見出し画像

梨 ヌチグスイ*⑦

梨が「ありの実」と呼ばれると知ったのは、結婚してからだった。当時安全な食べ物をグルーブで求める共同購入の会に誘われて、其処で買った鳥取の梨をみんなで取り分けている時に聞いたのだった。

梨ナシの語源は、複数の説があって、どれも決定打ではないらしい。

①果肉が白いことから「なかしろ(中白)」略して「ナシ」になった

② 梨は風があると実らないことから「かぜなし(風無し)」から。

③ 果実の中心が酸っぱいことから「なす(中酸)」が転じたとする説。

そして、漢字は、「利」は「鋭い、よく切れる」ことを表し、「木」と組み合わせて「木の上によく切れる実がなる植物」として果物の「ナシ」を表現するとか。なるほど、包丁でカットするのも、皮をむくのも、果肉のしっかりしたリンゴに比べると随分と楽だ。

梨の皮むきと言えば、祖父母の家にみんなが集まっておしゃべりするうちに、おやつタイムが始まると、拡げた新聞紙の上で大人が果汁をポタポタ落としながら切り分けてくれるシーンが思い出される。その手元を、早く早くと気をせいて見つめて待った、小学生のわたくしがいた。そうして連動するように、夏はもう終わるよと虫の音が報せる、田舎の晩夏の夜の暗さも蘇ってくる。いっとう好きな秋が来るという嬉しさと梨の味が、わたくしの中で幸せにつながっている。

そのせいか、年中スーパーに並んでいるリンゴとは対照的に、梨はやはり季節の巡りをハッキリとわたくしに伝えてくれる、ヌチグスイである。通り抜ける風の中に秋の気配を感じるようになると、瑞々しく、スッキリとした甘さを伴ったシャリシャリした舌触りの梨が、恋しくなる。

さて、限られた季節にしか口にできない果実なので、できるだけおいしいものを選びたい。ここに大変参考になるチェックポイントのまとめがあった。

 https://weathernews.jp/s/topics/202109/030105/

そして、「なし」の忌み言葉としての「ありの実」呼びだけれど、その名を無い方がいいものに逆手に取った活用をすることもあったとか。その例として、盗難よけに家の建材にナシを用いて盗られるものは「家の中に無し」、鬼門の方角にナシを植えて「鬼門無し」などと、名前や言葉が持つ魔除けのお呪いの力への古人の信念も感じられる、果物だ。

平安時代から栽培されていたという深い歴史が、呼び名にまつわるよもやま話を豊かにするのだろう。今の日本の各地に梨のゆるきゃらが存在するのもそのせいかもしれない。

画像1

勝手につけられた名前のせいで、縁起が悪いと呼ばれるのは、梨にとって理不尽な気もする。実際に、梨の実にはその美味しさだけではなく、優れた栄養も「アル」のだ。その意味でも大変「有」用な食物だと、有名産地の鳥取の記事からその根拠を見つけることができる。まさに、体調が不安定になりがちな季節の移り変わりの時期に、ピッタリの旬の果物である。

https://iro-tori.com/content/205

この季節限定の栄養をたっぷりと活用したいとなれば、生食以外にも様々な食べ方を工夫したい。おかずとしての梨のレシピに、チャレンジするのも楽しいかもしれない。

https://macaro-ni.jp/17463

ところで、日本では梨の園と書く梨園は、歌舞伎界のことを指す。その由来は、唐の玄宗が作った、音楽家などのアーティストを支援する施設が梨の木に囲まれていた故事からという。

清少納言も枕草子で言及した、白居易が長恨歌の一節で玄宗の寵愛を受けた絶世の美女・楊貴妃を「玉容寂寞として涙闌干、梨花一枝春雨を帯ぶ(玉のような美しい顔は寂しげで、涙がぽろぽろとこぼれる。梨の花が一枝、春の雨に濡れたような風情である)」と讃える名句。此処にも梨の花が登場する。

玄宗皇帝への思慕の情に嘆く様を、雨の滴をのせた梨の花に喩えられた楊貴妃の詩句を、歌舞伎界の至宝である坂東玉三郎さんが創作舞踊として表現されるのも、梨のおかげなのかもしれない。

https://www.youtube.com/watch?v=LMW8E-5Ugso

梨の花言葉は「情愛、慰め、癒やし」。春に咲く花は情愛のように純白のたおやかな美しさをあらわし、梨の実は、夏の疲れを涼やかに癒やす、これぞ人を慰める果樹である。欲張りすぎて身体を冷やすことのないよう念頭し、おいしく健康に味わいたい、と思う。

画像2


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?