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〈怪談〉むしろこっちの方が……。

おばけだと自覚しながら目の当たりにしたという経験は無いけれど、後から考えると見ていたのかと思うことがある。
厄年の三年間、前厄、厄と2年連続で信号待ちをしていて追突されて、そんなこともあるかと思っていたら、後厄の年の初夏、夜中に黄色の点滅信号に入ったところで、赤色側から飛び出してきた車が、こちらの前をすり抜け切れずに接触するという、なんともいえない事故を起こしてしまった。

向こうは軽四でこちらは普通車。事故の瞬間は何が起こったのかびっくりはしたもの、こちらの車の前をすり抜けきれなかった軽四は、歩道の縁石に乗り上げたのか、まるで映画の様に、きれいに腹を見せてひっくり返る。
こちらの車もフロントが前輪に食い込み、走行不能になって、交差点の真ん中で止まる羽目になった。
衝撃はあったものの、こちらは怪我もなく、とにかく向こうは大丈夫かとひっくり返っている車を見に行った。

「大丈夫!?」
どうにか先に車から出てきていたらしい人影に声をかける。
「いやぁ……」
覗き込むと、ひっくりかえった車の中でもがいている三人も、どうにかはいだしてきた。
三人ともかなり若い。大学に入ってまもない若者が夜のドライブをしていた感じだろうかと見てとれた。

「とにかく、警察に電話するよ」
と、特に返事を待たずに警察に電話して、場所を告げている間に、「ああ、折れてるわ……」という声が聞こえてきて、続けて救急車を呼んだ。
ほどなく救急車が来て、あまり間を置かずに警察も到着する。転覆した車の若者たちは、骨折やら流血やらで全員救急車に乗っていくことになり、こちらの車も脇に寄せようにもどうにもならないので、レッカーを呼ぶことになる。

警察官が現場を記録して、こちらも通り一遍の状況を説明する。
別の警官から「皆さん病院で、いまのところ意識もはっきりしておられるし、怪我だけですね」と伝えられた。
「どちらにしても、改めて調書を取ることになるので、警察署の方においでください」
そんな調子で、とりあえずその夜は迎えに来てもらってなんとか帰宅した。

日をあけずに、警察署に出向き、調書の作成となった。
こちらが点滅黄信号で交差点に入ったのに、向こうが構わず突っ込んできたというのが、そもそも信号無視なのかという話で、担当の婦警さんから説明を受けた。
「今回、貰い事故みたいな感じで、向こうの車がの方が大きかったら怪我とかの立場が全く逆転していた感じではあるんですが……」
それでも、こちらが完全な被害者ということにもならないのだという。
「一応、十分減速してたし、20キロ出てなかったと思いますけど」
と聞いたら、婦警さんが現場写真を確認しながら十分同情的だという態度のまま、続けてくれた。
「そんな感じですよね」
「はい」
「はい。十分減速はしておられた様ですが、実際には交差点では徐行していただかないといけないんですよ」
「あ……」
「20キロは、徐行じゃないので」
「ああ、徐行じゃないですね」
「そういうことです」
「徐行か……」
婦警さんが続ける。
「あとですね、先ほども言った様に、状況としては貰い事故ではあるんですが、向こうのダメージがかなり大きいので、さらにこの後ですね……。警察でなくて、検察の方から呼び出しがかかる可能性もゼロではないんですよ。とにかく、しばらくは交通違反なんかにも、くれぐれも気をつけてください」
「検察ですか」
「可能性ですが、改めて責任を問わたりすることがあるかもしれないということで、現時点では、可能性があるとだけ、お伝えしておきます」
「わかりました」

なんともいえない状況だが、ともかくしばらくは大人しくしておくより他ない。
婦警さんと、最終的に事故の状況の確認となった。
「点滅の黄信号で、時速20キロメートル程度に減速して交差点に侵入したところ、左側から……。」
と、一通りの確認が終わった。
「しかしまぁ、飲酒運転とかじゃなかったから、咄嗟に避ける感じの運転してくれたんですかね……」
「心霊スポットに行こうって、夜のドライブをした帰りだったそうで」
「いやぁ、こっちは仕事帰りですよ……。心霊スポットよりよっぽど怖い目に遭ったのか。いやぁ、たまったもんじゃないな。レッカーの人に、これは廃車コースですねとか言われて、向こうもでしょうけど……」
「ああ」
改めて、婦警さんに聞いた。
「で、四人ともまだ病院なんですか?」
「四人。三人ですよ。みんなどこかしら骨折していて」
「あれ?三人?」
「三人です」
「じゃぁ、ひとりは無傷というか」
「いえ、三人乗っていて」
「ああ、そうか。みんな救急車で病院に行ったんですよね」
自分が最初に大丈夫かと声をかけたのは、一体誰だったのか。
「そっかそっか。まぁ、骨折も大ごとですけど……」
とりあえず、婦警さんを相手に話をひろげてもしょうがない。この件はここまでということで、事故についての警察関係の用事を終えた。

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