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家に買って帰るワイン

ゆきちゃん(奥さん)が休日出勤だったので、土曜日はひとりで芦屋に行ってきた。

まずは髪を切る。ぼくは一般的な人の2.5倍くらいの速度で髪が伸びるので、月に1回は切らないと随分むさ苦しく見えてしまう。芦屋にはとても気に入っている美容室があって、でも利便性を考えると毎月通えるわけではない。だからそこへはこうやって、ゆきちゃんのいない休日を利用して、ちょっとしたお出かけ気分で行くくらいがちょうどいい。今回もとても満足な仕上がりにしてもらった。

さっぱりした頭でぼくは、昼からお酒が飲めるお店を探した。芦屋を気に入っている理由のひとつとして、人が少ないことが挙げられる。どのお店もそんなに混雑しておらず、落ち着いた雰囲気を味わえる。

難しいのはひとりで入っても居心地の悪くならない店を探すことだ。ぼくは地元を離れて大阪に来ているということもあり、独身時代はひとりで飲み屋に入ることも少なくなかったが、その割には店選びにナーバスな面もある。

例えばひとりで座るカウンター席は苦手だ。カウンターがあるようなバーなんかはよく、大人がひとりで飲んでいるイメージがあるが、実際にそういった店にぼくひとりで行くと、なにをしていいかわからなくなる。バーテンダーから見張られているように感じてしまうし、高級な店であるほど、スマホを触ったり本を読むのが似合わないような空気がある。本来質の高いバーテンダーはなにも気にしていないそぶりをするのが上手だが、あいにくぼくのナーバスさはその気遣いを上回る。かといって大衆すぎる店もあまり好きではない。賑やかな店にひとりで入ると取り残された気分になって、少し寂しい。

そんなわけで、適度な高級感と、なにをしても浮いていないという安心感が得られる雰囲気のバランスが大切だが、芦屋には需要が多いのか、Googleマップで調べるとこんなぼくでもひとりで入りやすそうな店が多かった。ならばせっかく髪を格好良くしてもらったのだからと、シックな店構えのカジュアルフレンチに行くことにした。

まず雰囲気としては申し分ない。店内はこぢんまりとしているが、大きな窓から外のなんてことない景色が見えて開放感がある。席は先客のおひとり様と、大テーブルを囲うように適度な距離をとりながらの相席といった形で、なかなかに理想的な配置だった。食事の方も、プレートランチはローストポークをメインに、デリの王道といった野菜が添えられていて、とても満足の行く内容だ。グラスで頼んだハウスワインは価格の割にたっぷりと量が入っていて、店の雰囲気から考えるといい意味で期待を裏切るコスパの良さである。

ぼくは気まずさを味わうことなく、リラックスして食事を楽しんだ。時々小説を読みながら、思い出したように外の景色に目をやったりした。

そしてこういう時間にぼくは必ず、ゆきちゃんのことを思い浮かべる。今なにをしているだろうとか、一緒に来ていたらどんなことを言っただろうとか、そんな妄想をする。そしてそうすると少しだけ、店の雰囲気とは関係なしに、ぼくは居心地の悪さを感じる。それは結婚する前と後の明確な違いで、ひとりの時間の珍しさゆえに感じる違和感だ。

「ワインのテイクアウトはできますか?」

お会計の時になんの気無しに聞いてみると、ワインセラーを案内してくれた。お祝いですか? そう聞いてくれた店員にぼくは、妻にね、とだけ伝える。全てを了解した店員は、手頃な価格の白ワインを見繕ってくれた。

ひとりで入っても居心地が悪くならない店には、背景を汲み取ってくれる店員がいる。

まさ

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