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母の日に

 母のイメージは人それぞれ。だから一概にお母さんには何がなんでも感謝しないといけない、とは思わない。私はね。
  
 私に関して言うと、母は今の私のベースを作った人。違和感の多い昭和を駆け抜けてきた人。成果主義に抗い、子ども一人一人をありのまま愛してくれた。そして子どもへのリスペクトがあった。私はそれをそのまま受け継いで母になった。今、大人になった子どもたちと良好な関係でいられるのも、きっと母をモデルにした子育てをしてきたからだと思う。
 私の中の当たり前の愛し方は、そのまま私にしっくりきた。感謝ばかりだ。

 母に感謝すると同時に、私は子どもたちにも感謝する。
子どもたちと過ごす日々はおもちゃ箱みたいで、遊園地みたいで、ギフトみたい。これ以上ないくらい笑ったり、ハラハラドキドキしたり、スリリングだったり、思いがけないことでビックリしたり。
 ずっと続くトンネルみたいに感じることもあれば、いつか終わりが来る時にはきっと悲しいだろうと感じることもあった。だから、とにかく後から
「もっと出来たのに」
って思いたくなかった。
「うまくやろう」というよりも、きちんと向き合わずに後悔したくない、という気持ちが強かった。

 子どもたちが23歳、21歳、19歳になる今年。みんな成人した今、私が彼らにしてあげられることは、きっと私が幸せでいること。我が子に幸せでいて欲しいと願うのと同じ様に、子は親の幸せを願ってる。自分も子の立場でそう思う。親が幸せだったら、ホッとする。

 だから、これから私がすることは、幸せでいること。ホームでいること。子どもたちがしんどい時、嬉しさを誰かと分かち合いたい時、そんな時にふと思い出してホッと出来るような、幸せな心のホームでいたい。

 母の日に。試行錯誤の冒険家みたいな母の下、素敵に育ってくれた子どもたちと、私の根っこを作った母に感謝。

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