【ドラゴンのエッセイ】無知と差別

 ずっと考えていることがある。
 俺の障がいの原因である「脳性麻痺」という病気は、まだまだ世間に認知されていない。「麻痺」という言葉は例えばポケモンなどで聞いたことのある人は多いのではと思うが、俺の障がいはそれとは全く違うものと言っていい。
 俺の障がいがどういうものかについては、今回のテーマとは少しずれるのでまた別記事で書くとしよう。今回問題にしたいのは「認識不足による差別」である。
 最近フォロワーさんと、「障がい者が世間(主に健常者)とうまく付き合っていくにはどうしたらいいのか?」というようなテーマでお話する機会があった(俺から相談を持ちかけた、という方が正しい)。いくつかのご意見をいただいた中で、俺なりの考えを文章にしてみる。

 俺は、差別には2種類あると思っている。
 まずは、差別意識に基づくもの。極端に言えば「意思疎通ができない人間は安楽死させた方がいい」という意味のことを言って実際に事件を起こした人間(名前は伏せる。気になる方は検索してみてください)のようなことだ。障がい者というものを同じ人間として見ていない。こんな奴はもう俺たちにはどうしようもない。
 具体例を挙げよう。以前通っていた就労支援施設(障がい者が無理なく働けるようサポートしてくれる施設)で、スタッフに暴言まがいのことを言われたことがある。
「お前、どうせ本当は歩けるんだろ? 年金がもらえるから歩けないって嘘ついて手帳もらって、楽して生活しようって魂胆だろ。いや、もしかしたら全部親の指示か?」
 もうこれは差別というより悪意が向けられているとしか思えない。当時の俺はこういう人に対して免疫がなく、言葉を真正面から受け止めてしまったので余計に傷ついた。ここまで言われなきゃいけないのか、と。
 また違う施設では「そんなに頭がはっきりしているのに身体だけうまく動かせないなんて、そんな都合のいい話があるか!」と怒鳴られてしまった。はっきりと「怠け者」と言われたこともある。
 誤解のないように書いておくが、俺の障がいは努力でどうにかなるタイプのものではない。いくら頑張っても一生歩けないと主治医の先生からずっと言われている。今やっているリハビリにしても主たる目的は現状維持(これ以上身体が動かなくなるのを食い止める)だ。自力で歩けるようになるためにリハビリしているわけではない。
 ……と、上記のようなことを前述のようなスタッフに説明しても、今まで聞き入れてもらえたことは一度もなかった。「リハビリなんて早く辞めて、どうやったら施設に毎日通えるかを考えろ」。これが施設の方針だと何度言われたことか。
 俺が人間不信になった原因の一つには、間違いなくこういう人たちの差別があったと思う。

 それでも俺が他人との関わりを諦めたくない理由がもう1種類の差別にある。相手の「無知」が原因の場合だ。このケースは多くの場合、被害者だけが「これは差別だ」と思っていることが多いのではないだろうか。だって相手は何も知らないわけで、知らないが故に無遠慮な質問や態度をしてしまうことだってあるから。
 こちらも具体例を挙げてみよう。
 俺が初めて通った施設に、新入社員として男性が入ってきた。彼は当時まだ十代で、アルバイト経験もなかった。つまり、社会経験がほぼゼロだった。その彼が俺にこう言うのだ。
「ドラゴンくんさ、本当に歩けないの?」
 当時は俺も十代だったので、さすがに困惑したのを覚えている。車いすに乗っている人間に対して「本当に歩けないの?」は禁句と言っていいだろう。歩けないから車いすを使っているのだから。しかしよくよく話を聞いてみると、どうやら彼はそれまでの人生で「身体障がい者」というのに出くわしたことがなかったらしい。彼は純粋に分からないことを聞いていただけなのだ。
 その証拠に俺が、自分は本当に歩けないことを順を追って説明した上で「車いすの人だって望んでそうなってるわけじゃないんだから、今後そういう聞き方はしない方がいいよ。相手を怒らせたり、悲しませたりする可能性が高いから」とアドバイスをしたら二度とそういうことは言わなくなった。
 俺のエッセイに度々登場している親友のNさんについても同じことが言える。最初は障がいのことなんて何一つ知らなかったのだろう。でも俺が言うことに逐一ちゃんと耳を傾けてくれていた。結果彼女は俺にとって唯一の「なんでも話せる健常者の友人」になった。
 こういう人たちは、ただ知らないだけだ。知らないだけで何かを吸収しようという意思はある。だからこちらが丁寧に説明すれば分かってくれる。問題は前者と後者の見分け方なのだが、それがわかれば俺も今こんなふうに人間不信にはなっていない。そして俺の経験上、前者のような人間がどこにでも一定数はいる。

 ここで俺なりの結論だが、障がい者に関わる仕事をするような人にはそれ相応の教育をしてはどうだろうか? 人手や時間的拘束など問題が多いのも分かるが、明らかにスタッフの質が低下している気がしてならないのだ。
 前者のような人間は論外として、障がい者に関わる人間があまりにも障がいについて知らなすぎるというのもどうかと思う。俺は今までいくつかの就労支援施設に行ったが、すべてのところで「知的障がい者はただのバカ」という認識の人がいた。その人たちが前者か後者かは分からないが、せめて障がいに対する基礎知識くらい持っていれば後者のような人はグンと減るはずだ。無駄に傷つく障がい者も減るだろう。最低限「障がい者手帳はズルして取れるようなものではない」、「知的障がい者は原因があってそうなっている」、「彼らも意思があるし、こちらの言うことを全く理解していないわけではない」。この3つくらいは全スタッフに教えておいてほしいものだ。

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