朝は来ず最前の信頼は脆く冷然とする

騒がしさに目が覚めるとオレは俺を見下ろしながら直立不動で立っていた。
ベッドからぴくりとも動かない俺の周りにはスーツでイカつい顔のおっさんたちが取り囲み、紺の作業着のやつらは人様の家にも関わらず失礼なほどガサガサベタベタ所構わず手当たり次第に触り、色んな輩が忙しなく出たり入ったりひしめき合っている。まるで虫だな。不愉快が表れているであろう睨みを効かせても見向きも邪険にもされはしない。オレを透過して足元に屈み今日も見事に乱雑になってしまった使い古して見慣れたベッドの周りを観察するおっさんが一人。虫の中でも一番くたびれスーツの背中。どうもコイツが親玉らしい。指示を飛ばす。また誰かが入って来た。
あっ…、弟だ。
目元を真っ赤に泣き腫らした弟は俺を見つけると嗚咽を上げ泣き始めた。弟は俺の為に泣いてくれている。まずその事実が嬉しかった。透明な幽霊になってしまった今のオレは実家にいた頃と然して変わりのない存在だ。両親は無駄にも俺をこの世に産み出したクセに俺の何もかもが気に入らなかったらしい。両親は建前や見栄を必死に見繕うことにとても長けていた。俺からすると中身は空っぽ、詰められるモノ如何様にもあるはずなのにペラペラなまま何も入れない。社会的地位があることの滑稽さを鼻で笑い気付かなければ良かった仕様のない事実に俺が気付いた頃、2歳下で14歳の弟ができた。弟は両親に見放されたオレにとって唯一の心の拠り所だ。見た目から自信を持てず人間性を深く翳しては人から拒まれ、どうせ他人なんてバカばかりだと決めつけ人を拒むオレには勿体無いほどの弟。理性的で真っ直ぐな性格に両親の大事にする最高の見た目をも持っていた。オレには持ち合わせられなかった両親からの信頼も信用も容姿も器量も何もかも全部を持っている。無視してもくれてもいい俺なんかにも良くしてくれて、家での居場所が全くない俺のそばにずっと居てくれた。独り実家を飛び出した後も俺を気遣い細目に連絡してくれた。血の繋がりはなくっても心から信頼していたし信頼されていたはず。だからだろう、とてつもない心苦しさに苛まれた。
親玉と弟が話す。弟がどうも俺の第一発見者らしい。
ごめんな、こんなことになって。
話しを聞きかじると、どうやら俺はイヤホンのコードで首を絞められて死んだらしい。面白味なんて皆無な人生だったが死ぬ気はまだ毛頭なかったし、誰かから恨みを買うほど人付き合いなんてしていない。
透明で無力なオレは考えてみた。オレは子供の頃から寝相が壊滅的に悪い。親玉がベッドの乱れに注視しているところ本当に悪いが、ただただ寝相がヒドイだけだ。惨めなアパートには物取りは入ってはこないだろうから他殺は最も考えにくいはず。となると…。
俺は大人になっても寝相の悪さは変わらず激しい。これだけでは飽き足らず起きていても俺はひどい。最近は不眠症に悩まされている。寝られるようにと就寝時には必ずスマホからイヤホンを繋ぎASMRを聞いて寝ている。聞かないと寝られなくなりつつある習慣だ。朝起きるとよく首や腕に絡まることもあった。加えて昨日は悪いことに積り積もった怒りを発散させてしまいたくなり猛烈なムシャクシャを流し去ろうと、週末にかこつけた結果珍しく深酒をしてしまった。習慣は酩酊しても発揮されたのだろう。いつも通りにイヤホンでASMRを聴いて寝てこの様。気付いてしまっては仕方ない。なんて呆気ない終わりだ。俺は自分で自分をこの世から別れさせたんだ。
オレはここにいるのに俺はもういない。居ちゃいけないのに哀しくもここから動けない。せめて弟には今までありがとうと言っておきたかった。

「去年両親が亡くなり、兄まで亡くなるなんて…」

ん?

今弟は、何て言った?
両親は亡くなった…?
青天の霹靂を受けオレの思考は止まった。

「両親も兄も亡くなるなんて…。」

弟は言葉を途切れさせながらも続ける。

「両親とは反りが合わず、葬式すら出てはくれませんでしたが、僕とは何故か仲良くしてくれていました。気難しい人では、あったけれど本当はとても良い人、だったのに。なんでこんな、ことに。」

オレがここにいることなんて露とも知らない弟。
いやコイツは誰だ?何故可笑しな嘘をついているんだコイツは?
第一発見者でありこの部屋の合鍵を唯一持っている弟は親玉たち警察の聴取を受けた。
昨晩酔いに酔った俺はどうも弟と電話をしたらしい。
「もうこのまま生きて、いても良いこともないだろう。憎い両親もいなくなって清々、したし俺はもう死んでも、いいだろう。」
「そんなこと言うなよ」と止める弟の話しを遮り長々とくだを巻いたらしい。そして通話越しで俺をどうにかこうにか宥めてちゃんとベッドで寝るように言い聞かせたようだ。弟の言に素直に従い俺の寝息がしっかりと聞こえてから通話を切ったと弟は証言した。そして明くる今朝に昨日の会話と二日酔いの俺を心配して部屋を訪問し、すでに冷たくなった俺を発見した。

弟と通話した?記憶にない。
自殺願望なんてこれっきしもない。
両親が死んだなんて知りもしていない。
嘘ばかりの羅列にオレは追いついていけていない。

俺の弟だったはずのコイツは詳しい聴取を署で取る為に親玉と警察のやつらと一緒にこの部屋から出ていく。弟だったはずのコイツは泣く素振りで俯いた瞬間に口角を僅かにだが上げた。

信じられなかった。

これまでの信頼は何もかも嘘でしかなかった事実。

でも信じがたい嘘を本当なのだと教えてくれたのは、オレを窒息させたイヤホンのコードがいつも使っている色とは正反対の黒色という目を背けられない事実だった。

#2000字のホラー

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