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気持ちを固める。

2021年8月後半

2021年8月21日(土)

妻は朝から痛みがあるようだった。
少し前から話していた、坐骨神経痛のような痛み。
これもがんの進行によるものらしい。
骨に転移したがんが蝕み、骨が弱くなってしまっているようだ。

骨への直接的な痛みは妻の体力を奪うには十分だった。
この頃から少し元気がなくなってきてしまった気がしている。

余命宣告から日も浅い。
無理もないだろう。

この日は午前中に旧居の退去立会いへ一人で向かった。
新卒社員と思しき不動産担当と妻と過ごした思い出が詰まった旧居の点検をする。

妻がもともと住んでいた部屋での半同棲を経て、この部屋へ一緒に移った。
2018年8月末。
丸3年ほどの濃い思い出。

綺麗に住んでいただきありがとうございましたと言ってもらえてよかった。

オーナーさんの家が近いので、不動産屋は退去チェックの足で向かうとのこと。
私も挨拶に向かおうかと思ったが、なんだか座りの悪い思いになって止めた。

微妙な距離感の人にこのタイミングであって、妻のことを聞かれて、本当のことを話すのも嘘をついたりお茶を濁したりしてその場を凌ぐのも嫌だった。
自分の疲れを感じる瞬間だった。

この日はフジロックの二日目。
コロナ禍ということもあり、YouTubeでの配信も行われていた。
昼間にカネコアヤノを見て、夜はNUMBER GIRLを観た。
妻も病室で大好きなNUMBER GIRLを観れて喜んでいた。
しかしおそらく痛みが強くて心からは楽しめていなかったように思える。

2019年12月15日、妻の親友が当選したNUMBER GIRLのチケット。
妊娠後期ということもあり、譲ってもらい妻と二人で行った。
あの時、一緒に観ることができてよかった。

そんな妻とのLINEの中で、先生が直接話したいという連絡もあった。
早速週明け月曜のタイミングに調整し、話を伺う運びとなった。




2021年8月23日(月)

夕方、仕事を早めに切り上げて病院へ向かった。
妻が入院している棟のロビーで、妻の両親・姉と合流する。

先生との面談までは少し時間があるので顔馴染の看護師さんと会話をしていた。
比較的若い患者ということもあり、すぐに覚えてくれて懇意にしてくれる方が多くて常々助かっていた。
このあたりは妻の人徳あってのことだと思う。

しばらくすると看護師さんに押されて、車椅子に乗った妻が現れた。
今回の入院は長かったため、久々の再会。

そのうち先生と担当の看護師さんたちが揃い、個室に案内された。

内容的には、大半は事前に電話で伝えてもらっていたものだった。

追加情報として、信頼して任せられる自宅療養チームを構築中だという話をしてもらった。

ここから先は今までお世話になった病院の先生ではなく、訪問医の先生へバトンタッチされる。
そのバトンをロスなく繋ぐための引き継ぎを行ってくれているようだ。

もともとお世話になっていた訪問看護さんも引越先でも対応してもらえることになったので、あとは決まるのを待つだけの状態になった。

とても心強い。

妻も含め、家族一緒に直接説明を受ける機会を作ってもらえてよかった。
齟齬もないし、妻は家族が同じ話を同じ空間で再度聞けたことによる安心感を持てただろう。
情報差分は、聞かされた余命だけだ。

自宅療養チームが決まるまでは、病院との往復は大変ということで入院を続けることになった。
最後の入院生活。
あとは自宅療養だ。

何が待ち構えているかはあまり想像はついていないけど、添い遂げるぞ。と漠然とした覚悟を決めた。

私ひとりではとてもではないが手が回らないので、妻の母が日中世話をしてくれることになっていたので、ひとりではないという安心感はあった。
共倒れしてしまっては元も子もない。
妻の家族が近くに住んでいるのはとてもありがたかった。

こうして、自宅療養への切替準備を着々と進めながら8月の後半を過ごした。

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