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「ビバリウム」ネタバレあらすじ感想


0,基本情報

日本では2021年に公開された本作。監督はロルカン・フィネガンが担当、『28週後…』などのイモージェン・プーツや『ジャスティスリーグ』などのジェシー・アイゼンバーグが出演している。日本ではPARCOが配給を務め、上映時間は1時間38分である。Filmarksでは2021年3月公開の映画で期待度1位となっており、評価は5点中3.4点、Rotten Tomatoesの批評家支持は72%、オーディエンス評価は39%となっている。また、本作はカンヌ国際映画祭にてギャン・ファンデーション賞を受賞している。


1,予告編

2,ネタバレあらすじ

ジェマとトムは仲の良いカップル。2人はとある不動産屋のマーティンの紹介で、なんでもそろうという完璧な街「ヨンダー」を紹介される。二人はマーティンに誘導されるがままに内見するが、その最中マーティンが帰ってしまう。二人もヨンダーから帰ろうとするが、出られなくなってしまいやむを得ず内見した住宅に泊まることとなった。そこには部屋着やらなにやら全て揃っており、食事も何者からか配達され、マーティンが言うとおり本当に何でも揃うのであった。
そんなヨンダーの住宅だが、街であるにも関わらずすれ違う車はなく人気も他にない。また、作りも色も全て同じなヨンダーの街を2人は不気味に思う。家に火をつけても次の日には元に戻るし、雲の形もほぼ同じ。屋根に"HELP"と書いてみるが当然だれも気づかない。そんな中、生まれたばかりの青い目をした赤ん坊が配達されてくる。赤ん坊が入っていたダンボールには「育てれば解放される」と書いており、二人は仕方なく脱出のために赤ん坊を育てることにする。
毎日ほぼ同じ高さだけ身長が伸びる赤ん坊は、100日にして幼稚園生くらいまでに成長する。その子は声質が変化したり、不満があると大声で叫んだり、日中はどこかにふらっと消えて夜には一人で謎のテレビ画面を除いているなどどこか不気味さを醸し出していた。トムは車に子どもを監禁して餓死させようとするほど子どもを拒絶し、庭にたばこをポイ捨てしたところ床が焼け、そこから何かの音が聞こえるので庭を掘ることに夢中になっていきジェマと関わる時間が減るだけでなく徐々に食事を取らなくなるほど穴掘りに必死になっていった。ジェマは最初こそ子どもを不気味がったものの、徐々に本当の息子のように接していった。
だが、子どもはただの人間ではなかった。会った人の真似ごっこの際には首が異常な動きを見せた。間もなく子どもは大人になったが、その頃にはトムはすっかり衰弱しきっていた。子どもの頃の恨みを晴らすかのように、家の鍵をかけてトムを外に追い出し、そのまま死に至ってしまう。その恨みからか、ジェマは子どもを殺そうとするが、仕留めきれず車道と歩道の間が突然開き4足歩行で逃げてしまう。ジェマもそのなかに入っていくが、そこで他の人間の姿を見る。ジェマは結局そのまま死んでしまい、死体袋に入れられ、トムが生前掘った穴のなかに2人とも処理されて埋められてしまった。
子どもはヨンダーを出て不動産屋へと向かう。そこには衰弱したマーティンがいた。彼は自分のネームプレートを子どもに渡して死に至る。子どもは「マーティン」と書かれたネームプレートを胸に付け、不動産屋として次の客を迎えるのだった…


3,感想(詳細なネタバレ有)


はっきり言って、永遠と3人の生活を見せられるだけの1時間30分で特に殺し合いがあったり、心情変化が大きな展開を生んだりするわけではないので面白くはなかった。最後までヨンダーという街の性質はわからずじまいであったことが大きいだろう。なぜ2人はあの街から出れなかったのか、あの街はファンタジーなのかパラレルワールドなのか。今も結論は出ない。


本作で唯一魅力的なのは完璧の怖さである。ヨンダーに存在数ひとつひとつの家の作りと色、雲の形、子どもマーティンの1日ごとの身長の伸び、毎日決まり切った生活など、全てが定型になっているところに得体の知れない恐怖を感じる。

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画像元:see egy

さらに言えば、マーティンの種族を存続させる方法もマニュアル化されているのだろう。不動産屋を訪れた者をヨンダーへと招いて内見させ、マーティンは立ち去る。状況を理解し環境に適応しそうなタイミングで子を送り育てさせる。子マーティンは大人マーティンが適宜指示を出す。子マーティンが成長しきったら連れてきた者を口封じと言わんばかりに殺し、不動産屋の仕事を受け継いで最初に戻る。不動産屋の入りと終わりが同じであったことから、この流れは成長が早いために死ぬのが早いマーティン種族を存続させるための定型的な流れのように思う。上の画像は本作の海外版のポスターだが、子マーティンを中央において鏡のようにジェマとトムを映すこの構図、本作「ビバリウム」の流れが無限ループすることを表しているかのようだ。全てがあまりに決まり切ったこの作品を見た後だと、いかに人間やその他の生き物の不完全性が心の安らぎを与えてくれるものなのかということがわかるかもしれない。


考察的なところで言えば、冒頭の鳥のシーンは抽象的ではあるが、物語の展開の伏線となっているように思う。冒頭で雛が巣から落ちて死んでしまいそれを土に埋めていたが、ジェマとトムは最終的にマーティンの種族の巣ヨンダーから落とされるかのように死に、土の中に埋められた。このビバリウムという作品は人間であるジェマ&トムとマーティンの種族の生存戦争を描いた物語だったのだ。


面白くないとはいったものの、鑑賞者の解釈や捉え方次第では面白い作品なのかもしれない。実際、鑑賞直後は駄作と感じていた自分もこの感想を書いている内に魅力をすくい上げられているのは事実だ。本作の出来は鑑賞者の想像力に委ねられているのかもしれない。


参照

映画「ビバリウム」公式

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