鬼のかく乱

赤色がまだ苦手だ。

昔、私は平屋に住んでいた。その家の庭には早春には紅梅が咲いた。
おとぎ話の鬼のような赤だったと記憶する。
私たち家族は特殊な存在だったらしく、同居するその家の主から強い迫害を受けたらしい。
私はまだ幼く実害もなく、その人からは無い存在として扱われていたらしい。
ただ父や母は違った。そのひどい扱いの記憶はわずかだが私にもある。
酒くさく怒りに震える赤い顔、充血し飛び出るような瞳、怒号が飛ぶ口のなかには舌や粘膜の赤。
畏怖する存在には赤がつきまとう。
おとぎ話の鬼も赤く、私は赤を見てはよく泣いていた。

大人になっても鮮やかな赤は苦手だ。
何時ぞやケガしたところから溢れる血液は痛みも伴って恐怖が猛烈に襲い、卒倒した。
私が苦手とする赤は私自身にも含まれている。
その事実にケガが治るまで、自分自身を嫌悪する時間を過ごした。

久しぶりに紙で指を切り、憂うつになったある日。
私は夜夢を見た。

私は欧風のホテルにいるようだ。
ホテルの部屋にいく途中、私はか細い声が聞く。
声のする方へ部屋とは反対の方向へを足を進める。
カギのかかっていないのか、ドアが少し開いている部屋を見つける。
ゆっくりと緊張感を持って部屋に入る。声に近付いているが、どこからするのかまだよく分からない。
クローゼットを開けてみる。
すると小さな女の子がいた。
私は声をかける。
女の子はビクッとするばかりで、言葉は通じていないようだ。
震える度に長い髪がそよそよとする。
よくよく見ると女の子には額に黒い角があるようだ。
なんとか女の子に安心感を与えたい。私はポケットをまさぐると、入れた覚えのないストロベリー味のキャンディがあった。
私がおそるおそるそのキャンディを女の子へあげると、女の子はおずおずと受け取り口へと入れた。
コロコロとキャンディの甘みが口に広がる音がするたび、女の子の強ばりが溶けていくようだ。
これが私と女の子との歩み寄れた瞬間だった。

明くる日女の子と出会えた部屋にまた行きたいと思い、フロントに事情を話した。
すると不思議そうな顔をされるばかりで、客だろう女の子の正体さえ知らない顔をされた。
そもそも私が入り込んだ部屋さえそんなものはないときっぱりと言われる。
私はホテル内を歩き回ることを始めた。
だがあの部屋のドアにも、女の子にも出会うことはなかった。
季節は半袖の夏からストールを羽織る秋へと変わった。
私は長くこのホテルに滞在している。
探し回る間、ときどき不思議なことがあった。
あるときはエレベーターが電子表示はしているよに上手く開いてくれない。あるときはフロントで聞いたのに階へはたどり着けない。
私がボケたのかとも思ったが、そのときのアクシデントはそのときだけのものだった。
そもそも以前としてあの部屋へたどり着けない。
半袖の季節の頃出会った女の子は寒さをちゃんとしのいでいるのだろうか?

きっと大丈夫。きっとそうだ。
私は今日も探す。
今日はなんだか気分が良い。良いことがありそうだ。
この階に着いた瞬間、来たことがあると既視感が私を襲った。
あぁ、やっと見つけた。
私はたどり着いた。
まわりとは明らかに違うドアからは光りが射している。この部屋をノックする。
開いたドアからあの女の子が出てきた。
私はついに見つけられた。
私たちはお互いをぎゅっと隙間なく抱きしめ合う。
女の子がまとう赤いストールはなんだか暖かい気持ちを上乗せしてくれた。

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