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ホルモン小説「レバー捜査官」

「誰にも… 何も話してないのに… レバーを生で食べたことがバレたんだ…!」

ある日、男が焦った様子でやってきた。

「レバ刺しを食べたか、いきなり尋問されたんだ…!レバー捜査官に!」

数日前、この男は、とある行列のできる人気ホルモン店で牛レバ焼きを食べていた。そう、この店の牛レバ焼きは、超デカ切りブロックで、中まで焼くには少々時間のかかるブツだ。法律でレバーの生食が規制される前、この店には、見た目もサイズも変わらないものが「レバ刺し」として存在していた。それだけに昔からの常連客は、このレバ焼きに対して、あまり注意せずに接していた。その鮮度の良さから、うっかり生焼けの状態で、食べてしまうこともあった。あえて生焼けで食べていた者も、いたかもしれない。

日常に潜む、レバー捜査官

男が尋問を受けた「レバー捜査官」とは、献血ルームで献血をする前に行われる事前検査をする人のことだ。レバー捜査官、あえてそう呼びたい。そこで血液を採取して、何かを調べられている時、レバー捜査官が試験管を振りながら言った。

「あれぇ…? 最近、レバ刺し… それか、生肉食べたりしましたぁ…?」

お腹を下していたわけでもない。熱があったわけでもない。血圧も問題ない。ただ、測定された血液成分の何かが、生肉を食べたような変化を示していたらしい。でも、それの何が問題なのか?

肉や内臓を、生または生焼けで食べた人は、6カ月間、献血ができない

久しぶりに献血に行ったこの男には、衝撃の内容だった。日本赤十字社では、2018年3月に「E型肝炎ウイルスに対する安全対策」を発表し、E型肝炎ウイルス(HEV)に感染するリスクのあるブタ、イノシシ、シカの肉や内臓を生または生焼けで食べた人は、6カ月間、献血しないように厳しくチェックされるようになったのだ。

こうなった理由は、過去にシカの生肉を食べた献血者の輸血から、E型肝炎に感染した例があったからだ。献血の2カ月前にシカの生肉を食べた献血者が、E型肝炎の感染に気が付かないまま献血をしてしまい、その血液は、E型肝炎ウイルス(HEV)がある状態にもかかわらず、検査をすり抜け、血液製剤化され、使われてしまったのだ。そして、自分の気付かない所で、自分とは関わりのないの他人を感染させ、命の危険にさらしてしまったのだ。

豚レバーをはじめ、豚の肉や内臓を生で食べると、E型肝炎ウイルス(HEV)に感染するリスクがある

E型肝炎は、E型肝炎ウイルスに汚染された肉や水などの摂取で感染する。E型肝炎は劇症化することもあるが、症状がないまま治癒する場合が大多数のため、感染に気付かない人も少なくないらしい。

世の中には「裏レバ刺し」などと称し、自分が腹を壊す分には誰にも迷惑がかからないだろう、と、自己判断でレバーを生焼けにして食べようとする者がいる。しかし現実には、誰かに迷惑をかけるどころか、意図せずに、全く無関係の他人を感染させ、命の危険にさらしてしまうことだってあるのだ。大げさに言うと、これは無差別テロに近い行為だ。

そんな私も偉そうなことを言える立場ではない。うっかり生焼けのレバーを食べてしまうこともある。レバ刺し規制前の、その魅惑の味と食感を知っているだけに、誘惑に負けそうになることだってある。でも、ダメ!ゼッタイ!!

裏レバ刺しなど存在しない、それはただの妄想だ

とある焼肉店での出来事。

ここは、かつて色々な内臓部位が「刺し」で食べられていたこともあり、鮮度は抜群の有名店だ。それだけに、時々、訪れる客が「レバ刺し無いの?」と店員に聞いていることがある。「裏でもやってないの?」押しの強い客もいた。

店側はとにかく「焼き物ならあります」「よく焼いてください」を繰り返すのみ。当たり前だ。

最初に登場した男も、この店で「レバ刺しください」と言った一人だった。

そして、店員が言った。

「よく焼くやつ…?よく焼くやつならあります…。」

テーブルに運ばれるツヤツヤとおいしそうに輝く新鮮な牛レバ。一緒に注文した湯引きの子袋刺しや、牛ハツ刺しと並べると、もうどれが生食の皿か、わからない状態になった。でも生食が禁止されているレバーは「焼き」。あくまでも「よく焼くやつ」なのだ。

「よく焼いてくださいね…。えへへ…。」

店員は、少し悪そうに笑ってテーブルを離れる。「よく焼くやつ」とは隠語なのか…?そんな妄想さえしてしまいそうだ。

しかし、裏レバ刺し、闇レバ刺しなど存在しない。あってはならない。これは皆がレバ刺しを食べたい、というただの妄想なのだ。

自分で肉を焼くセルフクックの焼肉店では、生肉を受け取ってから先の調理は、客の自己責任だ。でもそれは、自分だけの問題ではないことを決して忘れてはいけない。

そして今日もどこかで、レバー捜査官は目を光らせている。

「あれぇ…? 最近、レバ刺し… 食べましたァ…?」

レバー捜査官の目は、そう簡単には誤魔化せない。

閲覧ありがとうございマルチョウ。これからもよろしくお願いシマチョウ!