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これって恋

彼を見ていると
死んでしまうのではないかと
心臓が騒がしくなる

端正な顔立ち
品のある所作
柔らかい眼差し
全てが愛しく思える

彼は笑みを向けてくる
「もしかして、あれだろ」
小首を傾げる
「僕に見惚れてたんじゃないのかい?」

「そ、そんなことないわよ」
図星をつかれて
うろたえる

彼は楽しそうに笑う

わたしはこれまで
恋愛で男に主導権を握られたことなんて一度もなかった

いつだって
わたしが掌の上で
自由自在に男を躍らせてきた

最初は彼も
今までの男と同じように簡単に踊ると思っていた

だけど、彼は違った
気がつけば
まるで人形のように
わたしが翻弄されている

「あれ? ちょっと待って」
彼が目を大きく開く
「もしかして、髪の毛切った?」

「え?」と驚く
彼は目より少し高くに視線を合わせる

「昨日会った時より、前髪がちょっと短くなっているような気がするんだけど」

手で前髪を押さえながら
「う、うん」と頷く

「昨日、切って貰ったの。でも、切り過ぎちゃった。だから、恥ずかしくて」

彼は屈託のない笑みを浮かべる

「……僕は可愛いと思うけどね」

可愛い
その言葉は返すことが出来なかった

顔が赤くなり
視線をテーブルへと落とす

その時、「あれ?」とヘルパーさんが顔を覗き込む

「ウメさん、大丈夫ですか?」

「え?」とヘルパーさんを見返す

心配そうな表情で
私の額に手を当てる

「ちょっと、顔が熱っぽいですよ」

「え、いや、これは……」

「とりあえず、向こうで横になって熱を計ってみましょう」

ヘルパーさんは腕を持ち
椅子から立たせる

杖を持つと
ヘルパーさんに連れられてベッドへと向かう

ああ、大丈夫なのに
だけど、本当のことは言えない――。

振り返ると、彼は笑みを浮かべて
無邪気に手を振っている

本当、九十歳にもなって子供なんだから

溜息を吐きながらも
その頬は自然と緩む



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