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愛に溢れる人生を。

『こんなにも愛おしいと思える人がこの世にいたのか』

すやすや眠る彼の顔を見て愛おしさが溢れたのは私が"愛が欲しい"と願った1ヶ月後くらいだったと思う。


これがのちに、私の考え方を、生きる世界を大きく大きく変えていくなんてこの時はまだ思っていなかった。ただただ愛おしくて、どうかこの人の生きる世界が愛で溢れた優しい世界であって欲しいと綺麗事ではなく心から本当に願えたのだ。

忘れたくない、この数ヶ月の奇跡を。自分自身の変化を。そして言葉にできないほど過酷で苦しくて今まででにない愛の物語を。だから、ここに書き留める。


出会いはマッチングアプリだった。
親指ひとつで出会うか出会わないかを決められるアプリの中でも最もフランクで軽率なアプリ。
縁とか言葉の力とかそんな見えないものを今までも確実に在ると思って生きてきたからこそ、私は証明したかったのかもしれない、出会う時はどんな形であろうと最高のタイミングで出会うと。

LAで海を眺めながら、1人で生きてもこれ以上幸福度は上がらないかもしれない。今がMAX値だ。これ以上人生の幸福度を上げるためには人と生きていく必要がある、そんなふうにふと思って、そろそろ人生を楽しんでいけるパートナーがくるんじゃないかというなんの根拠もない予感がしていた。
そして彼に出会った時直感的に本当に思った。
ようやく見つけてくれた!この人だ!もし私がこの人生で結婚するならこの人しかいない!と。文字に起こすと非常に寒いなwまあでもそんな恥ずかしいことを平気で言えちゃうくらいには強く惹かれたのだ。パズルのピースがピタッとはまるように私たちは付き合った。

本来、お互い全く交わりもしないであろう人生だった。生まれた土地も共通の趣味も年齢も好きな音楽も映画も知れば知るほど違う、それなのに、ああもうこの人の心が好きだ。嘘がなくて真っ直ぐでなんて愛のある人なんだろうと思うのにそう時間はかからなかった。

会う度にこの人のこういう優しさひとつひとつが好きだと再確認する一方で、"嫌われたくない"という不安感が増した。自分でも何が不安なのかわからないくらい不安は膨れ上がって、私どうした?!こんな重い女だったか?!自分が無理!私らしくない!という頭の中の私と、急に振られたらやだな、他の人に取られたらどうしよう、居なくならないでほしい、などという心の中の私。頭と心がぐちゃぐちゃで自分でもコントロールが効かなくて意味のわからない毎日を過ごしていた。

彼のどこが悪いわけじゃない、愛情も感じてるのに不安が消えない、頭で理解しようとしても自分の心がそれを許してくれない。あれよあれよと自分の見たくない面が炙り出される。
そのとき、ああきっとこれは私に問題がある。閉ざして見ないように生きてきたパンドラの箱と向き合う時が来たのか。そんな風にして自己との向き合いが始まった。

今でこそ市民権を得ているマッチングアプリだが、そのお手軽さゆえ恋は簡単に始まり愛に変わる前に終わる事が多かった。自分は夢を叶えることには貪欲だけど、恋愛には熱量が少ないんだと思っていた。

"ダメなら次に行けば良い"
"星の数ほど男はいる"
"もっと自分に合う人がいるはずだ"

よくネットで見かける言葉たちの通り、そう思って短命な恋みたいなものを繰り返したり、長く大事にしてくれた元彼たちともいわば私の一方的なわがままで別れてきた。
だから今回も、こんなに苦しいなら別れた方がいいんじゃないかと何度も何度も思った。

なのに、次に行けない、この人しかいない、合わないなら合わせに行きたい。執着と言われればそうなのかもしれない。でも私の心の奥底は"その人を離すな!離れるな!離れたくない!"って喚いてる。別れを考えるだけで、身が引き裂かれそうな痛みと苦しみに襲われる。1人でいるときには彼への愛が溢れて涙が出る。もうお手上げだった🤷‍♀️正気の沙汰ではなかった。

そんな中で自分のパンドラの箱と向き合うしか前に進む方法が見つからなかった。まずどうしてそんなに不安なのか。それを深掘りした。
それで見えてきたのは両親の離婚。3組に1組が離婚すると言われてる世の中で、父とも定期的に会ってたし専門学校まで行かせてもらって何不自由なく暮らし大人になった。だから別に離婚してることを特になんとも思っていなかった。けど、離婚すると言われた小学二年生の時の記憶はしっかりある。パパとママに離れてほしくなくて手紙を書いた記憶もある。それをしっかり覚えてるくらいにはきっと悲しくて、寂しくて、辛い思い出だったんだと気付いた。

ああ、これか。となった。
だから友達も恋人も近付けば近付くほど、急にいなくなられるのが怖くて距離を置いた。大好きなのに、嫌いになる理由を探してこの人は私を傷付けるから私から離れますと。過去その件に巻き込まれた方々には心から謝罪したい😇
そして今回の彼にも好きすぎるあまりそれが発動した。でも嫌いになるポイントがない。困った、距離を置く理由がない。だから心の私は訳の分からない不安を膨張させて防御した。

過去は思ってるより根深くて、今まで自分が培ってきたアイデンティティがどんどん崩される。何が正しいのか、何をどうすればここから抜け出せるのかもわからず、大袈裟ではなく本当にもがき苦しんだ。自分のアイデンティティを壊してでも彼と一緒にいたかったのだ。叶うなら10年後20年後、来世までも彼といたかった。

次に向き合ったのは自信のなさ。
彼を疑うというのはそもそも自分が選ぶことに自信が持てないからだと思ったからだ。
もちろん今までの人生で自分の選択を悔いたことはないし、最善の道を選び最高の人生を送ってきたと思っていた。なのに心のどこかでは常に自信がなかった。それを埋めるかのように日々を充実させ、欲しいものを手に入れ表面的に武装していた。本物の自信とはなにか、どうしたら私を、彼を信じられるのか。そう思った時に、人から何かして欲しいとか言われたいと思うのは自分がそれらを自分にしてあげられてないからだと思った。自分を好きと思えないから彼に言ってほしい。自分が自分を信じてないから彼に信じさせてほしい。なんて傲慢なテイカーだったのかと驚いた。

ならばまずは自分で自分を満たすしかない。行きたいところには行く、食べたいものを食べる、自分の感情を認める。時間とお金をかけて妥協しないで私の"今心が求めてること"を徹底的に満たす。
それを繰り返していたら、"自分のことは自分で幸せにしてあげられるんだ!"という自信がついた。誰かに求めなくても、私が一番の味方で居たらいいんだ!と。そうなった時に心に残ったのは彼への愛だけだった。自分の欲を満たしてほしいとかもっとこうしてほしいなんていうエゴは消えて、ただただ居てくれるだけでいいとそう思えた。

大人になるにつれて、学生の時のように"ただ好き"という純粋な気持ちを抱くことが少なくなっていた。奢り奢られ論争ではないが、損得とか未来への保険とか、そんなものに気を取られて恋愛の本質を見失ってた。自分の心の穴を埋めるものではないのだ恋愛は。相手の心を見て良いところも悪いところも受け止めて育てていくのが恋愛の面白さのひとつなのではないか。

そう思えて少しずつ暗闇に居た私の心は光を見つけて、どんどん自分の心を満たした。ある日、本格的な瞑想をしたときに沢山の気づきを得た。
いつも外に意識が向いてること、自分ではなく誰かのことを考えてること、そして終盤に現れた4歳くらいの私。その時現れた私は『ママ!見て見てー!!』って言ってるんだけど、見てもらえなかったのか口を尖らせながら『なんで見てくれないんだよ』ってふてくされていた。その場面が現実にあったことなのか、空想なのかはわからないけど、確かに私は昔ずっとお母さんに見て見てー!と言ってたのは覚えてる。4歳くらいということは丁度妹が産まれた頃。今までずっと長女で可愛がられてたのに、突如現れた妹にママを取られた構ってくれない寂しい、そんな感情があったのかもしれない。インナーチャイルドってやつだ。だから、もう大丈夫だよ。私が見てるからねって心の中で唱えた。そしたら涙が溢れてきて心がすーっと落ち着いた。

パンドラの箱は自分が思ってたよりいろんなことを詰め込んでいて、どんどんそれを炙り出してくる。その度に私はそれを昇華した。寂しさ、孤独さ、自信のなさ。

ある日友達に、みずきちゃんは友達への信頼がすごいよね!と言われて全然そんなことを思ったこともなかったから、ええ?そう?となったけど、確かに私が困ったときは支えてくれるだろうと疑うことなく思っている。それは私が常に大好きな友達たちに愛とリスペクトを持って接しているという自信があるからだ、と気付いた。彼に対して嫌われるんじゃないか?と謎に不安に思っていたけど、友達に対して当たり前に信頼を築く為のことをしている私が世界一愛してる彼に嫌われるようなことをするわけなかろうと思った時に、彼に対しての不安感は自分を信じてなかったからだと思った。相手は鏡、それをまさしく感じた。ならば私が私を信じて見たい世界を見ていけばいい。

そして今私は心がとてもヘルシーだ。誰に何を求めることもなく、自分で自分を愛し満たす。心がざわつくときは自分の心の声をその都度聞く。今までどれだけ自分で世界を生きにくくしていたかに驚きながらも、見たいと思う現実を見たらいいんだという新たな感覚を知ることができた。
想いは現実になる。強く願えば願うほど。
そんな大切なことに気付かせてくれた彼には感謝してもしきれない。そして今は純粋でエゴがなくてただただ彼に幸せでいてほしいという愛が常に心にある。

この数ヶ月、沢山の人に支えられてきた。周りの友達はもちろんのことSNSに流れる情報や心の声。1人じゃ闇に溺れていたと思う。世界は私が思うよりも遥かに優しい。愛は自分の生き方の選択肢を広げてくれる。愛の持つ力はすごい。次は私が返していく番。

人を愛することがこんなにも苦しいなんて知らなかった。でも、そんな風に想える相手に出会えたことが奇跡で、さらには付き合うということを選択し続けてくれてるだけで本当に尊い。歩み寄って、受け入れて、何度だって私が持つ愛を伝えたい。これからの未来も彼の隣にいられますようにと願いを込めて。

2024.5.2

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