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【読書コラム】子ども向けの本だけど、仕事ってなんなのか、自己啓発本レベルの発見がある! すべての社会人、たぶん必読。きっと、おそらく。 - 『トレモスのパン屋』小倉明(作),石倉欣二(絵)

 小学生向けの読書会をやっている。以前、記したものと同じ活動で、ゆるーく続いている。

 毎回、読む本はわたしが選ぶ。楽しいと思って始めたものの、やってみるとなかなか大変。毎週、3作品を紹介すると決めてしまったので、候補作を求め、ひーひー本を探し回っている。

 最初は児童向けの本を適当に見繕って読ませていたのだけれど、そう甘いものではなくて、つまらないとか、長過ぎるとか、他の作品と関連性がないとか、忌憚なき意見が寄せられてしまった。以来、DJのように、子どもたちが盛り上がる本をチョイスしようと頑張っている。

 ただ、それによって、素晴らしいのにお蔵入りするケースがけっこう出てきた。性的に過激な表現が含まれているとか、参加してくれる子どもたちの年齢よりも幼い内容とか、最後まで読めば感動するけど集中力がもたないだろうなぁとか。

 わたしとしてはこれが悔しい。せっかく、いい本を見つけたと思ったというのに、結局、使えないだなんて。

 嗚呼……。

 悲しい…。

 この無念をどこかで成仏させたい……。

 なんとなく、そんなことを思っていたが、ふと、noteでやればいいじゃないかと思い至った。で、今回は『トレモスのパン屋』という児童書を取り上げる。

 第1回小川未明文学賞の優秀賞受賞作で、くもんの教材として使われることもあり、課題図書に設定されることも多い名作なので普通に有名かもしれない。(ちなみにわたしは最近まで知らなかった)

 そんな子どもが読むべき要素を兼ね備えた本を読書会で扱えなかったのは、与えられた時間内に読み切ることができない長さだから。ほんと、残念。

 スートリーはけっこうユニーク。

 トレモスという町にパン焼きコンクールで連続優勝している男がいる。彼の店は「トレモス1のパン焼き職人」の店として、いつだって大繁盛。ところが、ある日、その向かいに新しいパン屋がオープンする。

 みんなは興味本位で新しい店のパンを買いに行くけれど、すぐに「トレモス1のパン焼き職人」のパンが一番と戻ってくる。ただ、毎日の食パンを買いに来てくれていた三人の常連客は向こうに鞍替えしてしまう。

 もしかして、あっちのパンの方が美味しいのではないか?

 不安になった男は弟子に頼んで、向かいの店のパンを買ってきてもらう。そして、恐る恐る、一口食べてみたところ、涙がぽろぽろ流れ始める。

「うまい、じつにうまい。こんなうまいパンをたべたのははじめてだ。」

『トレモスのパン屋』36頁

 とどのつまり、お客さんの多くは味がいいから買ってくれていたのではなく、「トレモス1のパン焼き職人」というブランドに惹かれ、情報を食べるため、お金を払っていただけなのだ。
 
 さて、近々、今年のパン焼きコンクールが開催される。このままでは向かいの店に勝てないと男は悟り、商売の危機を感じる。

 負けて、「トレモス1のパン焼き職人」の看板がなくなってしまったら、お客さんはみんないなくなってしまう。売上は激減。これまでの生活は送れなくなる。

 家族もいるし、弟子もいるし、絶対に優勝しなくっちゃ。どうしたものか。悩んだ果てに、男はついついイリーガルな秘策を試みてしまう……。

 そして、最後には、社会人の心が激しく揺さぶられる結末が待っているのだが、未読の方はぜひぜひ本文でお確かめ頂きたい。

 簡単な言葉で、やさしく書かれている『トレモスのパン屋』はあくまで子ども向けの作品。だけど、決してその物語は単純じゃない。

 わたしたちはなんのために仕事をしているのか。自分はなぜお金をもらえているのか。昨日まで順調だったことが、突然、うまくいかなくなるのはなぜなのか。などなど。めちゃくちゃ考えさせられる。

 客観的に見れば、「トレモス1のパン焼き職人」という肩書きに固執する主人公も、味よりもブランドに群がる人々も、愚かだなぁって思えるけれど、主観的に自分がどうであるかと振り返れば、そうそうバカにはできないだろう。

 はじめて行くお店が食べログで星いくつか調べてしまったり、読みたいと思った本のAmazonレビューを見てしまったり、YouTubeで気になる動画を再生しながらコメント欄の反応をチェックしてしまったり、日々、わたしたちは他者の評価に踊らされている。

 もちろん、どれも不正なやり方で数字がコントロールされて得ると知っている。サクラが依頼主に都合のいい評価を行っているかもと知っている。本当のところ、信用ならないデータであると知っているのだ。

 にもかかわらず、どうして確かめずにはいられないのか。ひとえに、わたしたちはいつだって、失敗したくないと思っているからだろう。

 一人でなにかを決断したとき、その選択の失敗は自分の責任以外のなにものでもない。でも、他者の意見を参考にしたなら、そいつのせいと言い訳ができる。

 結局、精神的な保険をかけるためだけに、わたしたちは意味がないとわかっていながら、あらゆる評価を気にしてしまうのだ。ゆえに、評価が持つ影響力は増していき、いつしか意味を持ち出していく。こんな皮肉な話はないよ、マジで。

 じゃあ、「トレモス1のパン焼き職人」だった主人公はどうすればよかったのだろう。現状に甘んじることなく、常に、精進を続けなければいけなかったのは明らかだけど、実際問題、できるわけない。なにせ、幸か不幸か、主人公はコンクールに優勝し、有名になってしまったんだもの。

 古今東西、理由もなく有名になる人はいない。はじめは称賛されて然るべき凄さがあったはず。そこに価値を見出して、人々が集まり出したとき、その人は有名になるのである。

 だけど、一度、有名になってしまうと、有名だからという理由で人が集まってくる。いくつもの季節が流れ、その人の凄さは時代遅れになっていく。でも、有名なことを武器に変わらず人を集めようとする。

 本当は凄さをアップデートしなきゃいけないけれど、下手に失敗したら、凄くないと評価は逆さま。なにもかもが台無しに。そんなリスクとれるわけないので、有名であることを維持するために倫理観を失っていく。

 こうして、ブランドは静かに腐敗し、やがて取り返しのつかない失敗をしてしまう。

 要するに、すべての人はいつか必ず失敗するのだ。

 ならば、他者の評価を気にして、失敗を先送りすることにあまり意味はないのかも。むしろ、早々に失敗し、その経験を踏まえて立ち上がる方がいいっぽい。

 というか、この立ち上がっていく動きの中にこそ、人生があるのではなかろうか?

 幼少期、ジェットコースターって不思議な乗り物だなぁとわたしは思っていた。ドキドキしながら高いところに登って、直後、物凄いスピードで落ちていくのを繰り返す。側から見ていて、なにがしたいんだろうとまったく理解できなかった。

 でも、身長が伸び、制限をクリアできるようになったとき、母に誘われて実際に乗ってみたら、こんなに楽しいものがあるのか! と価値観は一変。大いにハマってしまった。

 登って、落ちる。

 登って、落ちる。

 自分自身の身体でこの無駄なループを経験し、喜びとは動きの中にあるみたいだと直観した。

 そう。止まっていても楽しくないのだ。なんなら、わたしたちはよりエキサイティングな失敗を求め、成功を望んでいたりして?! 笑

 もちろん、それは言い過ぎだけど、停滞を嫌がる気持ちはあるんじゃないかな。

 わたしの場合、20代の終わりに自分が仕事をこなすようになっていると気がついて、恐ろしい停滞を感じた。

 成長していないのに、これまでの実績でなんとなく、収入を得られている。たぶん、しばらくは続けていける。だいたい10年ぐらいは。でも、20年後は? 30年後は? どうしようもなくなっている未来が見えた。

 怖くなった。まわりの人たちとコミュニケーションがうまくとれなくなって、適応障害を発症していた。数ヶ月、休職した。

 で、思った。

 どうせ、いつか、どうしようもなくなってしまうんだったら、若いうちにどうしよもうなくなったしまえ! そして、コシノジュンコの「将来から見ると、今日が一番若い」という言葉が頭の中を駆け巡った。

 わたしは仕事を辞めていた。これからどうなっちゃうんだろうと心配だったが、おかげさまで、いろいろな人に助けられ、生活に足るだけのお金は稼げている。

 この出来事は自分の中でけっこうな失敗だった。取らぬ狸の皮算用だけど、あのまま働いていたら、貯金はどれだけ増えていたのか想像するとため息が漏れてしまう。

 でも、もし、仕事を辞めていなければ、たくさんの時間を奪われていた。少なくとも、子どもたちと読書会をする余裕なんてあるはずがなかった。そして、『トレモスのパン屋』みたいな素晴らしい本と出会うこともなかった。

 そう考えると、やっぱり、失敗した後の立ち直りの中に人生があるんだよ。だから、『トレモス1のパン焼き職人』じゃなくなってから、主人公の人生は再び動き出すに違いない。

 子ども向けの本だけど、個人的には自己啓発本レベルの発見があった。たぶん、すべての社会人が一回読むだけの価値はある。きっと、おそらく。




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