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【ショートショート】湯田ちゃん、推しを売る (2,638文字)

 湯田ちゃんの推しが炎上した。未成年淫行の疑いがあるらしい。その証拠写真として、顔にモザイクが入っているけれど、わたしたちぐらいの女の子とキスをしている写真が週刊誌に掲載された。

 これはショックだろうなぁ。自分の推しがこうなってしまったらと想像し、湯田ちゃんに同情した。

 でも、今朝、投稿してみると意外にも湯田ちゃんは平気な様子。いつもだったら、こっちが聞いてなくても一方的に推しの話ばかりしてくるというのに、珍しく数学の宿題について教えてほしいとか言っている。

 もしや、悲し過ぎて、真面目になってしまったのだろうか。触れていいのか不安だったが、湯田ちゃんの推しはネットで公開処刑の大騒ぎだし、スルーするのも気持ちが悪く、昼休み、ついにわたしから切り出してしまった。

「なんか大変だね」

「ん? なにが?」

「いや、推しのことだよ。どこまで本当かわからないけど、エグいよね」

「ああ。あれね」

 拍子抜けするほど平然としていた。週末のライブはもちろん、平日の配信も欠かさずチェック。ファミレスのバイト代に加えて、親に無心したお金もすべて推しに捧げ尽くし、トップオタを自認している湯田ちゃんなのに、どう考えてもおかしかった。

 最初は本気で心配していたけれど、こうも大丈夫なフリをされると、逆に腹が立ってきた。そのため、つい、

「つらくないの? 推しがロリコンだったんだよ!」

 と、挑発するような言葉を発してしまった。

 それでも、湯田ちゃんの表情は変わらなかった。穏やかに微笑んでいた。いよいよ怖くなってきた。

 だけど、すぐに理由がわかった。

「実はね、あの写真、わたしなの」

「……どういうこと?」

 戸惑うわたしに湯田ちゃんはスマホを見せてきた。そこには例の写真のモザイクなしバージョンが映し出され、たしかに、湯田ちゃんの顔をしていた。

「うそ。つながってたの?」

「しーっ」

 湯田ちゃんは人差し指を唇の前に立てた。いかにも嬉しそうだった。

 たしかに、こんなこと、教室で話すような内容じゃなかった。わたしたちはお弁当もそこそこに廊下へ飛び出し、屋上に続く人がいない階段の踊り場に移動。ヒソヒソと会話を続けた。

「で、推しとはどういう関係なわけ。付き合ってるの?」

「うーん。付き合っているというか、ビジネスパートナーみたいな感じだったんだよね」

 そして、湯田ちゃんは推しからDMが送られてきて、事務所に秘密のオフ会を企画してほしいと頼まれたこと。イベントの幹事を引き受け、熱心なファン12人にこっそり声をかけたこと。会場と日程を調整し、推しの私物をオークション形式で売る企画を発案。見事、大成功に導き、経理担当として、売上をそのまま推しに渡したことなど、誇らしげに語った。

「で、そのとき、推しがお礼になんでも言うことを聞いてくれるって言ったから、キスしてほしいとお願いしたの」

「え。じゃあ、キスしただけってこと?」

「そうだよ」

「みんな、もっと凄いことしていると思っているよ」

「まあ、解釈は自由だからね。でも、あいつはヤッてるよ。絶対。わたし以外の女とは。それが許せなくて、この写真を売ることにしたんだもん」

「待って。どういうこと?」

「週刊誌にね、推しがしていることを話したの。ただ、情報だけでは記事にできないって。仕方ないから、あの写真を提供したの」

 気づけば、湯田ちゃんは醜い顔で微笑んでいた。

「てか、この写真は誰が撮ったわけ?」

「わたし。隠しカメラを仕込んでたんだ」

「なんのために?」

「思い出を残しておきたくて。まさか、こんな風に役立つとはね」

「……推しのこと、好きだったんじゃないの?」

「うん。好きだよ。推しだけを愛している。なのに、推しは他の子たちにも優しくて、同じようには愛してくれない。そのことが我慢できなくなっちゃった。だって、おかしいでしょ。お金がほしい推しのために、1円でも多く稼ごうと頑張ったのはわたしなんだよ。特別扱い、しなきゃダメでしょ」

 早口でまくし立てられたとき、返す言葉が見つからなかった。もし、授業の始まりを知らせるチャイムが鳴らず、教室に戻るきっかけを得られなかったら、どうなっていただろう。

「ごめん、行くね」

 その日の夜、湯田ちゃんの推しは謝罪配信を行った。興味本位でアーカイブスを見たところ、給与明細を公開し、いかに自分が事務所から搾取されているか告発した上、生活のために秘密のオフ会を企画したのだと赤裸々に説明していた。ただ、キスをしてしまったことは事実なので、あらゆる批判は甘んじて受け入れるつもりと言っていた。

 毅然とした態度にネットの反応が少し変わった。過激なサービスをしなきゃいけないアイドルの労働環境に注目が集まり、批判の矛先は事務所に向かった。

 三日後、事務所はマネージメント体制の変更を余儀なくされた。テレビのコメンテーターなどはそのきっかけを作った男性アイドルをヒーローのように扱った。

 湯田ちゃんの推しは一回死んだはずなのに、奇跡的な復活を遂げたのである。

 そんな彼を応援するため、秘密のオフ会に参加した女の子たちが結託し、世間から叩かれる覚悟でなにがあったのか、一部始終をSNSで発信し始めた。そのつぶやきは瞬く間に拡散され、割合、大衆の支持を集めた。

 気づけば、オフ会の幹事が売上を盾に推しを脅迫し、無理やりキスを求めたという話が真実として広まっていた。しかも、その様子を自ら盗み撮り、週刊誌に売ったとして、裏切り者扱いされてしまった。

 SNSの情報などから個人が特定。学校に迷惑系YouTuberなどが押し寄せた翌日、湯田ちゃんは自ら命を絶った。

 首を吊ったとか、飛び降りたとか、いろいろな噂が立った。バカなやつだとみんな言っていた。ネット上でも、湯田ちゃんに対する誹謗中傷があふれかえった。

 これに対し、湯田ちゃんの推しは緊急生配信を行って、湯田ちゃんを攻撃しないように呼びかけた。彼女を攻撃できるほど、罪のないものがこの世にいるだろうか? どうしても誰かを責めたいのなら、僕を責めてくれ。すべての罪は自分が背負うと涙を流した。

 その態度は神と賞賛され、彼の人気はうなぎのぼり。まるで湯田ちゃんが裏切りで、湯田ちゃんの推しは究極のアイドルとして完成したかのようだった。

 はじめから、そういう物語として、すべては決まっていたのかもしれない。こうなってしまうと、あのとき、湯田ちゃんが他にどうすればよかったのか、わたしには全然わからない。

(了)




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