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セラピストに必要な知覚力を磨く方法②

1,知覚を歪めるもの―バイアスリスク

膨大な量の情報を処理しなければならない状況下ではこれまでの知識や経験などに基づいて判断を下すのが効率的かつ合理的である。しかしその反面、自動的に呼び起こされる過去の解がベースとなるため、より望ましい別の解釈が生み出されにくくなる。

ここで押さえておきたいのがバイアスリスク(risk of bias)である。バイアスと一言でいっても様々なものがある。著書『知覚力を磨く―絵画を観察するように世界を見る技法』(神田房枝;ダイヤモンド社)を拝読した上で、私が特に注意すべきと思ったものを3つ紹介する。

1つ目はカテゴリバイアス。「人・物・態度・ブランドなどを、それらに対する偏見やステレオタイプによって自動的にラベル付けして判断する」ものである。例えば脳卒中上肢麻痺への治療介入の際、「麻痺の程度が中等度ならばエビデンスレベルの高い○○療法を適用すべき」といったステレオタイプに陥るような場面に出くわす事がある。一見似たような運動麻痺だとしても、その背景にある姿勢制御や知覚処理、運動企画の能力などが異なれば自ずと結果も変わってくるだろう。関節の動かし方など生物学的な人として類似している点はあっても、社会的人間(考え方・価値観)として同じ人はいないだろう。また、「エビデンス」が出てきた背景(原著論文など)を紐解いてみると、目の前の対象者には当てはまらない事も少なくない。治療手段を決定するためには、適切な評価を前提としたある程度のカテゴライズは必要であると思うが、決してステレオタイプな思考に陥らないよう注意しておきたいところである。

2つめは確証バイアス。「既存の知識を確証してくれる情報を好み、新しい可能性へのドアを閉じる」ものである。自分の持ち合わせている知識・技術、過去の成功体験によって思考や判断が左右されてしまう事がある。経験年数が上がるにつれ、その傾向が強まるようにも感じている。自分の知らない、習得できていない未知の領域が多くあることをメタ認知する事が重要である。

3つ目は同調バイアス。「持論に反したとしても、大勢の意見を支持する」といったものである。私は経験者(先輩)や著名な講師の言葉の影響力を連想した。周囲から一目置かれるような優秀な先輩や講師から助言された内容には疑うことなく「その事が正しい」と思ってきた節がある。確かにその助言に救われ、自身の成長を高めてくれたものは多いが、その根拠・論理が十分でない事もあるだろう。必ずその助言内容の根拠・論理を確認する作業(文献検索やディスカッションなど)を行うべきである。

2,観察力を高める4つの技術~絵画を観察するように世界を見る技法~

著書『知覚力を磨く―絵画を観察するように世界を見る技法』(神田房枝;ダイヤモンド社)の主軸になる部分と思われる。著者は絵画という「フレームで区切られた小宇宙空間」で観察技法を身につける方法を提示している。絵を対象に「眼のつけどころ」を磨いていけば、観る対象が変わろうとも、「固定概念・認知バイアス・情報過多」から解き放たれ、これまでにない視点で世界を知覚できるようになるとのことだ。

その観察技法を①全体図を観る、②組織的に観る、③周縁部を観る、④関連付けて観るの4つに分けて説明されていた。拝読していると、リハビリの臨床現場において共通する内容も多く、応用も可能と思われた。以下では著書の要点を踏まえた上で、できるだけ臨床に置き換えながら考えてみたいと思う。

技術①;全体図を観る

「観察=細部を見ること」ではない。メンタルイメージとしての「全体図」を観ながら、そのなかに部分を位置づけていくようなビジュアルシンキングは課題解決に有効である。

臨床経験を積み始めた頃によく陥いりがちな傾向があった(私だけかもしれないが…)。中枢神経疾患の方の姿勢分析を行う際などに対象者の特徴を細かく把握しようとするが余り、(異常アライメントや姿勢筋緊張ばど)左右差探しに没頭してしまう傾向である。いざ抽出した情報は課題解決に結びつけることができず、かえって自身の判断を迷わせることもあった。そんな時、学生時代の教員の言葉が助けになっていた。「迷った時こそ全体図(生活レベルの視点)に戻る」といった助言だ。そもそも改善すべき生活上の課題は何なのか…。これを自身に問いかけることで必要な情報を取捨選択できるようになったし、優先順位を考えるようにもなった。

「迷った時こそ全体図(生活レベルの視点)に戻る」

学生時代に学んだことだが、臨床13年たった今でも私を助けてくれる言葉である。

技術②;組織的に観る(5ステップ

ステップ①:全体図に向かい、コンテクストと基本要素を把握する

コンテクストは時間・場所・状況といった事になるが、臨床的には介入の時間帯や直前の出来事(例えば入浴直後や寝起きなど)、介入場所(リハビリ室や自室、食堂など)、周囲の状況(自身・他患を含めた周囲の状況、対象物との距離など)といった事に置き換えることができるのではないか。また、対象者が今日に至るまでの経緯(その人の歴史)も事前に押さえておきたいところである。そこには価値観、合併症、既往歴、発症時の状況、病前生活などが含まれるのではないかと思う。これらを事前に把握しておくことができれば、現在観察して得ている情報の位置づけを明確することができる。

ステップ②:フォーカルポイントを選び、その詳細を観察する

絵画のフォーカルポイントとは画家が観者に最も注目してもらいたい重要な焦点のことである。臨床的には重要な手がかり、Critical cuesに置き換えらるのではないか。そして、この重要な手がかり(Critical cues)の抽出には過去の知識や経験をベースとした「直感」が鍵を握ると思う。初めはこの手がかりをつかみ損ねる事も多いであろうが、それを見出そうという心構え、そして振り返る事(他者のフィードバックを得るなど)を怠らなければ自ずと「直感」が磨かれるものと思う。最近は「直感」といった言葉が敬遠されがちな気もするが、限られた介入時間の中でまず何に焦点を絞るべきか…この時にはやはり過去の知識や経験をベースとした「直感」が重要になってくるのではないかと思う。

ステップ③:残りを部分に分け、それぞれの詳細を観察する

詳細を観察する際にはあかじめルールを決めておくことが重要そうである。絵画では中心から外側へ、前傾から後傾へ、面積がおおきいほうから小さいほうへなどの順らしい。臨床的にはどうであろうか。私は対象者の訴え(その部位・課題など)から確認したり、姿勢分析の際には下(支持面;荷重感覚の入口)から上(多くの感覚器官がつまっている頭部)に向けて確認したりする事が多い。こういったルールがあると、複雑に思えた現象もかなり観察しやすくなるものと思える。

ステップ④一歩下がって全体図を眺めながら解釈する

部分と全体の関係性を認識しながら絵を解釈することでおおよその筋書きが見えてくるとの事である。臨床的には特にステップ②③で抽出したような要素を互いに関連づける事であり、それが対象者の課題とどう関連しているかを考察する事にも置き換える事ができるのではないか。ここでもやはり「迷った時こそ全体図(生活レベルの視点)に戻る」視点は生きてくると感じる。

ステップ⑤周縁部を確認し、再解釈を検討する。

見落としがないかのチェックである。臨床推論における仮説検証作業において、他の仮説(可能性)を見落としてしまうと、治療介入がうまくいかなくなった際に思考展開ができないし、何より対象者の可能性を狭めてしまうことにもなりかねない。「他の可能性はないか」…自問自答する癖をつけい。

技術③;周縁部を観る

周縁部やブラインドスポットにはまだ他の誰にも発見されていないような゛うまみ”が眠っている。新しい「眼のつけどころ」を発見できるか、それとも見過ごすか―これが勝負の大きな分かれ目となる。

他人が見落とすのものを拾い上げることができると、知的生産にとって大変有利と思われる。臨床的には治療介入する上での新たな仮説生成につながったり、臨床研究につながったり、勉強(調査)の選択肢やモチベーションにつながったりすることが考えられる。可能性を見出そうとする姿勢を大切にしていきたい。

技術④;関連付けて観る

無関係に存在している点と点を結びつける、眼に見えていないものを観る時にはアナロジー(類推)は極めて有効である。

AとBに類似性を見出している時、もしAの中にaという特徴があったらBの中にもbという特徴を予見することができる。アナロジーは臨床において極めて重要であり、常に要求される思考でもある。例えば上衣着衣(開き服)と洗体(両手でタオル操作して背部を擦る)において「両手で『張り』を操作する」といった点に類似性を見出している時、もし上衣着衣で『張り』をうまくつくれず上衣が撓んでしまう場合、洗体タオルにおいても同様のエラーが予測される。ただし、臨床場面では必ずしもこのような共通因子だけでなく、主要問題が二重解離するようなこともあるため留意が必要である。

高次の関連付けは「突然のひらめき」というよりは、忍耐を要する「持続的なプロセス」のなかで起こる。

優れた研究者や臨床家は創造力が高いと感じる。例えば高次脳機能や神経心理学の分野で活躍されているような著名な研究者達は、これまで別物として扱われてきたような病態を一つの論理で共通項(本質的問題)を見出す。また、ボバースのインストラクターはその時の対象者や環境に合わせて臨機応変に治療展開することができる。こういった方々から話を伺うと、確かに「突然のひらめき」に優れている面はあるが、同時に日々対象者と真摯に向き合い考え抜いてきた「持続的なプロセス」があると感じる。そして何より数多くアウトプットし、他者の評価を得る場面を数多く経験しているようにも思う。関連付ける能力を高めるためにも、まずは恐れずアウトプットする(→他者の評価を得る)ことが重要と思われた。


【参考書籍】

『知覚力を磨く―絵画を観察するように世界を見る技法』(神田房枝;ダイヤモンド社)

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