止めなくちゃいけないと思うんだ」
「誰のために❔」
「、、、」
 そこで初めて、谷警部は押し黙った。


「それは、あなたの正義のためですよね❔
 佐藤警部は、佐藤警部の正義であるが故、この件には関わらないのです。
 そして、この私立探偵事務所は、公明正大な正義で在りたいのです。個人でなく、真実を知った上での大人の解決で最善の形への報酬を得ようとしているのです。
 この事務所の共同経営者は、かつて裁判所所長であり、私の相棒は検事なのです。どうかご理解ください」

「遅くなりました!!警部さん。
 どうぞコーヒー召し上がってください。新入りの神田と言います。よろしくです。どうか、じっくりお話しになってください」

 やっぱり神田君はあいかわらず、タイミングが絶妙だ。



 谷警部が話してくれたのは、主に黒田玲苑の音楽活動のスタッフや、チーム周りの聞き込み情報だった。

 エージェント事務所であり、育てた養成所でもある〈タナベ・カンパニー〉に連絡を取り、今は統括マネージャーと成った佐々木も、警察には情報を開示しないわけには行かなくなった。

 谷警部は、訪れた〈タナベ・カンパニー〉自社ビルの、小会議室に通された。別室には、イベンター〈サウンド・ガレージ〉の黒田玲苑担当、岩崎が待機していた。
 供述をあとでお互いすり合わせしたりしないように、前準備無しに訊き出すためだ。

 一度に済まそうという横着ではなかろうか。。。
オレ小嶋雅哉だったら、そう思われるかもしれないが、警視庁の刑事だから谷警部の指示にすんなり従ったそうだ。


 谷警部は神田君が階下から運んで来たコーヒーには手を付けず、まず、統括マネージャーとの会話から得た情報を、要約して語ってくれた。

「佐々木は、被害者の河隅美咲さんは昔の黒田玲苑の彼女だったと、言ったんだ。黒田のアプローチに協力もして、美咲さん自身もホテルウーマンの仕事を離れて逢いに来ていた、と。

 けれども、本格的に向かい合おうとして、3年先まで決まってるスケジュールの後は、しっかりセーブしてるから、美咲さんもホテルサービスの仕事を辞めて、黒田の計画に合わせて欲しいと本人が伝えた。

 ところが、その日がキッカケで、河隅美咲は別れを選んだ。
 本業のスノーボード選手としても、ホテルでの任されてる立ち位置も捨てるほどには、自分は黒田と生きようとはしていない、と切り出したのだ。

 その後も黒田は音楽に従事していたが、以降はやる気の無いままこなしている態度に変わっていった。相変わらず人気は継続している分だけ、プライべートが相当荒れ出し始めたんだそうだ」

「そうですか。気持ちは分からなくもないけど、美咲さんの見解は、違っていましたよ。
 黒田の仕事が多忙過ぎて、その合間に思い込みの激しい黒田に断り切れず、何度か会う事はしたが、彼女という認識はなかった。

 結婚を目指して繋がりを持っている、恋人は他に居るんです。
 その彼は、お互いの仕事に励む姿を支えや糧にして、事件当日もその彼に連絡を取ったからこそ、スノボのメーカーの計らいで、京都の病院に移って回復して、仕事も再開に向かえるんだと、美咲さん自身が語りました。

 どんなに有名なアーティストやセレブだろうと、幼馴染のような二人の歴史には敵わないって事です」

「そうかもしれんな」
と言って、谷警部は少し冷めかけたコーヒーをひと口ふた口味わった。
「君のな、小嶋さんの親の世代は多分な、〈昭和ひとケタ〉くらいだろ❔」
 オレは深く頷いた。

「俺は、その後の学生運動やった世代の最後尾くらいだ。
 美味いもん食って上等な服着て、女が不自由せずにニコニコしてて車持ってて、、、それが幸せの象徴だと頑張って来た世代にな、学生達が反抗したが夢破れて、結局同じ価値観を生きざるを得なかった。反戦ソングなんてもの『いちご白書』とか、知ってるか❔

 君らはな、彼らと違う価値観に幸せを感じる事を、素直に言える世代なんだな。もっと下は知らんけどな。。。

 〈永久就職〉なんて、結婚にも会社にも当てはまらん世の中だ。
 俺たち世代に依存もしないし、ムキになって押さえつけようとすると、茶化してスルッと交わすんだ。その間にしっかり実務的な事は牛耳っている。イクメンとか彼女を見守るとかが、自分の仕事の糧にも成るなんてな」

 ひと息入れてから、穏やかにくつろいだ笑顔を見せた、谷警部。
 オレは初めてこの男の笑顔を見つけた。都内の法律事務所に勤めてた時だって、神山真澄は何度か関わったが、いつも眉間にしわ寄せて斜に構えてるヒトだった、と話していた。
 疑ってかかる事が当たり前の対応だったのらしい。腹を割ってくれたのかな、、、と、一瞬感じた。

 おっさん、ええ笑顔するやんけ♬


ーー to be continued.


ーーー The Second Period of The Third Story  ーーー



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