アスとタイラの岩戸開き 1
お菓子工場で働くアスは、40歳。
もうベテランの年齢なのに、新入社員のような仕事しかしていない。
アスは、ASD(自閉スペクトラム症)で人とのコミュニケーションが苦手。
その特性のために、いつも苦労して、そして、まわりに迷惑をかけていた。
今の工場に入って半年。
アスは、今日もミスをして叱られる。
先輩のタイラは、真剣な顔をして注意する。
「アスさん、俺よりずっと年上なのに、これは無いですよ。10歳も年下にこんなに言われて恥ずかしくないんですか」
アスは「はい」と返事はするが、どこかうわの空。
鋭いタイラは、話を聞いていないと見抜いて、さらに、強く注意する。
「なんでこんなことしたんですか? なぜ? 教えたばかりなのに」
アスは、説明できない。
目はうつろで、口は回らず、小動物のように小刻みにおかしな動きをする。
悩むアスは、神様と人生相談をしていた。
神様は言う。
「人の話を心で素直に感じてください。頭でっかちにならないで。そして、心から出た言葉を伝えてください」
神様は、コミュニケーションの上達を目指して頑張りましょうと言ってくれた。
人生相談と工場での仕事が同じ時期にはじまった。
この時から、アスの人生は回りはじめる。
アスは前へ進もうとした。
でも、また、仕事でミスをする。
チョコレートを床にこぼしてしまった。
とろける茶色の油と砂糖とカカオマスが床を無情に汚す。
アスは一生懸命、掃除する。
モップで何度も何度も床をふく。
もう時間がない。
次の仕事に間に合わない。
その時、仕事の手を止めて、タイラが掃除を手伝ってくれた。
「アスさん、しっかりしてくださいよ」
時間が無いのに、無言で掃除をしてくれた。
アスはタイラに感謝した。
心から伝えようと思った。
「あ、ありがとうございました」
タイラは、胸に響くものを何も感じなかった。
……言葉だけで、心が動いてないな。
タイラは、アスを変えたいと思った。
心が動かないアスをまともにしてやりたいと思った。
なぜだろう?
アスは一生懸命だった。
手も足も汚くなりながら、一生懸命、仕事をしていた。
目は必死で生命力を使い尽くすような勢いだった。
タイラは思う。
……こいつ、不器用なんだよな。でも、やる気だけはあるみたいだ。
タイラは、いくら教えても仕事ができるようにならないアスにうんざりしていた。
……こんな奴、見捨てればいい。
そう思うとき、アスの笑顔を見る。
40歳のおっさんなのに、子供のような顔で笑う。
「タイラさんのこと、好きです」
……おっさんから好きだと言われるんだよ。
アスの子供のように輝く目は、荒んだタイラの心にしみるのだった。
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