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プリンスの追悼番組でよくわからねぇメロコアをオンエアしてしまった話〜AD本田のやらかし記録〜

「今日はみなさんに悲しいニュースをお伝えしなければいけません」

とあるラジオ局のスタジオからパーソナリティがニュースを伝えている。

「世界的アーティストのプリンスさんが亡くなりました」

外国人に「さん」をつけると少しこそばゆいのはなぜだろう。
あのプリンスが死んだ。レジェンドの死という出来事はその日のラジオ局を騒がしくさせるのに十分すぎるほどの衝撃だった。

「ここで、私が愛したプリンスの楽曲の中から一曲オンエアしたいと思います。」

パーソナリティが慣れた口調で曲フリをした。何万回と口にしたであろう定型文だが、今回のその言葉には微かに哀傷の意が込められているようにも聞こえた。

「聞いてください。プリンスで『KISS』」

ディレクターがCDの再生ボタンに手をかける。そしてそれに合わせるようにミキサーが音量フェーダーを上げた。阿吽の呼吸とでも言うべき熟練のコンビネーションである。ディレクターが再生ボタンを人差し指を力強く弾き、曲が再生された。


だがその直後、




ズッダンッ!ズッダンッ!ズッタンッ!!!
デデデッ!デデッデデデェ〜〜!!!!!!!!!



プリンスのブラックなグルーヴとは似ても似つかない、あまりにも軽薄なサウンドがスタジオ中に響き渡った。

デデ!!デデデデデデデェ〜〜〜〜〜〜!!!!

凍りつくスタジオ。プリンスが絶対にしないダウンピッキングで演奏された軽く疾走感のあるギターサウンドに、全員の耳が釘付けになった。

「放送事故」である。パーソナリティは曲紹介をしてしまっている。このタイミングで、プリンス以外の曲が流れるのは完全な異常事態だ。今流れだしたこの曲は、清々しいまでの疾走感を持ったこの曲は、明らかにプリンスの『KISS』ではなかった。じゃあ、この曲はなんだ?


「…もしかすると『KISS』が入ったプリンスのアルバムの別の曲かもしれない」

瞬時に誰もがそう思った。いや、そう思いたかった。それならば事態は幾分マシになるからである。だが、そんな淡い期待は、馬鹿みたいに連打されるツーバスと、激エモなボーカルのシャウトによってかき消された。




「これはプリンスの『KISS』じゃない。『よくわからないメロコアバンドの曲』だ」

スタジオにいる全員が苦しい真実に辿り着いた時、曲はすでにBメロにまで差し掛かっていた。プロデューサー、放送作家、ミキサー、スタジオにいる全員が硬直し、ディレクターをただ呆然と見つめている。ディレクターは青ざめた顔でCDケースを手に取り何かを確認していた。

ところがその中の一人、たった一人の男だけが、全てを察した顔で硬直していた。その硬直は「驚きの硬直」ではなく、"この後自らに降りかかる数多の罵倒、悲惨な処遇、果て無き叱責"を予見した「絶望の硬直」であった。

そう。その一人、その男こそが、今回の事件を起こした犯人であり、




僕であった。


「完っ全にやっちまった…」
必死になって言い訳を悩む僕に、青春の苦悩を歌うはずのメロコアバンドは何の救いも与えてくれなかった。


〜〜〜事件の6時間前〜〜〜


深夜3時30分。
数時間後に自分が大事件を起こすことなんて知らない僕は、眠そうな顔をしながらラジオ局へ到着した。アシスタントディレクター(=AD)はカスみたいな下っ端なので誰よりも早く局に入る。とにかくやることが死ぬほどあるのである。入館パスを探すためにコートのポケットに手を入れると、乗ってきたタクシーの領収書が入っていた。「3150円」。この時間に局に到着するために僕が毎週自腹で払っている金額だ。

領収書を眺めていると、向こうから勝手に扉が開いた。

「あれ本田くん、まだ仕事辞めてなかったんだ」

ADの先輩のカワノさんだ。彼とは毎週この時間に少し話をする。彼は別の番組終わり、僕はこれから番組の準備だ。

「来週には飛んでると思います」
「それ言うヤツはまだ大丈夫なんだよ(笑)」

カワノさんとはもう1年ぐらい同じ会話をしている。彼が全く同じ話を振って、僕が同じ言葉で返し、二人で笑う。あの時の僕たちには、新しい話題を探す気力は残されていなかった。

「じゃあお先ですー」

返却棚に番組でオンエアしたCD達を返し、カワノさんは足早に帰っていった。「あの人はこれから寝られるんだ…」という羨望の気持ちは、彼の目の下にできた大きなクマを見るとどこかに消えていた。


僕の仕事が始まった。

この後の僕の行動は後に様々な人からの取調べで何回も供述した内容なので詳細に覚えている。その時のことを話す度、誰もが「お前舐めてんの?」という顔で僕を見てきた。反省の念を込めてその一挙手一投足をここに記そうと思う。


つづく





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