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1分で読めるショートショート8・くすぶる追憶

彼女は、彼の死後もずっと彼の部屋に住んでいた。彼の匂いが残るベッドで眠り、彼の本を読み、彼の写真を見ながら涙を流した。
彼女は彼を忘れられなかった。彼は彼女のすべてだったから。

ある日、彼女は彼の机の引き出しを開けた。
そこには、彼が書いたと思われる手紙が何通も入っていた。彼女は興味を持って一枚ずつ読んでいった。すると、驚くべきことに、手紙の宛先はすべて彼女だった。彼は彼女に想いを寄せていたのだ。でも、彼は彼女に手紙を渡すことができなかった。
彼は彼女に告白することができなかった。

彼女は信じられなかった。彼は彼女のことを好きだったのか。彼女のことを愛していたのか。彼女のことを想って死んでいったのか。
彼女は悲しみと後悔と怒りに震えた。彼はなぜ言ってくれなかったのか。なぜ手紙を渡してくれなかったのか。なぜ生きていてくれなかったのか・・・。

彼女は手紙を破り捨てた。
彼の部屋を出て、二度と戻らなかった。彼女は彼を忘れようとした。

しかし、彼女が部屋を出て行った後、彼の部屋の中で何かが動いた。彼の机の引き出しから、彼女が見落としていた一枚の手紙が落ちた。
その手紙には、
「私が死んだ後、これらの手紙を見つけてくれることを願っています。私があなたに伝えられなかった愛情を、これらの手紙が伝えてくれることを願っています。私はあなたを愛しています。永遠に。」
と書かれていた。

彼女は二度と彼の部屋に戻らなかった。
彼女は彼を忘れようとした。
彼の愛は彼女に届かなかった。彼の愛は彼の部屋の中に閉じ込められ、永遠に語られることはなかった。
それは、愛というものの残酷さであり、美しさでもあったのだ・・・。

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