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「大切なもの」

運動神経もよくない 字もへたくそだ 人と交わるのも苦手だし 仕事もできない 絵も文章も見られたものじゃない 神様はあらゆる才能を私から奪っていった たから私は嫌な上司にも 横暴な君主にもならずにすんだ 少しは他人に優しくできるようになった お金はないが、平凡で幸せな家庭を 築くことができた 神様は一番大切なものを私に与えてくれた

    • 「カワセミとルアー」

      都会を流れる川の支流に ルアーを投げた 手作りのルアーだ 游ぎっぷりのよさに見とれていると 瑠璃色のカワセミが低空飛行でやってきた 近くの電信柱に止まって 私のルアーを狙っている カワセミが釣れたらどうしよう そう思いながらルアーを回収した もう一度投げると ルアーの着水音に驚いてカワセミは逃げていった 私はこのルアーに鱒がかかる ことを望んでいる それも、とびっきり大きな鱒が

      • 「大井川河口」

        大井川の流れが海と出会う場所 砂の色は甘く 波はたおやかに 風はおだやかに 秋には珍しい厚い雲 釣り人は青い海と空とに溶けてゆく 釣果を問うのはよそう この美しい風景の中にいる ただそれだけでいい

        • 「登山者は考える」

          登山者は はじめは登る意味を探していた だがそのうちに 登る意味なんてどうでもよくなっていた 山頂に導かれるように ただひたすらに登り続けた 山頂には誰もいなかった 山頂は花崗岩でできていた 太古に海が隆起してできたのだ こんな時 登山者は神の存在を感じる 同時に人間の愚かさに愕然とする 人間はいまだに戦争なんかをやっているのだ 神はこんな人間をどう思っているのだろうか 雲海の下に人々の暮らしが見えた

        「大切なもの」

          「湖で釣りをする」

          水は濁っていて生ぬるい おまけに風は強く 水面は波立っている これじゃあ釣れないだろうな と思いながら 大きな魚との出会いを求めて 何度もルアーを投げる ルアーが風を切る音だけがむなしく響く 眼をとじてリールを巻くと 自然と一体となったような気がする 日頃の憂いも去っていく 「釣れますか」 通りすがりの釣り人が声をかけてくる 「釣れませんね」 そう答えると 釣り人は安堵の表情を浮かべる 釣り人同士に共感が生まれる 季節はすっかり夏になり 蝉時雨が聞こえる 明日には ま

          「湖で釣りをする」

          「ウイルスとの闘い(三)」

          このウイルスが蔓延しはじめたころ、多くの人が亡くなった。 しかし、 感染した人間が直ぐに死んでしまってはウイルスも生き延びることができない。そこで弱毒化するらしい。その間にワクチンが開発されたり、集団免疫を獲得したりして、致死率は下がっていく。 だか、あまりにも多くの命が失われてしまった。過去のパンデミックの教訓がいかされなかったこと、国家間の連係がスムーズにいかなかったこと、政府の対応の悪さなど原因をあげたら枚挙にいとまがない。 しかし私は、犬死にした人間は一

          「ウイルスとの闘い(三)」

          「ウイルスとの闘い(二)」

          解熱剤の効果があったのか、翌日には38.8度に、その翌日には、平熱にもどっていた。 久しぶりにリビングで妻と顔を合わせた。 ずっと黙って寝ていたので、話しはじめたら止まらない。しかし、10分もするとひどく疲れてしまい、二人とも別々の部屋にもどっていった。後遺症で倦怠感が長く続くと聞いていたが、これかなと思った。 それからしばらくは、顔を洗っても、飯を食っても、体がどっと疲れてしまい、そのたびに部屋にこもって、しばらく休まなければならなかった。 それでも

          「ウイルスとの闘い(二)」

          「ウイルスとの闘い」

          高熱にやられ 節々は痛く 頭痛も激しかった 体がウイルスと闘っているのだ もうそれほど若くない彼は そんな自分の体が頼もしかった 胸の病気を患ったことのある妻が ウイルスに感染したとき 自分の命にかえてでも妻を救いたい 思った 彼は神に祈った 明確な宗教は持ってはいなかったが 彼は誰よりも深く神を信じていた だから祈ったところで、彼女の運命が かわるとは思っていなかった しかし、祈らざるをえなかったのである 看病のかいもあって妻が快方に向かって いるところに、こんどは彼

          「ウイルスとの闘い」

          「魚は釣れずとも」

          いくら竿を振っても当たりはこない 魚は遠くで跳ねている 腰まで湖につかった体は 晩秋の水の冷たさで震えが止まらない 顔を上げると冠雪した富士山が つるつるに光っている 滑落したら止まらないだろうなあ しばらく山を離れている私は そんなことを考える 魚は釣れずとも 山は美しく 紅葉は綺麗だ 釣れるはずがないと思いつつ 釣れたらいいなと期待しつつ 手作りのルアーを何度も投げる そんな私をバカにするように また魚が跳ねた

          「魚は釣れずとも」

          「魚を釣ること」

          命のやり取りをする覚悟のないまま 釣りにでかけた 思いがけず魚が釣れてしまった 殺すことができなかった 食うつもりなら 手段を選ぶ必要はない 遊びとして楽しむのなら 魚になるべく負担をかけない方が良い それも人間のエゴだとはわかっているが わたしは家に帰って 釣り針のかえしをヤスリで削った

          「魚を釣ること」

          「十五夜」

          十五夜を見逃すこと幾数年 あくせくと無為に過ごし 後悔のうちに齢を重ねる 杯を片手に軒を出て 雲の切れ間にかかげてみると 慰めようとするように 月が顔を出す 酔いがまわれば 憂いも消える

          「十五夜」

          「朝がくる」

          そして朝がくる 見上げれば青い空 雲がたなびく 冷たい風が肌を刺す 新たな一日のはじまり 昨日のことは過ぎたこと 遠い昔に置いてきた 胸につかえるしこりは 飲み込んでしまえ 二度と来ない 今日という日のために

          「朝がくる」

          「お金だけが人生じゃない」

          お金だけが人生じゃないよ うそぶいてはみたものの 所詮はお金の心配ばかり だったら真面目に考えてみればいいのに それもしない だからいつも他人に使われてばかり でも他人を使うのもめんどくさそうだ 宝くじでも当たらないかなあ 買いもしないで願ってる 一杯飲んで今日も寝よう 駄目人間も悪くない

          「お金だけが人生じゃない」

          「何となく今日も生きている」

          目が悪くなって 耳がとおくなって 人の名前が思い出せなくなって 言葉がなかなか出てこなくなって パソコンのキーボードを打つのが 遅くなって 何でもないところで躓くようになって 肩をぶつけるようになって 新しい仕事をすぐに覚えられなくなって 同じミスを何度も繰り返すようになって それは若い頃から変わらないと言われて 歳をとったからできなくなったのか 若い頃からできなかったのか わからなくなって それでも食っていくためには 仕事を辞めるわけにもいかなくって 悩むのも面倒になって

          「何となく今日も生きている」

          「真夜中の訪問者」

          雪山で独り テントの中で寒さに耐えながら シュラフにくるまって寝ていた 骨が凍るような寒さだった 真夜中に吹雪になった 強風でテントがバタバタと 大きな音をたてた 食べ物の臭いを嗅ぎ付けたのか 時折、何かの動物が テントに体を擦りつけてくる 熊だろうか、それとも狐だろうか 寒さと疲れで意識は朦朧としていた 大きな声を出したり、 手や足で内側からテントを叩いて威嚇して、 どうにか追い払おうとしたが、 効果はなかった 動物たちとの戦いは一晩中続いた 寒さと恐怖でほとんど

          「真夜中の訪問者」

          「雪山の友情」

          雪山に入る 前日に降った雪は深く 登頂を諦めた人が次々と 引き返してくる 樹林帯を抜け 稜線に出てから先は 進めないという 行ってみると そこから先に足跡はない 振り返ると 雪をかぶった灰色の山々が 遠くまでつらなっている 山頂はもうすぐ 手の届くところにある 腰まである 深くて柔らかい雪に膝をつき 四つんばいになって 膝で雪を踏み固めながら進んでいく 汗まみれになり 体力は限界に近づく これ以上は無理と諦めかけて 山頂を見上げると 逆光のなかに人影が見えた ロープ

          「雪山の友情」