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【百物語】悲劇の童話劇

「あるところに兄妹がいました。おとうさんとおかあさんは早くしてこの世を去ってしまい、今では兄と妹だけの生活でした。兄は妹の面倒をみるために、朝早くから夜遅くまで森で狩りをし、妹は家の用事を全部していました。二人で一生懸命生きていたので、貧しいけれど楽しい毎日が続いていました。森から帰った兄は、妹の笑顔を見れば疲れが吹っ飛びましたし、妹も森であった出来事を兄から聞くのが楽しみでした」

 眠くなってきた?いい子ね。ママはまだここにいるわよ。

「そんなある日のことです。妹は、森から帰ってきた兄の様子がいつもと違うのに気付きました。笑顔で帰ってくるはずの兄が、その日はなにも言わず、妹と目を合わせないでいるような気がしたのです。体の具合が悪いのか、それとも何か心配事でもあるのか、妹はあれこれと聞きましたが兄は首を横に振るだけで、何も言いません。しかし兄のおかしな様子はその日だけでなく、その後何日も続いたのです。だんだん兄妹の会話がなくなり、家の中は暗くなっていきました」

 あらあら、もう起きてられないのね。もうちょっと、もうちょっとで楽になるわ。

「ある日、意を決したように兄が口を開きました。(おれはこの家、いや、この森を出て行こうと思う)突然のことに妹は驚きました。(どうして?ねえ、何があったの?)(恋人が出来たんだ。お前にはすまないと思う。でももうひとりでも生きていけるだろう?こんな森じゃなく、町へ出ればきっと働くところはあるよ)(いやだいやだいやだ!)妹は目の前が真っ暗になり、どうしたらいいか、何を言ったらいいか、わからなくなってしまいました」

 我慢しなくても眠っていいのよ。ふふ。

「気がついた時、妹は血の付いた包丁を手にしていました。足元には兄が血だらけで横たわっています。(お兄ちゃん、お兄ちゃん)兄の肩を揺すりながら呼びましたが、何も応えません。妹は自分の手や服に付いた血を見て、初めて大変な事をしてしまったのに気付いたのです。物を言わなくなった兄のそばで三日三晩泣き続け、それから家を出、森の中に消えていきました」

 ああ、やっと眠れたのね。おやすみ、私のいい子。そして、さようなら。


 その男は都内にあるマンションの一室に侵入、住人の男性をメッタ刺しにし殺害。悲鳴を聞いた隣人の通報により、駆けつけた警官によって立ち去ろうとしていたところを現行犯で逮捕された。被害者と犯人は全く面識がなかったという。その後の精神鑑定の結果、男は多重人格および分裂症と診断され、現在も入院加療中である。



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