研究者もなんとかしたい、つらい慢性疼痛
いつも体がだるく、あちこちが痛い、でも原因はわからない…。機能性身体症候群で悩む患者さんが多くいます。
効果的な治療法が確立されない中、原因を突き止め、患者さんを痛みから開放したいという研究者の挑戦は続いています。
機能性身体症候群の痛みの研究に長年取り組み、最近、原因究明への大きな一歩となる研究成果を発表した木山博資さん(医学系研究科 教授)にお話を伺いました。
── 機能性身体症候群はどんな病気ですか?
機能性身体症候群は、臓器そのものに異常がないのに、強い疲労感や体の痛みがあり、睡眠障害も伴う一群の病気です。これに分類される病気は実はたくさんあります。例えば、「過敏性結腸炎」という結腸が炎症して頻繁に下痢を起こす病気ですね。トラウマ後に発症する「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」や、少し前まで慢性疲労症候群と呼ばれていた「筋痛性脳脊髄炎」も含まれます。新型コロナウイルス感染後に痛みや疲労感が続く、いわゆる「ポストコロナ症候群」も症状がよく似ています。臓器に異常がないので、さまざまな検査をしても原因がわからないんです。
── 原因がわからないということは、診断が難しそうです。
診断には半年くらいかかることが多いですね。圧痛点といって、触ったり押したりすると痛くなる箇所の数などを基準に診断していきますが、特に難しいのが「他の病気の可能性を除外していくこと」なんです。患者さんは病院へ行ってもなかなか診断してもらえないものだから、例えば職場内で怠けているように思われる…といったトラブルも起こりやすい疾患です。
── 今回、木山さんは「繊維筋痛症」に着目されました。
はい、これも機能性身体症候群の一つで、背中、肩、腰など、体中のあちこちの強い痛みが特徴です。痛みで眠れず、うつ症状や疲労感が出てくる病気です。血液検査も、組織の炎症の度合いも正常なのに、全く原因がわからない疾患なんです。ところが罹患してる人は国内に200万人といわれていて、結構多いんですね。
── 繊維筋痛症の痛みとは?
針が指すような激しい痛みです。帯状疱疹になったことがある人はイメージしやすいかもしれません。神経が障害を受けることで起こる痛みです。
── ヒリヒリチクチクして、夜も眠れないと言われる痛みですね…。これまでの研究で、繊維筋痛症の痛みの原因やメカニズムはどこまでわかっているのですか?
痛みの原因は、痛みを感じる場所ではなく、脳や脊髄の中にあることがわかってきています。でも人の場合は、脳のどこに原因があるのか、詳しいことはわかっていません。
── 今回の研究では、何が新しくわかったのですか?
固有感覚が必要以上に緊張してしまうことで、痛みが起こっていたんです。
── 固有感覚…ですか?
感覚にはさまざまな種類があるんですが、触覚や温度感覚などは「体性感覚」といいます。固有感覚は体性感覚の仲間です。でも、触覚や温度感覚とは全然違う感覚で、筋肉の伸びや腱の引っ張りを脳に伝えます。目をつむっていても自分の姿勢や手足の動きを想像できるのは、固有感覚のおかげなんですよ。
── 固有感覚が緊張しすぎるとどうして痛みが起こるのですか?
固有感覚が緊張し続けると、「神経に何らかの障害が起こっている」という情報として、脳の脊髄に送られてきます。すると、脊髄にいるミクログリアという監視役が反応して、炎症性の物質を出すんです。それが痛みにつながっていました。
── これを、マウスで実験されたんですね。
線維筋痛症のモデルマウスを使いました。モデルと言うからには、この病気の症状(痛み、疲労感、うつ状態、不安行動など)が現れているマウスです。このマウスの脳内では、固有感覚の緊張を伝える神経が活発に活動し、ミクログリアが活性化されていました。
実は、これと同じ結果が、筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)のモデルラットでも出てきているんです。もしかしたら機能性身体症候群に共通する痛みは、固有感覚が誘導している可能性が出てきました。
── これまで言われてこなかった新しい可能性ですか?
はい、このように考える研究者はまだほとんどいないと思います。もしこれが本当に共通の原因だとすれば、将来、非常に広い範囲の患者さんたちに治療法を提供できることになります。
── その可能性を検証するには、今後何が必要ですか?
今回はマウスの結果なので、人で見ていく必要がありますね。まず、脳機能を調べるPET*検査で、脳のどこに活性型のミクログリアがいるかを調べるのが一つ。固有感覚のテストや筋電図などのデータを集める必要もあります。
*PET:Positron Emission Tomography(陽電子放出断層撮影)
── 可能性が実証された場合、治療にどのように活かせるでしょうか?
一つは筋の過緊張を止めてあげることです。ミクログリアの過活動を抑えるような薬も考えられますね。筋痛性脳脊髄炎モデルラットでミクログリアを標的にするミノサイクリンという抗生剤を投与したんですが、痛みを取ることができました。今回の線維筋痛症モデルマウスには、ミクログリアの増殖を抑制しミクログリアを減らす薬剤を用いましたが、同じようにマウスの疼痛は減少しました。
── 人に対してもミクログリアを標的にしたお薬はありますか?
はい、筋痛性脳脊髄炎モデルラットで投与したミノサイクリンは人にも使われています。ただ、必ずしも効くわけではないようです。薬ではなく、マッサージや理学療法など、筋へのアプローチのほうが効果的かもしれません。
── 線維筋痛症を含む機能性身体症候群の患者さんは、名大付属病院では何科を受診しますか?
「総合診療内科」で対応しています。ここには筋痛性脳脊髄炎の専門医もいます。でも、患者さんは何科に行っていいか迷われるようです。リウマチを診療する整形外科や精神科など、他のいろいろな科にかかって、最終的に総合診療内科たどり着く方が多いですね。学会や市民講座などを通じて、患者さんへの情報発信も積極的に取り組んでいます。
── 木山さん達の思いや成果が患者さんに届き、痛みをコントロールできる日が来ることを願います。お話をありがとうございました。
インタビュー・文:丸山恵
◯関連リンク
プレスリリース(2023/1/25 )「線維筋痛症における慢性疼痛発症メカニズムの解明~固有感覚異常による疼痛誘導とミクログリアによる疼痛記憶~」
論文(2024/1/18 国際科学誌「Journal of Neuroinflammation」にオンライン掲載)
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