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小説 美しき教え 第3章


この作品は、「小説家になろう」にも掲載中です。

プロへの階段


前回までのあらすじ

競争率も高く、一回で合格することがとても難しい客室乗務員の試験に一発合格した美織。

厳しいと言われる訓練も、華麗に切り抜けるだろうと思っていたら、予想外の出来事の連続。

乗り越えるには、同期の存在が必須だと感じている中、いよいよ訓練の山場が来た。

*******

CAになったら誰もが、あのカートを押して
「お食事でございます」などと言って、にこやかにお客様にミールやドリンクサービスをすることに、憧れているが、それにも置き方、ドリンクの注ぎ方、分量など、とても細かいところまで注意を受ける。

「お客様の期待を裏切ることはできません。
お客様は飛行機の中で暇な時、何をしていると思いますか。
私たち客室乗務員を見ているんですよ」
と言われた時には、「確かに」と思い、美織は一つ一つの所作にも注意をするようになった。

さらに、少し雑な美織は、立ち方、お辞儀の仕方、物の渡し方まで注意をされる。

「足を開いて立ってはいけません」

「指は揃えて」

など、本当に細かい。

あんなにあっさり一回の受験で合格できたんだから、きっと自分はCAに向いていると思っていたのに、こんなにたくさん注意をされて、こんなにたくさん怒られるなんて、全然向いてないじゃん、私、と何度思ったかわからない。


本当にひどく落ち込んだ時は、なんで面接官は私を合格させたんだろう、と考えたこともある。
そんな時は、当然自信をなくしていて、
「向いてないなら辞めて福岡の実家に帰ろうかな」と思ったことも、何度もある。

でも、やっぱり辞めたくないからなのか、自分に都合の良いように考えて復活した。

それは、「私がCAに向いているかどうかは、自分ではわからない。
でも、プロである面接官が認めて
合格した訳だから、どっか向いているところがあるはず。
君ならできるでしょ、と言われたのだ」と。


そうして立ち直りながら、座学訓練の集大成、OJT、(On the jpb training,実際の飛行機に乗っての訓練)、本物のお客様の前に出る前の大きな試験に、仲良し同期5人全員無事合格した。


ただ、同期の中で2名だけこの試験に
合格することができなかった人が出た。

彼女たちは、契約通りこの日の夕方で契約が終了し、制服を返却し解雇された。
今では時代が変わり、解雇されることはなく、
「リチェック」ということで、訓練を延長して受け、再度見極めを受けることになるようだ。


だが当時のこの厳しい現実に、教官も同期はみんな泣いていたし、
美織も同期を可哀想に思ったが、明日のOJTスケジュールが発表され、
フライトが決まっている今、自分のことで頭がいっぱいで、
正直自分のことしか考えられなかった。

OJT

OJTは、美織の今までの努力が吹き飛ぶくらい、肉体的、精神的にハードだった。


早朝便での訓練が多いので、朝2時おきで、3時に家を出て出勤する。
同期と一緒に会社が手配してくれたタクシーに乗っていくが、誰も車内で言葉を発しない。

緊張と、暗記事項の確認で頭がいっぱいなのだ。

真っ暗な外の景色を時折眺めながら、あんなに好きだった空港が
近づくにつれて、胃がキリキリする。


「今日も頑張ろうね」

「うん」

みんな同じ気持ちなのだ。

とタクシーを降りて、みんなでロッカールームに向かう。

それでも、不器用な美織は、仕事が遅いし、雑だし、一点に集中してしまって、先輩やお客様の動きに気づかない。

「ああ、また今日も仕事ができなかった」
と毎日思う。

先輩方からたくさんのアドバイスをもらうが、気持ちはどんどん落ちていく。


一人暮らしの自宅に戻り、ご飯を食べてから復習。
何も考えずただただ毎日やることをこなしていく。
同期とも、それぞれフライトが違うのでなかなかお茶をして帰る機会もなくなっている。
どんどん追い詰められているのがわかる。


第3章おわり

第4章につづく

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