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酔いどれ男のさま酔い飲み歩記~第19回「宇和島のカメノテと少女と渋いマスター」

「一人酒」、それは孤独な酒飲みのように聞こえるだろうが、実はそうでもない。私は一人酒という言葉を酒場で飲み歩く時に使っている。にぎやかな雰囲気に包まれれば、その店に居る人は全員、飲み仲間だ。

一人酒ができなくなって幾歳月・・・再開の日を、ただ黙々と待ち続けていても仕方ないので、体験談エッセイを書こう。タイトルは、酔いどれ男のさま酔い飲み歩記。第19回「宇和島のカメノテと少女と渋いマスター」である。

はじめに

前回は愛媛県今治市での一人酒について書いた。今治焼き鳥、美味かったなあ。ちょっと飲み過ぎた気もするが、旅先だからいいだろう。本日は今治から西へと向かう。予讃線の終点であり、愛媛県西部の都市・宇和島を目指す。

宇和島観光後、夜の一杯に備えてひと風呂浴びよう。市街地からほど近い薬師谷温泉に日帰り入浴施設がある。この温泉はとても気持ちいいし、露天風呂のロケーションも素晴らしい。つい長湯してしまい、風呂上がりのビールを楽しむ時間もなくなってしまった。

まあ、いいだろう。一人酒はこれからが本番だ。

宇和島「有明」~珍味中の珍味をいただく

飲み歩く前に、今治のバーで教えてもらった「コックテイル」の場所の確認しておきたい。「誰でも知っている」はずなのに、ホテルのフロントの従業員は首を傾げる。有名ではないのか。電話帳と地図で調べてもらい場所が分かった。最後に寄るとしよう。

宇和島にはもう一つ、ある目論見を持っていた。それは珍味中の珍味をいただくことだ。事前にインターネットで調べた際、その珍味を出している店があると知った。まずは、その店に出向いてみよう。うわじまの料理や「有明」である。

店先にメニューが置いてあったので、その珍味があるかどうかチェックしてみた。が、見当たらない。でも、ほかの海鮮料理も美味そうだ。ならば暖簾をくぐろう。カウンターに座り、大皿料理を眺めていた私の目に飛び込んできたのは・・・

珍味中の珍味「カメノテ」である。

カメノテとは、文字通り亀の手のような姿形をした甲殻類で、はっきり言ってグロテスク。だが、グルメ漫画「美味しんぼ」によると、これが美味いらしい。物珍しそうに眺めていると、店の親父さんが「来た人は必ず注文するよ」と声を掛けた。

当然、注文しないわけがない。地元では「せい」と呼ぶカメノテ、女将さんに食べ方を教えてもらう。固い部分を持ち、自分の爪で身を割る。汁が出てくるので残さずすする。そして爪楊枝で中身をほじくり出して食べる。

カメノテを一つつまみ、教わった通りにやってみる。汁は潮の香りがプンプンする。身は貝でもないし、カニでもないし、一種独特の味覚と言っていい。これは美味いじゃないか。注文した日本酒「野武士」との相性もピッタリだ。

親父さんは「食べ出すと止まらないんだよな」と言い、女将さんは「昔はこんなもの食べなかったんだよねえ」と言う。そんな話を聞きながら、一つ,
また一つとむさぼる。

カメノテだけというわけにもいかないので、自家製のじゃこ天とカツオの刺身もいただく。高知でカツオの真価を味わったことがあるが、宇和島のカツオも脂が乗っているぞ。小魚と野菜が刻み込まれているじゃこ天もいい。酒が進むなあ。

宇和島「遊楽」~少女もお勧めのバケラとは

「有明」で料理を完結させてもいいと思ったくらい海の幸を堪能した。カメノテも食い尽くした。だが、せっかくの宇和島だ。もう一軒、どこかに寄ろう。締めはコックテイルなのだから、その近くの店がいい。というわけで、居酒屋「遊楽」の暖簾をくぐる。

カウンターの一角に座り、まずは日本酒「城川錦」を注文。店を切り盛りしているのは若そうなご主人。居酒屋には珍しく親子連れがいて、小学校低学年くらいの少女が愛嬌をふるまっている。たまには、こういう雰囲気もいいだろう。

肴は、岬サバの刺身、そしてバケラの塩焼きを注文。岬というのは、四国西端に突き出している佐田岬のことで、そこで獲れるサバらしい。対岸の九州だと佐賀関なので、関サバのことだな。

そして、分からないのがバケラである。聞いたことがない魚を酔った勢いで頼んでしまった。いったいどんな魚なのか。すると、少女がポツリと独り言をつぶやいた。

「バケラって美味しいんだよね」。

そうか、君もお勧めする魚なのか。ならば美味いんだろう。見た目はアジくらいの大きさで、白身がほぐれやすくさっぱりとしている。旅行後に調べてみたら「イボダイ」の地方名だったことが分かった。そりゃ美味しいわけだな。

宇和島「コックテイル」~マスターが醸し出す渋い雰囲気

宇和島の魚を十分満喫した。アルコールのほうはまだまだ許容量は十分である。そろそろ、バー「コックテイル」へ出向く頃合いだろう。そのために「遊楽」で飲んだのだ。

早速来店する。とても渋い雰囲気で、久々に大人のバーにやって来たという感じ。マスターはスリムな紳士で、あまりムダ口をたたかないタイプのようだ。だからといって、ぶっきらぼうというわけでもない。そのあたりのさじ加減は絶妙である。

ここでも、太田和彦流儀を真似てジントニックからスタート。すぐに飲み干して、マスターのカクテルをいただこう。ホワイトリリーというジンベースのショートカクテルを作ってもらう。おつまみにはフルーツセット。乾き物でお茶を濁したりしない。

やがて三々五々、お客がやってくる。ご常連が多いらしい。どうりで、ホテルの従業員が店の名を知らないわけだ。見ていると、マスターは注文も聞かず、カウンターに座ったご常連に酒を出す。何を飲みたいかわかっているのだ。

まさに阿吽の呼吸である。

いつもなら、くだらない話を饒舌に語ろうとするのだが、この店には似合わない。だからといって居心地が悪いわけではない。バーボンやウイスキーをロックで傾けながら、静かにバーの雰囲気を味わうのもいいじゃないか。

今治の「Shu」のマスターが、ぜひお勧めですと太鼓判を押すだけのことはある。まさに隠れた名店と言っていい。雰囲気に酔い過ぎて、酒の量もいつの間にか増えていたらしく、店を出るときはベロベロに酔っぱらっていたのだった。

宇和島でもう一度、海の幸で一人酒、したいなあ。

〇〇〇
今回はここまでとします。読んでいただきありがとうございました。なお、このエッセイは2007年10月の備忘録なので、店の情報など現在とは異なる場合があります。

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