インターネットが繋がらないことで手に入ったもの。
台湾に先週からきて4日目。
夜中に台北に着き空港で、
えっ?SIMカードなんていらないよ、私は台湾でも繋がるように設定してきたから、
という夫の一言で私はSIMカードを買う機会を逃し、ホテルに着いてからキャリアの設定をしようとしてもすでに遅し、でした。
もうWi-Fi繋がる場所以外でネット繋がらなくてもいいや、と今日で4日目を過ごしています。
で、ネットを見てのインプットもごく僅か、アウトプットも今日までしないで過ごしました。
そして気づいたことがありました。
ネットが繋がらないのに、なんとなくスマホをみて情報を得ようとしてしまう癖が自分についていたこと。
繋がらない=情報をやたらに入れない、と自己肯定感が上がるというか、自分のやっていることにいいも悪いもなく、ただ自分は自分としていられる、と感じました。
SNSなどで他人が何をしているのかがわかる、または情報が無限にあると、
自分はこれでいいのだろうか。
誰もが多かれ少なかれ、そう思う心境になるのではないか?と感じました。
または尊敬する人、実績や事を成し遂げた人が発信していることが正しく、自分は本当のところどう思っているのか?の自分の内側から湧き出る思いが、おざなりになっていないか?と感じました。
私のスマホだけネットがうまく繋がらないので、仕方なく旅行本を熟読し、それに沿って自分の行きたいお店に行ったり、駅の案内などをじっくり見たりしていると、
あれ?昔ってこうやって動く方が普通だったよね、
とか、
スマホを触らないと目の前の掲示板や景色、電車内や街の人、風景にエネルギーが集中できるな、
とか、
私が4日前まで日本で思っていたことは本当にそうだったのかな?
とか、
ネットが外では繋がりにくいことによって、自然に自分に立ち返るような日々になっています。
今、このnoteの記事は1週間ぶりくらいに、泊まっているホテルでゆっくり書いています。
日本にいるときは時間はあっても、なにかいつも急かされているような、本当はもっともっとやらなきゃいけないことがあるのに、みたいに忙しない気持ちで書いていたような気がします。
もっとはっきりいうと、自分責めな気持ちがありながら書いていたように思います。
私はネット環境がよく、いつでも繋がれば繋がるほど、他者や何か外側からの影響を非常に受けていたようです。
環境が人を変える
とよく言われますが、今回のネットが繋がりにくいことで私は、
この自分でいい、この自分がいい
を手に入れ、夢の中でも自分を導いてくれるような夢を毎晩見ています。
スマホから離れたこと、
日本から離れたこと、
この2つが相まって思いがけない自分を手にいれています。
自己肯定感が低い、
自分がよく分からない、
そんな方は、スマホやあらゆる情報から1度距離を置いてみると、内側に何か変化が起きてくるのではないかと感じます。
今日もお読みいただきありがとうございます。
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