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新居に妻が帰ってきた。

2021年8月末

2021年8月30日(月)

無事自宅療養チームが決まり、この日に妻は退院することになった。
疾うに匙を投げられていても仕方のない状態であった妻。
その原発を突き止めるために、呼吸器科から産婦人科へ掛け合ってくれた先生。
そしてその無理難題へ本気で向き合ってくれた産婦人科の先生。
そして、最期に苦しまないで済むよう、痛みを取ることを引き受けてくれた訪問医療の先生。
信頼のバトンが繋がり、妻が望む自宅療養がはじまる。

内心、最期まで病院で過ごすと言われないかと心配だった。
がん患者の中には、苦しいところを家族に見せたくない・見られたくないということで、プロフェッショナルかつあくまで他人だけがいる病院での最期を望む方もいるようだ。
単純に、家族への負担面を考えるだけでも自宅療養を選びづらいケースもあるだろう。
それぞれが置かれている状況次第で導き出される答えも変わってくるところだと思う。

しかし、今はコロナ禍で病室への出入りはできない。
おそらく病室を望んだ場合は、家族は看取るさえできない。

愛する人がどのような最期を迎えるのか。
もちろんこんなに早くその時が来ることになるとは思っていなかったから、心構えが出来ていたかといえばあやしい。
しかし最期の時まで向き合い続けたい。逃げたくない。という気持ちが先行していた。
分からないけど、全うしたい。

夫婦ってそういうもんだろうと思う。

8月中旬に先生から伝えられた余命を考えると、一日の重みを苦しいほどに意識してしまう。
できるだけ息が詰まらないように、できるだけ妻の想いを取りこぼさないように。
そんな意識でいた。




午後13時半頃、妻が新居に帰ってきた。
妻にとっては内見後はじめての新居だ。

段ボールをほとんどバラしておいたので、妻は喜んでくれた。
頑張ってよかった。

このあと間もなく自宅療養対応をしてくれる方々が家に来る。
仕事を一時中断し、急いでご飯を済ませて部屋を片付ける。

何人来てくれるのか把握してなかったが、大所帯だった。
リビングが広くなったから、引越しておいてよかった。

主治医の先生。
薬剤師さん。
前々からお世話になってる訪問看護師さんが2人。
病院からの引き継ぎで橋渡し的に動いてくれていたケアマネージャーさん。
妻の父・母。
妻。
私。

計9名。
引越しておいてよかった。

自宅療養のキックオフということで、ぎゅうぎゅうとリビングに集まってもらう。

主治医の先生から紹介と今後の治療についての説明をしてもらう。

基本的には週一で先生の診察をしてもらい、週二で訪問看護師さんにケアをしてもらう。
先生の診察時に薬剤師の方に薬の補充をしてもらう。
だいたい週の半分くらいの頻度で関係者に診てもらえる環境になるので安心できた。
緊急の連絡先も教えていただき、24時間対応してもらえる。
何かあったときの対応については、その都度変えていけるということだった。

丁寧な説明を受けて妻も安心したようだ。
主治医の先生の落ち着いたトーンとスピードの話し方も、安心感を増幅させてくれた。




初回の説明を受け終え、寝室のベッドに移動して痛み止めの点滴を付けてもらった。

針が刺しっぱなしになるため、腕には気をつけないといけない。
しかし、痛み止めの機械はポーチに入ったポータブル式なのでお風呂に入るといった日常生活への支障は最低限で済みそうだ。

痛み止めは一定のタイミングで身体に入り、妻の痛みを取るように働きかけてくれる。

痛み止めの量が増えると、意識のある時間は少なくなる。
この痛み止めは根本治療ではなく対症療法だ。
もう根本治療はできないから、対症療法で痛みを取るしかない。

がんが進行して痛み止めの量が増えると、訪問してくれる約束をした人と会う約束をしていてもまともに話せなくなってしまうかもしれない。
ただ、その痛み止めを我慢したら激痛が妻を襲う。

このトレードオフは非常に難儀なものだった。

特に痛みが強いときは自分でボタンを押して痛み止めを出すこともできる。
ボタンは一度押すとタイマーが走り、一定時間経つとまた押せるようになる。

先生は、痛みが出るときは迷わずボタンを押すように言ってくれた。
躊躇せず、痛みをなるべく取ってくださいと伝えてくれた。
使えるものは使いましょうと。

キックオフと初回の診察を終えて、自宅療養チーム御一行が退室した。



友達が会いに来てくれるときのために、一眼レフカメラを買っておいた。
それを試したいからとカメラを向けると、照れながら笑顔をくれた。

左腕に刺さった点滴。抗がん剤を完走し、生えてきた眉毛。肩に掛けた痛み止めの機械。


妻は少々疲れていたが、新居に帰ってこれて嬉しそうに見えた。

私は仕事に戻り、妻が退院してこれから自宅療養が始まる旨を上司とチームに伝えた。
よかったねという言葉が暖かかった。

これから始まる自宅療養。

その日は新しく買った2台の脚付きマットレスベッドを隙間なくくっつけて寝た。

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