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金針菜(キンシンサイ) ヌチグスイ*➉

生の金針菜を初めて口にしたのは、2年前の12月初旬の伊勢参りの晩ごはんだった。思わぬところで、メニューにあるのを発見した時、「これはもう食さずにいられようか!」の一点張りの心持になったのをはっきりと思い出す。

そもそも金針菜は、あまりメジャーではない食材かもしれない。が、わたくしの好物の一つなのだ。野に咲く黄色い百合の花の蕾。おしゃれに言うなら、エディブルフラワーなのだ。

金針菜をわたくしに教えてくれたのは、今は亡き義母さんである。いっしょに大分の磨崖仏を見にでかけた時、そこの土産物屋の棚に有名な干しシイタケと並んで売られていた、乾物の袋。「コレは何ですか?」と訊くと、義母さんは、「金針菜よ。百合の花。戻してキンピラにすると美味しいし、栄養あるよ。」と言ってひと袋買ってくれた。 

「貧血に良いから、今晩おかずにしようね。」と言ってその袋から取り出し、お湯で戻してお揚げと一緒に甘辛いキンピラを作って見せてくれた。

このように、わたくしは婚家の食生活と出会い、それまで目にしたり口にしたことのないものを調理したり食べることになった。元々好き嫌いもそれほど無かったこともあり、わたくしの食生活の幅は拡がり、食に関する楽しみが増えた。実母からとは全く違う食べごとをいろいろと教わった。それは料理学校とかの習い事とは違う、ある家庭の食文化を直接学ばせてもらえるありがたい経験だった。婚姻を通じての異文化交流で、新しい知識を得ることができたのだと、義母さんを見送ってからつくづく感じ入るのである。

金針菜もその一つ。見たことも聞いたこともない食材だったけれど、義母さんが作ってくれた金針菜のキンピラは、最初からわたしくに頗る美味しい好印象を与えた。 

しかも、その当時悩まされていた、貧血に大変良く効く薬膳食材でもあったのだ。乾物のレシピは、ここにあるのがオススメである。↓

本当に素晴らしいスーパー薬膳食材である。これが手に入る場所として、わたくしに中華街の食材店を教えてくれたのは、料理上手でエスニックに詳しい友人だった。金針菜以外にも健康茶などいろんな珍しく健康に良さそうなものがギッシリと並ぶ楽しいお店である。

こうやって信頼できる人から口コミで伝わる情報は、どんどん豊かで楽しい食生活への道に進むための通行証のようなものである。このようにして、ずうっと昔から人々は食べることの情報交換してきたのだろうと、また思う。昔の方がサバイバル要素もかなり大きいだろうから、本当に貴重で大事な命に係わる情報伝達だったに違いない。

グルメや料理上手の人には、その本人に為になる食生活の知恵を授けた人が多くいるのではないだろうか、とわたくしは想像する。口にするモノ、その安全な調理法という情報は、お互いが信じあってこそのやり取りが成立する。そうして、美味しいものを入手し、調理の方法を教え合い、共に食べる。その経験を通じて味覚が鍛えられ、料理のセンスが磨かれる。

わたくしにも、祖母や実母、友人ら、義母さんと、これまでにたくさんの食情報を教えてくれた人たちがいる。料理本や、テレビのクッキング番組、今ではネットを通じて、世界中からレシピから動画まで食べることについての情報を得られるけれど、やはり、食べる、料理することは、リアルな人づての体験が一等値打ちがあり、身に着くし、ありがたいと、思う。

今は会えなくなった、亡き祖母や義母さんとの、いっしょに料理をしたときの会話や、食べ物の匂い、その時の気温、食材を切ったときの感触、盛り付けるときのお皿などなど。付帯する記憶が次々と立ち上がるのは、食べることが生きることに直結する、一番大事な行為だからか。そうだ、義母さんはよく「食べることが一番大事」と話していた。大事なことを共有する、それが回数多くあるほどつながりは深く、確かになっていくのかもしれない。

さて、最初に戻って、生の金針菜について。レシピや調達の方法などもまとめられている記事を見つけた。↓

https://macaro-ni.jp/66098

特別に、生の金針菜は、友人とのイヤシロチ巡りに付随した、幸運の思い出としてわたくしの脳裡に大切にしまわれている。

店主の女性が丁寧に焼いて供してくれた、串刺しの生の金針菜。ふわっと香り、歯ごたえもキュッとしていた、緑の蕾。その後お目にかかることが全くなくて、一期一会だったけれど、乾物ではない百合の花を食べられた貴重で思い出深い滋味あふれる夕食。

その日参拝した、伊雑宮の神々しい佇まいや、その社外摂社である佐美長神社のしんとした荘厳さも連なって蘇ってくる。

イヤシロチ巡りでは、参拝後にその地の珍しい食材や料理に出会う嬉しいオプショナルの直会がよく起こる。嵐の過ぎ去った翌日に訪れることになった、伊勢の地で、心身によい栄養豊かな食に出会えた夕食の思い出。本来の旬の季節からは随分遅い、いわゆる「なごり」の金針菜に出会えたことを知ると、改めてご褒美感が増す。

金針菜をわたくしに教えてくれた義母さんのおかげで、生の金針菜を友人と楽しめる幸福なひとときが与えられた。

金針菜という薬膳食材がわたくしに幸せを数珠つなぎにもたらしてくれる。そのことに、わたくしはまた喜びを反芻するのである。

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