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❝コーチング❞を臨床実践&後輩指導に生かす

コーチングを学ぶことの意義

コーチングの概念を学ぶことは、臨床実践や後輩指導における支援の在り方・考え方を見直す上で大変意義のあることだと思う。私の場合、特にコーチングやティーチングの使い分けを意図的に行うようになったことで、支援する上での迷いが減ったし、目標共有が行ないやすくなったと感じる。
今回はコーチングについて、いくつかの文献・書籍を引用しつつ、臨床実践や後輩指導に落とし込むことを意図してまとめてみる。

1, コーチングの定義

‟coach + ing”
coachとは「馬車、乗り物」を意味する中世英語の「coche」に由来しており、コーチングという概念もここから派生しているらしい。馬車は、乗り手が行きたい場所へ行けるようにサポートする乗り物であり、「相手が行きたい場所に行く(=自己実現する)のをサポートするコミュニケーション」という事になる。ここで重要となるのが「サポート」という考え方だ。

2,コーチングの本質「サポート」

「サポート」と類似した言葉に「ヘルプ」がある。

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場面1 は「ヘルプ」の場面である。患者さんと看護師は力の「ない人」と「ある人」という関係になっており、患者さんは看護師に依存しているのがわかる。
場面2は「サポート」の場面である。患者さんはあくまで力の「ある人」であり、助ける側の看護師はその人の力が発揮されるよう自分にできることをしている存在となっている。決して相手を弱者とみなし、力ずくで立たせて歩かせるものではない。この場合2 人の関係は依存的ではなく、協働的かつ対等である。
出江(2009)はコーチングの3原則として「①双方向(interactive)、②個別対応(tailor-made)、③継続(on-going)」は常に念頭に置くべきとしている。

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3, ティーチングとの違い

ティーチングとは過去の知識や経験、体系化されたものを伝えることである。これは「一方向」的な特徴があると思われる。大塚ら(2008)は2つの限界を述べている。一つは『知っていることしか教えられない』ということとであり、「教える人の限界=教えられる人の限界」となってしまう点である。もう一つは『仮に全ての知識や経験を教えることができたとしても、相手が同じ結果を出せるとは限らない』ということであり、実践する状況・環境、背景が異なることに起因する。

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一方、コーチングは上記3原則(①双方向、②個別対応、③継続)を念頭においたコミュニケーションの中で、自らの気付きを促すといった特徴を持っており、これらの点でティーチングとは異なっている。あくまで「双方向」のコミュニケーションなのである。

4, コーチの4つの役割

クライアントの状況によってコーチに求められる役割は変わる。その役割とコーチングスキルには密接な関係がある。ここではコーチに求められる主な役割を説明するとともに、関連する主なコーチングスキルをあげてみる。高木(2012)は以下の4つの役割の重要性を述べている。

① コーチ(質問などによって能力を引き出す人 ※狭義のコーチング)

コーチは「質問」をし、相手が「自分のなかにある答え」を探すサポートをする。相手の「情報」「状況」「問題」といった情報収集的な質問ではなく、その人の「可能性」「存在そのもの」に好奇心を向け、「人」に焦点を合わせることによって湧き出てくる質問を使う。

② ティーチャー(教える人)

コーチはたいてい、その分野の先人であり、相手以上に知識や技術を習得している。相手が自己実現に必要な知識・技術を理解していない場合、一時的に「ティーチャー」になることも必要である。

③ メンター(助言者)

メンター=相手の内なる力を信じ、相手の心の中にある抵抗を取り払うことで、相手の能力が引き出されるように関わる存在。

④ スポンサー(後見人)

存在の承認、応援のエネルギーにより、ただただ「安心」を提供する。コーチング的な関わりの際に、相手が安心して考え、話せる環境を整えたり、気兼ねなく業務から離れられるような心配りを行う。会話中に相手がじっくり考えられる心理的スペースを提供する。

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コーチングはクライアントの自己実現をサポートするコミュニケーションであるため、クライアントは自己実現以下のすべてのレベルを満たしていることが前提となる。しかし実際には、生理的欲求や安全欲求は満たしていても、社会的帰属欲求や承認欲求は十分に満たされていないと感じる人も少なくない。マズローが言うように、私たちは誰もが自分の存在を認められたと感じるとき、自然に持っている力を発揮しようとするものである。したがって相手の存在を承認するコーチのあり方こそが重要となる。

5, GROWモデル

コーチングの基本プロセスとして「GROWモデル」という考え方がある。Goal(目標)、Reality(現状)、Resource(資源)、Option(選択肢)、Will(意思)、それぞれの頭文字をとったものである。

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≪Goal;目標を明確にする≫

「2年後どんなOTになりたいですか?」「歩けるようになったらどこに行きますか?」
⇒目標は具体的・肯定的・実現可能なものを設定する必要あり

≪Reality;現状を把握する≫

「一番困っていることは何ですか?」「何が阻害要因となっていますか?」「理想を100点とすると今は何点ですか?」
⇒どこまでわかっていて、何がわかっていないのか、できないのかについて具体的に現状を把握してもらう。

≪Resource;資源を発見する≫

「教科書以外で学ぶ方法はありますか?」「だれか協力してくれる人はいますか?」「介護に便利な道具をどのくらい知っていますか?」

≪Options;選択肢や方法を考える≫

「一番良い方法は何でしょう?」「他にはどのような方法がありますか?」「退院した方が行ないやすいリハビリはありますか?」
⇒目標や行動が決定しても、十分に考えることなく、いままでの方法を選んでしまうことは多い。行動の選択肢を増やし、いろいろな視点から多くの方法を探し出した上で、選択することが大切。

≪Will;意志を確認する≫

「まず、何からはじめますか?」「いつからはじめますか?」「何日間でできますか?」
⇒目標達成に向って行動する意志があるのかを確認する。いつ、どこで行動するのか具体的に確認する。さらに行動計画を次にどのようなかたちでフォローするかも決めておくことが大切。

6,臨床実践&後輩指導におけるコーチングとティーチング(ほぼ私見)

臨床実践においては、セラピストは疾患の知識や予後予測、動きのコツといったものは熟知している。そのため、それらを患者さんに情報提供するといった意味で、一方向的なティーチングは時に重要な側面をもつ。しかし、その一方で私自身はその疾患を経験したことはないし、その方のリアルにぶつかっている課題、感じている事、目標(本音)なども初めは当然わからない。双方向性のコミュニケーションであるコーチングがなければ引き出すことが難しい。
後輩指導においては、院内業務などを教える際には一方向的なティーチングを多用する事が多いが、臨床相談に対応する際にはよく吟味してティーチングとコーチングを使い分ける必要があると感じる。例えば、「どうやったらAさんの上肢機能が良くなりますか?」と問われたとする。この時私自身の考え・方法などをティーチングにて伝えることは容易ではあるが、そもそもなぜこのような迷い(質問)に至ったのであろうか。自身で調べるモチベーションはあるのか?治療アイディア・スキルの問題か?評価がうまくできていないのか?調べる術を知らないのか?…など背景(理由)は人によって様々のはずである。双方向性のコミュニケーションであるコーチングの中でこういった現状をしっかり把握すること(GROWモデルのRealityに相当)は特に重要と感じている。下記図のように相手の知識やモチベーションによっても使い分ける必要性が出てくるだろう。

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以上、臨床実践や後輩指導における私見を少し述べてみたが、「相手を理解する」「相手に学ぶ」といった基本的なスタンスがあらためて大切な事なのだと感じる。今回、コーチングについてまとめる中で私自身のふるまいをメタ認知する上でも良い機会を得ることができた。


【参考文献・書籍】
大塚和宏ほか:リハビリテーションのためのコーチングスキル. 理学療法学 35:159-163,2008.
高木光恵:本当に理解していますか?「コーチング」の基本となる考え方. ナーシングビジネス 6:864 -870,2012.
出江紳一 編・著:リハスタッフのためのコーチング活用ガイド.医歯薬出版.2009.



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