麻雀の、こんちくしょー!
彼女にフラれた。
オレは麻雀に負けた。
※
今日は結婚まで考えていた彼女の誕生日だと、コンビニのケーキの前で思い出した。
いや。
本当は今日日付が変わった瞬間、スマホで見ていたときからずっと頭の片隅に彼女がいた。
オレはまだ彼女を忘れられていない。
彼女はオレに「私、麻雀プロになるから」と別れを告げた。
ちなみにオレは麻雀なんて何も知らない。
なんだよ、麻雀って。
なんでオレが麻雀なんかに負けんだよ。
でもオレにも彼女を麻雀に取られる要素があったかもしれないと、この3年経つ間に気付いたことがあった。
オレは彼女が好きだと、結婚したいと考えてはいたが、そのことを彼女にちゃんと告げたことはなかった。
彼女を大切にしていると行動では示していたはずだが、言葉にすることは最後までしていなかった。
また別れの瞬間まで彼女が麻雀に情熱を注いでいることさえ、ほとんど知らなかった。
多分2人で話す中で何度も彼女から『麻雀』の単語を聞いていた気がする。
全く彼女を知ろうと、本当に話しを聞いていなかった。
オレはバカだ。
オレは彼女のことが大事だった。
それなのに肝心なこと全てを取りこぼしたんだと3年もの間考えては痛感した。
好きでもないチョコレートケーキを買い、いつもの道をトボトボと家へと帰った。
※
彼女は、キミは、同じ中学に通う同級生だった。
成人を迎え、地元の友達が飲み会をすると8月の夏の陽射しがジリジリ焼く暑さのなか、オレは久々にキミと再会した。
中学の頃は部活に入らず大人しい子たちと仲良くする彼女がうっすらと記憶にあるだけで、クラスメイトというだけで気にも止めてなかった。
男女入り乱れる軽い同窓会のような飲み会だった。
懐かしい話や今どこで何してる?ってたわいも無い話しが至るところで交わされていた。
オレはその中に、入りづらかった。
というのも、その頃オレといえば地元を離れ通っていた大学に馴染めず、そろそろ中退するかもしれない先行きの見えない状態だった。
話しかけられても困ったような顔をしてあいまいな返事をし、酒を飲むだけでこの場に浮いている気分を強く感じていた。
息がつまる。
どうせオレは何してもどうしようもないんだ。
少し酔いがまわり10人以上はいる顔触れを見始めたとき、その後彼女になるキミと目が合った。
キミも居心地のわるい顔をしていると、なぜか目を合わせた瞬間にそう直感した。
酒が入ったオレは変に大胆で(そのおかげでキミと仲良くなれたが)、5人も挟んだ右斜めにいるキミの隣に、水でべしょべしょに濡れたグラスを持って座りに行った。
「久しぶり!」と陽気に話しかけて、そこからはガバガバ酒飲んでキミにグイグイ絡んでた気がする。
本当に恥ずかしいことだが、記憶がない。
キミにしてみれば、大して印象も残ってないであろうただの同級生のオレから絡み酒なんてされて、最悪な再会だっただろうに。
でもなぜかキミはこのことをキッカケに、オレと仲良くしてくれて、そして付き合うまでになったのだから不思議な話だ。
キミとは酔った勢いで連絡先を交換していた。
飲み会の翌日は二日酔いと、SNSから友達への謝罪(もちろん一番の被害者のキミにも)と、親からの大学はどうするんだ?と圧力のある久々の実家で丸くなっていた。
ほんとオレは最悪だよ。
胃のムカムカが支配する身体と思考を引きずって、ベッドから這い出た午後2時。
通知がまた来た。
「昨日言ってたこと、本当に信じてもいいの?」
キミからだった。
どうもオレはキミに絡み酒をして、本当に最悪なのだがキミを口説いていたらしい。
謝罪した友達から昨日の記憶が無いと事情を聞き回ったら、「垢抜けたね」「かわいいね」「ワンピースよく似合ってるよ」「キレイだね」「良かったらオレと付き合ってよ」などと言い、キミを口説いていたらしい。
なんて薄情な。
しかも記憶がない。
最低だ。
記憶もなく謝罪していたオレに「いいよ気にしなくて」と返してくれたキミ。聖人かよ?
正直に言おう。
「ごめん、昨日のことはほとんど覚えてない 本当にごめん」
「覚えてないのはいいよ。私と付き合いたいのは本気?」
グッとキミからプレッシャーのあるメッセージに面食らった。
中学の頃の印象からこんなにグイグイくるイメージがなかったから。
いや印象すらそもそもないな。
どうしよう、と考えているオレを置いていくように、またキミからメッセージが届く。
「よかったら友達から始めない?」
キミは丸くなって止まるオレを振り回す。
帰省はそんなに長くいるつもりはない。
キミと連絡を取り合い、2日が経った。
二日酔いはすっかり治り、両親の小言がよく沁みる家の中からどうにかして逃げたいとグルグル考えていた。
あと2日すれば実家よりは気持ち落ち着ける一人暮らしのワンルームに帰れる。
そんなことをキミに愚痴るメッセージを送っていた。
「明日会えない?」
キミと初デートをすることになった。
デートはデートでも、友達から始めるオレたちはなんだかぎこちなかった。
当たり前だ。
酔っ払って絡んで口説いて、そしてお友達からお付き合いが始まったばかりなのである。
ぎこちないほうがおかしい。
会話は続かない。
少し話そうと入った喫茶店で対面に座るも、気まずい。
どうしたもんか。
「帰省してるって言ってたけど、いつまでこっちにはいるの?」
今日はあいさつと「うん」や「はい」くらいしか言ってなかったキミは、突然話しかけてくれた。びっくりしつつも答える。
「明日には帰るつもり。実家にいて居心地わるいし」
こちらを見ながら首をかしげるキミ。
「どうして?親御さんと仲わるいの?」
あー。どうしよ。どう答えよう。
「あー、えっと…」
下手なウソもつけず、今置かれているオレの現状を説明することにした。
「実は大学がうまくいってなくって。ゼミの先輩に注意したらゼミの全員、ゼミの教授にまで嫌われて居場所がなくなったんだ。
オレは悪いことしてないと思うんだけど、注意した先輩が変なウワサを流しまくっててオレだけ悪者にされちゃって。そんで大学中退しようとしてんだ。
今回の帰省で親にそれ言うと怒鳴られて話しあんまり聞いてくれなくって、どうしようもなくって。
どうしてイイのか分からない状態なんだよね」
首を振り相づちをしながら聞いてくれているキミ。
「大学に戻るのもかなり辛いし、あっちでやってるバイトの時間増やして大学辞めてもお金稼げるようにしていこうかなーとは思ってる」
うんうんと聞き終わったキミが話し始める。
「なんて注意したの?その悪いウワサ流した先輩に」
そこ、聞くの?
またもや予期せぬ質問にびっくりしながらキミに答える。
「ゼミでくっちゃべりながら自分は何もせず後輩にいろいろやらせて、さも自分がやったように偉そうにしてるのが我慢できなくなって注意した。
オレにもそうだけど、オレよりも気弱そうなゼミで一生懸命やってる奴に厳しく当たってたから。
1ヶ月は我慢したけど、やっぱ無理だった。
『あなたはなにもしてないのに偉そうですね。もっと先輩ならちゃんと行動で示したほうがいいんじゃないですか?』って」
そうなんだ、と小さく声を零してキミはオレの言ったことを考え込んでいた。
「その先輩はゼミの雰囲気を左右する人なの?」
またもや質問。
「そうだね。ゼミの教授はほとんど顔出さないし、教授に媚びるのだけ上手くって、ゼミでのさばってる奴かも」
なるほど、とこの少ないやり取りから何か掴んだような顔をキミはした。
「中退なんて、もったいないよ。その先輩と教授に謝ってゼミに居られるように頑張ったほうがいいと私は思うよ」
真っ直ぐな言葉と瞳がオレ射抜く。
「な、なんで!
なんでオレが謝らないといけないんだよ!」
大きな声を出してしまう。
まぁまぁとなだめられながら、オレはまた席に付く。
「正しいことをしたと思うよ。でもね?正しいだけだと今回みたいに損しちゃうでしょ?」
なんで、だって…
「真っ直ぐに正しいことでも、その場には合わなかったって今回分かったでしょ?
今度からは違う方法で試せる、それを学べたって考えてみない?」
言いたいことは分かる。
分かるけど、オレのイライラは解消されない。
だから許せない。
「オレはイヤだ」
「そうなると、これからずっとその先輩に適わなかったって引きずることにならない?
それなら今は謝って場を収めて、いつか何かのタイミングでその先輩をギャブンと言わせるように頑張るほうが私は好きだよ?」
うぅ、イライラに頭がいっぱいでキミの言うことに言い返せない。
「あのね、私来年その大学のある街に就職が決まったの。
だから大学、辞めてほしくないよ」
ダメ押しだった。
オレは心を決めた。
オレは感情を抑えに抑えてイヤミな先輩と大してゼミにも出ない教授に謝り、ゼミにいられることができた。
中退も阻止できて、キミとは正式に付き合い始めた。
マメな連絡や、秋冬と季節毎のデートをする遠距離恋愛でお互いの好みややり方や仲を深めていった。
そしてお互いの存在が定着してきた頃、キミが近くに越して来た。
オレはまだ学生だったからキミのタイミングに合わせてデートや会うことを増やしていった。
キミは新卒の社会人で新しい環境に合わせていくのに大変そうだった。
なるべくオレが負担にならないように連絡を敢えてしなかったり、会ってても会話をするよりゆっくりできるように配慮してたりした。
でもこの時キミの話をちゃんと聞いておけばよかった。
キミが社会人になり1年が経った。
キミはずっと忙しそうで学生の自分には何かできることはないと、連絡をこちらからすることも減った。
オレはオレで就活が終わりかけていて、それどころではなかったのかもしれない。
時々連絡や会って話すと、キミの話しをちゃんと聞いているようでぼんやりとキミの様子を見ていただけだった。
いつも隣りにいてくれて、話さなくてもなんだかそれだけで良いなんてオレは勝手に思っていた。そんな解釈をして、相性が良いと思っていた。
キミはそうではなかった。
だからオレはフラれたんだ。
※
お昼休憩の合間。
SNSでタイムラインをチェックする。
スーツ姿が板に着いてきた社会人2年目。
午後からの業務は午前よりは少しだけ楽だ。
あとひと分張り。
スルスルと親指で画面の情報を流していく。
すると、見知った名前に目が釘付けになる。
あの日オレを置いて麻雀へと情熱を注ぐと別れを告げたキミ、その人だった。
麻雀の何かの配信に出るらしい。
あの頃よりももっと、キレイになっているようだ。
オレはオレでキミのことをギャフンと言わせられるように、少し麻雀を勉強したり仕事もプライベートもカッコ良いオレになれるように頑張ってはいる。
成果は出てるか定かじゃないが。
まだ未練はありまくる。
この未練がすごく透明に消えて、キミの活躍を心から応援したい。
時々見なくてもいいのにキミのSNSアカウントを覗いてしまう。
麻雀プロは雀荘で働いていることや、雀荘でイベントをしていることがあるらしい。
ほんの少し、キミに会える雀荘に行こうかと考えたこともあった。
でもそれは違うとすぐにそんな考えを頭から振り払った。
オレはオレで生活を人生を進むべきだし、キミはキミでもっと麻雀のプロとして頑張って上り詰めて欲しい。
今日は週末。
一昨日飲みに誘ってくれた同期との仕事終わりの食事が楽しみだ。
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