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(音楽話)12: Keith Jarrett Trio “When You Wish Upon A Star” (1986)

【先生】

Keith Jarrett Trio “When You Wish Upon A Star” (1986)

先日、非常に心配なニュースが流れてきました。「キース・ジャレット、脳卒中で再起不能か」ージャズ・ピアニストのKeith Jarrett(75歳)が、2018年に2度の脳卒中を発症して以来身体の一部が麻痺し、懸命のリハビリも左半身の一部が今も動かない状態。現状では片手でしか演奏できないらしく「ライヴ復帰は難しいかな」と本人がインタビューに答えたーというものです。

Keith Jarrett。名前くらいは聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。彼はJazzの歴史と共に歩んできた、まさに生きた伝説。1965年にArt Blakeyのバンド(Jazz Messenger)に加入したことで徐々に注目が集まり、67年に初リーダー・アルバムを発表、70年にはMiles Davisのバンドに参加(参加当初は既にChick Coreaがいたので一瞬「ツイン・キーボード体制」になった…贅沢いや恐怖!)、以降もソロ作やトリオ作などを発表し、人気を博してきました。

彼の人気がとても高い日本。74年の初来日以降、日本公演は実に160回を優に超え、そのどれもが満員御礼。ライヴ録音の正規アルバムも多数存在します。クラブ・ツアーや大ホール、武道館など、様々なハコでソロもしくはトリオで演奏してきたわけですが、時には日本聴衆への教育的指導も行ってきたそうで、ライヴ中にマナーの悪い聴衆を叱った(演奏を中断して説教した)ことが幾度かあったんだとか…どんなマナーの悪さだったんでしょうねぇ…すみません、Keith先生。

そう、先生。ライヴはさながら、超個性的な先生による古典の授業のよう。

先生の特徴は
「中腰姿勢」(時に立ち上がってしまうくらい中腰で演奏)
「余韻魔術」(あまりペダルを踏まないのに音の余韻が残りまくる)
「至近距離」(没入すると頭を鍵盤ギリギリまで近づける。Bill Evansよりも近い)
「謎の呪文」(さらに没入するとメロディだか拍子だか分からない声を演奏中口ずさみ続ける)
…百聞は一見に如かず、ご覧ください。正直ちょっと引くレベルです(失礼)。

この演奏は86年のトリオでの日本公演(超有名な「星に願いを」なので曲の説明は省きます)。昭和女子大学人見記念講堂にて。冒頭から前述特徴がすぐに発動…ニヤニヤしながらピアノを転がしていく先生。抑揚の激しさ、先生の予測不可能な波の連続に難なく対応していくベースとドラムスのスキルの異常さ。客席の静けさは、先生の授業を細大漏らさず全部聴き取ってやるという聴衆、いや生徒の緊張感を表しています。

先生のピアノ。もうピアノじゃありません。身体の一部になって音が漏れているというか、演奏しているのではなくピアノが歌っている。先生を媒介にして音そのものが己を表現している。音符に興すことは物理的には可能でしょうが、情感的には不可能です。

あえて言いますが、キモいーーーそう感じるのは恐らく、先生の授業には音魂が宿っているからです。音が先生を介して放たれているわけで、それを制御したり解放したりしながら楽曲のグルーヴや旋律の美しさを追求していく・昇天していく…命を削って。確実に、命を削っています。
先生、どうかご自愛ください。焦らずゆっくりと。元気な姿、いつまでもお待ちしています。

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