失敗してよかった(創業に纏わるお話)

失敗してよかった(創業に纏わるお話)

どうも、村田です。
いきなりエモさ全開のタイトルですが、創業を纏わる学びと生存報告をつらつらと書き綴っている日記です。


今回伝えたいのは、「創業して失敗するのは悪くないし、そこから何を学んだのかを考えれば必ず良い経験になるよ」っていうことです。


先月、創業した会社を廃業させる運びとなりました。

創業してから一年。早いですね。


食いっぱぐれてしまう危機に晒されたわけですが、幸いなことに案件をいただき、現在は個人事業主として、東銀座で働いています。
(厳密には会社を畳むまでは会社に属していますが、現段階で経営者全員が個人での活動にシフトしています)

東銀座は高層ビルが並びつつも、街中が混み合っているわけでもないので非常に過ごしやすいです。ラーメン屋もそこそこあります。

僕の身の丈には合ってなくてちょっと背伸びしてる感ありますが...笑


そんなことはさておき、今回に至ったまでの経緯を書こうと思います。

本題へ。



バイト先の先輩から突然目標を語られる(大学4年 スノボ行きのバス)


バイト先の先輩と3人でスノボに行く途中のバスで、そのうちの1人の先輩(1つ年上)から、アツい目標を語られました。

「新書を貸し借りするためのプラットフォームを作りたい」
全てはこの一言から。

本に対する想い。当人の痛みとしての悩み。同じ痛みを持った学生の人生を変えたい想い。プログラミングをやった頃ないけど必死に勉強している話。
大学への入学以来、ここまで熱く僕に想いを語ってくれた人は初めてでした。

聞き終わる頃には「もし自分がこの先この人と人生を歩んだらどうなるんだろう」という興味で頭が一杯に。スノボどころではありません。

「プログラミングできないなら俺がサポートすることもできるんで、もし形にできなくて困ったら言ってください!」とだけ言い残すことに。


すると、後日すぐに連絡があり、「一緒にサービスを作って欲しい」と。
つくば駅前のガストでお話をし、震え上がる気持ちを胸に自転車を漕いで帰ったのを鮮明に覚えています。
この先輩が後のCEOである杉山です。


デザイナーとの出会い

アイデアの始まりはCEOと1人の人物から。
後のデザイナーである滝澤です。


大学4年の12月頃。
卒論の真っ只中に、サービス開発に向けてのSkype会議を行いました。

そこで初めて滝澤とのご対面。

「尊敬しているb-boyに顔がめっちゃ似てる...」
いきなり失礼かもしれませんが、第一印象はそんな感じでした。

そして滝澤の話を聞いてまた感心。
大学時代にピクトグラムを作ってメディアに乗ったり、趣味でデザインを続けているとのこと。

「なんかこの先本当にすごいことになりそう」と常に感じていましたね...


僕は技術を背負っていたので、開発に向けての使用言語、アーキテクチャの構想やどれくらい期間で開発を進めていくかをざっくりと取りまとめをし、当時のSkypeは終了。

「とにかく作り上げよう」と各方面で動き始め、3日後くらいにはデザイン抜きでのプロトタイプが完成。


約2ヵ月でリリース

そんなわけで、約2ヵ月でリリースまで持っていきました。

当時はパブリッククラウドの知見も皆無だったので、必死に調べながらよくあるEC2 × RDS × S3の構成で環境を構築。
プロビジョンはElasticBeanstalkにお任せです。


実装のフェーズに関しては、僕以外の2人はアプリ実装未経験でしたが、実践を重ねて1ヵ月後にはものすごいスピードでコードを書いていました

デザイナーはUIパーツの作成をやりながらHTMLとCSSで画面にまで1人で落とし込み、CEOはアプリケーションレイヤの実装をDB設計含めてやっちゃうくらいです。習得するの早すぎでしょ...

この間も実装だけでなく、サービスの企画も随時話し合いながら進めて行きます。


そんなこんなでとある休日、高田馬場のBigboxにあるサイゼリヤ前のベンチでアプリリリース

本番環境でのリリースに緊張しながらも、無事リリースが成功。

ハイタッチしてインスタのストーリーに写真あげたりもしてました。

チームという単位でサービスをリリースした経験のない僕にとって、ものすごく燃え上がった瞬間でした。


ちなみに当時は僕とデザイナーは就職していて、CEOはM2の修論書いてた時期だったので、基本的に作業は夜と土日で、睡眠時間やプライベートから時間を絞り出してました。

この頃から物事の優先順位を今までもより強く意識するように。


PMFを達成できず、サービスをクローズ

当時は早稲田大生限定でサービスを出していました。(書くと長くなるのでサービスの細かいところまでは書きません)

友人に告知したり、早稲田大でサービスのしおりを配ったりなど、サービスを広めて使ってもらったり。


しかし、リリースから数ヶ月後、ユーザーから意見を聞いているうちにPMFを達成できていないという問題が出てきます。

PMF(プロダクト・マーケット・フィット)は、ざっくり言うと「顧客のニーズ」と「提供する製品の価値」が合っているかどうかみたいな感じです(本当にざっくりです)。

起業の科学」を参照すると、
お湯を沸かしたい」顧客のニーズに対して、大手メーカーで作っている「ハイテクな機能がたくさん搭載されたポット」ではなく、某電子機器会社が出している「とにかくお湯が早く湧く機能だけ備えた電子ケトル」がニーズの芯を捉え、爆発的にヒットした
という例え。なんとわかりやすい。

当時1つのアイデアをビジネス的観点からの検証を全くしていなかったので、ここについては行き当たりばったりだったんですね。
ビジネスサイドで必要な視点を知ったことは本当に大きな学びでした。

そんなわけで、様々な検討を重ねた上でサービスをクローズ


創業する

それでも「成功したい」の想いにかけて、杉山を代表とし、2018年3月に株式会社エッジニウムを創業しました。

投資は受けずに経営をする方針だったので、受託開発をやりながら資金を貯めることに。

創業して間も無く受託案件の話をいただき、事業が進んでいきました。


1ヵ月後の4月に滝澤は当時の会社を辞め、2ヵ月後の5月に僕も当時の会社を辞めます。


生活費が足りず、常駐案件を掛け持つ

当時は会社の資金もほとんどなかったため、給与は月1桁の世界でやってました。

CEOとデザイナーはある程度貯蓄があったのですが、僕は新卒時代に貯蓄はしていなかったので、生活できる資金がありませんでした。(何かあった時のための最低限の貯蓄は本当に大事です)


そんな時に、フリーランスエージェントに話をお伺いし、とある企業で週15時間の常駐案件の契約をいただくことに。

たった週15時間でしたが、自社にコミットできない15時間は大きな時間です。
そのため週3日で朝から16時まで案件を行なった後、自社に帰って夜中の1時くらいまで作業してたりしました。

案件の途中でふわふわと意識が飛んでしまうこともあり、エナジードリンクに頼る日々。常駐先の人に心配されることもありましたが、あの時のタフさは今にかなり活きています。
(当時の方々にはご迷惑をおかけしましたmm)


とは言えど、常駐先の会社でもモダンな技術をがっつり触らせていただくことができ、今後自分がメインでDevOpsを磨いていこうという大きなきっかけを与えていただきました。

現場の人たちも本当に気さくで良い人たちばかりで、組織づくりに関しても学ぶことが多すぎたくらいです。

このような機会をいただき、本当にありがとうございます。

クラウドで得た知見は自社のサービスにも活きてきて、管理コストや金銭的コストと相談して各方面で最適化される部分に関しては積極的に導入しました。Kubernetes楽しい。


受託案件も無事終了

約半年に渡り、受託案件で開発していたECサイトを無事にリリース。

外部との関わりや折衝などでは、CEOを中心とし、頭を抱えることも多かったです。

そんな中でもクライアント様とのやり取りでやってはいけないことや、どうした時に信用が落ちるかなども学び、大金が動く流れなどかも見ることができました。

この辺りは全てCEOが担当してくれていましたが、そういったところを近くで見ることができたのは本当によかったと思います。


また、この時もサービスのアーキテクチャ設計や開発リード、バックエンド全体は担当させていただいたのですが、リリース時にもリリース後にもトラブルなく運用できたのは本当に自分でもよくやったと思います。業界に入って一番自分に拍手したところ。

幸いなことにクライアント様とのやり取りは今でも続き、今期も依頼をいただいて開発を担当することになりました。


経営者同士の方向性が合わず、廃業

受託案件も無事に進み、傍で進めていた自社サービス(今回は触れません)でもいくらか利益は出ていたので、投資を受けずとも基本的に黒字のまま会社は継続できていました。


しかし、自社サービスを作っている最中、ずっと目を背けていた大きな問題が襲いかかってきたのです。

経営者同士の目指す方向性の違い」です。


初期は「新書を貸し借りするためのプラットフォームを作りたい」というサービスの方向ありきで集まった3人ですが、クローズさせた以上、どうしても新しい事業を考えなくてはなりません。

その段階で、全員が目指したい方向が合わず、話し合いはするものの「全員が納得して同じ方向に進む」と言うことがなく誰か1人がわだかまりを抱えた状態で事業を前に進めることがしばしば。

そうすると、事業よりも人間関係に意識が向くようになります。
1度人間関係に意識が向くと、そこからはなかなか抜け出せません


僕自身もある日から、「この状態で事業は前に進むのだろうか」と言う気持ちが生まれ始め、事業へのモチベーションがゼロに近くなっていました。

事業を前に進めたいのに、モチベーションが湧かないのは本当に辛いです。


そんな事態もあり、経営者同士で話し合った結果、3人がそれぞれ目指したい方向に向かって独立するため、会社を廃業させる運びとなりました。

あくまで経営者同士での方向性の違いからこのような結果となり、誰か1人が途中で諦めるようなことは決してありませんでした。後悔はしていないです。


学びと経験が多かった長いようで短い2年間

長くなってしまいましたが、本当に濃い2年間でした。

他にも学んだこととして、数え切れないくらいですが5つほどピックアップを。

・自分が動かないと会社が潰れる状況で手を動かす精神力
・利益を生み出している会社で利益を出す動き方と、利益を生み出していない会社で利益を出す動き方は全く異なること
・ビジネスモデルを実現させるための技術のキャッチアップスピード
・鉄は熱いうちに打つことの大切さ
・いくら努力をしても、方向が間違っていたら全く結果に繋がらないこと


大学時代から続けていたダンスもやめて、色々な人たちとの関係も絶ってビジネスにコミットしてきました。当時は後悔することも多かったですが、今となっては全く後悔していないです。


挑戦的でなかった僕に、新卒の切符で入った会社を1年でやめて創業をし、あのまま生きていた先の自分にはなかった「経営者の1人として事業を行う経験」を与えてくれた杉山と滝澤には感謝をしきれません。

本当にありがとうございました。

この2年間で、僕自身の考え方も大きく変わり「物事を続けた先に何があるか。たった数十年の1回しかない人生をどう生きるか。」を考えるようになりました。

応援して背中を押してくださったり、助言をくださった方々、ありがとうございます。

たった1年ですが、悩み続ける日々ながらも、ここまで来れたことを本当に誇りに思います。


どう頑張っても向いていないことはある

この節のお話は人それぞれ考えがあると思うので、「そういうことを経験として学んだんだな」くらいに思っていただきたいです。

開き直るわけではありませんが、1年頑張った結果、1から事業を考えるフェーズは自分には向いていないということがわかりました。


やっぱりアイデアありきな状態で、あらゆる事態を想定した上で、「サービスをどうやって実現するか」を考えコードに落とし込み、形にする瞬間が一番楽しい。

時には手段を目的にもします。「どうやって最適化するか」を考えるのとか大好きです。

そういった理由もあって、手段を考えて戦っていきながら事業の成長に繋がるDevOpsの分野を中心として、自身を成長させていくことも決めています。


スタートアップとかだと「企画もできるエンジニア」が重宝されるとよく耳にしますが、僕は企画も苦手だし、人の意見を聞いてさらに良いところを見つけることはできても、せいぜい「事業を成長させる上で必要だからやる」といった感じでした。これはCEOも頭を悩ませていたと思います。

プロモーションやマーケティングもこれと言ってできるわけではありません。

これらに関しては僕が考えるよりも、何十倍も価値を発揮できてもっとやるべき人がいるので、採用のフェーズに入っていたらこう言ったところで人材を採用していたと思います。

人にはどれだけ克服しようとしても、「向き不向き」あるものです。
少人数で仕事をしていると、お互いのそういうところは驚くくらい見えてきます。


大事なことなので念押ししますが、あくまでチャレンジした上での結論です。何でも「向いていないから」と言って丸投げするのは決してよくありません


そんな感じで今回は僕の視点で書きましたが、CEOもデザイナーも頭を悩ませるところは本当に多く、僕ももっと色んな方向からコミットできたのかなとも思ってたり、あの時こうしていたら良かったなってこともあります。
それは今後の人生で絶対に無駄にしません。


これからどうするのか

冒頭でも述べたように、現在は食いっぱぐれないように東銀座で案件をこなしながら、自社で受け持った案件やサービスを引き継いで運用を行なっています。

幸いなことに各方面から仕事の依頼もいただいたり、好奇心で転○ドラフトに参加したら、指名本数が380人中3位だったり、今後フリーランスとしても正社員としても何かしら仕事はしていけそうです。(本当に嬉しい限りです...)

ただ、事業に全力でコミットして「自分の技術でアイデアを形にする」という範囲を責任を持って行いたいので、手元の案件をこなしながら正社員としての転職先を探そうかなとも思っています。

そんな感じで今後のキャリアとして、非常に悩んでいるので、連絡やスカウトをいただいた色々な人とお会いして、とにかく話を聞きまくりながら考えます


また、最近はメンターとして6人ほどの生徒さんにプログラミングを教えていたり、オンライン動画講座を出して自分なりのビジネスも確立させようと探っています。

動画講座はつい今週頭に受講者数150人を突破しました。
ちなみに「これ見ればGCPのコンテナにWebアプリケーションのリリースできるよ」っていうものです。興味のある方はご連絡ください。

他にももう少し講座出して業界を盛り上げることに貢献しつつ、アウトプットの機会も増やしていこうと思います


そして最後に、


この間成人式だったと思ったらもう24歳です。

思ったように体をコントロール出来るのは今くらいなんじゃないでしょうか。

20代のうちは個人においても企業で働くにしても、事業に全力を注いで生きていきます。

アイデアを形にするスピードでは誰にも負けない存在になれるように、まだまだ頑張ります。


約5000字と、非常に長い文章になってしまいましたが、創業して失敗しても、経験という資産で必ず自分の手元には大きなものが残ることをお伝えしたいです。

この記事が少しでも誰かの背中を押すきっかけになることを願っています。

読んでいただきありがとうございました。

村田


P.S.
5月末に妙典に引っ越します。
ご飯のお誘いも大歓迎ですので、ぜひ誘ってください!!


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2017年卒 / バックエンドエンジニア → 会社経営 → エンジニアに戻る / TerraformとDockerが好き / 帰り道で音ゲーやりがち / お酒が飲めません