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映画「ソイレント・グリーン」レビュー「殺人現場の検証時に窃盗する癖のある刑事が本気で事件に取り組む様になったのは親友が死に追い遣られたからなのだ。」

2022年超人口過密都市と化したNYでは
人々は仕事も家も失い階段で雑魚寝する有様。
電力の供給も途切れがちで室内で自転車を漕いで発電する
文字通りの「自転車操業」で微々たる電力を賄っている。
肉や野菜や果物は貴重品で
人々は週に1度緑の正方形の形状をした
バランス栄養食品「ソイレント・グリーン」の
配給があるのを長蛇の列を成して待ちわびている。

「並ぶ」…本当にこの映画は延々並んで待ち続ける描写が多い。
朝から晩まで並び続けて
微々たる量の「ソイレント・グリーン」の配給しかなく
暴動になる事も稀ではないが「そんなコト」はとっくに織り込み済みで
直ちにパワーショベルで暴徒が鎮圧されるのだ。
只々おとなしく待ち続ける事だけが許されているのだ。

そんな中「ソイレント・グリーン」を製造している
ソイレント社の重役が何者かに殺され
刑事ソーン(チャールトン・ヘストン)は捜査を開始するが
事情聴取の結果に首を傾げる。

…と言うのも犯行が
たまたま全ての監視カメラが故障し
たまたま護衛のタブ(チャック・コナーズ)が離席中に
行われており余りにも「たまたま」が多過ぎる。
それに「マッドボンバー」「デビルズ・ゾーン」の
チャック・コナーズが護衛である時点で
コイツが殺人に一枚噛んでいるに違いないのに
皆が皆口を揃えて「物盗りの犯行」にしたがっている…。

何か…「何」とは言えんが「何か」がヘンだ…。
そんな中,ソーンは上長から捜査の中止を命令される。
コレはオレが捜査中の事件で
オレが「事件性大いにあり」と上長に報告してるのに
上長はオレの職権を無造作に侵害したのだ。

もう頭に来たぞ。

ソーンは頑として捜査を中止せず,件の重役が死ぬ直前に
スラムの神父に自分の罪を告解していた事を突き止める。

この重役は「罪の意識」に耐え切れず自殺したのではないか…。
神父に話を聞きに行くと彼は何者かに射殺されているのであった…。

重役の「罪の意識」…一体何を「罪」と感じ彼は命を絶ったのか…。
その糸口が見つかるや否や関係者が殺されて行く…。
誰だか知らんが…一体…「何」を隠そうとしているのだろうか…。

「ディストピアSF」というのは
未来には夢も希望も救いもないという近未来を描くSF作品の事であって
チャールトン・ヘストンは1968年に
ディストピアSFの傑作「猿の惑星」に主演している。

そして1973年にチャールトン・ヘストンが主演しているディストピアSFが
この…「ソイレント・グリーン」なのである。

本作も「猿の惑星」と同様に本当の主人公は「状況」であって
ソーンや彼と関わる人物を通して「状況」…。
つまり「今一体何が起こっているのか」を淡々と描写して行く。

人口爆発による食糧難を解決する
バランス栄養食品ソイレント・グリーンが問題解決の救世主と思われたが
ソイレント社の重役が何者かに殺され
彼の告解を聞いた神父が殺される…。

ソイレント社の重役は一体何に「罪の意識」を感じていたのかが
本作品の焦点であって,その秘密を知る者が殺され
捜査を打ち切る様,圧力がかかるとあっては
ソーンの捜査を邪魔され職権を侵害された憤りも無理からぬことと言える。

そもそもソーンは正義感の強い人物ではなく
社会正義の実現など露程も考えてない。
彼は捜査現場で石鹸やイチゴジャムの付いたスプーン等々を盗む盗癖があり
被害者の重役の彼女まで盗んで寝る。
彼の「育ちが悪い」のも確かにあるだろうが
彼は今では珍重される本の読めるソル爺さんと同居しており
ソル爺さんは「昔はこんなじゃなかった」と愚痴を言う癖があり
そんな爺さんにソーンは盗んだ石鹸や牛肉,
イチゴジャムの付いたスプーンを見せて「コレな~んだ?」と聞く。

ソル「オーマイゴー…コレは…「牛肉」じゃないか!」
「オーマイゴー…コレは…「イチゴジャム」じゃないか…」
とソル爺さんの驚く顔が見たいが為に
捜査現場で窃盗を繰り返していたのだ。

ソーンにとってソルとの食事が人生の憩いのひとときであって
そんなソル爺さんが「ソイレント・グリーンの秘密」を知り
「長生きなんてするんじゃなかった」と世を儚んで安楽死施設で死を選び
死ぬ間際に『「ソイレント・グリーンの秘密」を暴け』と
遺言した事によって最早ソーンにとって「職権」云々などどうでも良くなり
ソル爺さんを安楽死に追い込んだ
「ソイレント・グリーン」の正体を探る為にようやく本気を出すのである。

本作品に「欠点」があるとするなら
ソレはソーンが本気を出すのが「遅い」という点だが
ソーンをずっと「凡庸」として描き,
その「凡庸」が初めて怒る場面は「遅い」から意味があるのだと思う。
「凡庸」は疑問を持たないが故に「怒る」事もまたない。
「凡庸」が初めて疑問を持ったときに初めて怒る作劇には
長い長い「退屈極まりない助走」が必要なのだ。

本作が社会問題を提起している事は間違いないが
ソーンは社会問題解決の為に動く男ではなく
社会問題がソル爺さんを死に追い遣ったから
始めて彼にとって「社会問題」が具体的光景となって眼前に展開したのだ。
彼は矮小な男で窃盗を繰り返し上長に賄賂を欠かさない男でもあり
「社会問題」などといった抽象的概念を終ぞ(ついぞ)理解出来なかった。
だが「社会問題」がオレの親友を死に追い遣ったから
初めて「社会問題」に対して「憎い」という感情を抱いたのである。

ソル爺さん役を演じたエドワード・G・ロビンソンは
ガンを患い撮影終了後10日して他界している。

ソル爺さんが安楽死する場面でソーンは涙を流すが
アレはエドワードの演技にヘストンがガチ無きしていると言う。
もう…エドワードは「カット!」の声が聴こえぬ程衰えていると言うのに…。

爺さんが安楽死する場面で流れる映像は地球の自然の姿で
最早「自然」は老い先短い爺さんの
走馬灯の中にしか存在しないと言う描写こそが
僕が1973年に本作と出会ったときに臓腑を抉られ
今尚出血の止まらない激痛と言う名のトラウマなのだ。

今回僕は…房総半島の南端から新宿の映画館まで高速バスに乗って
日帰りで観に行ったが古傷から激しく出血した事は言うまでもない。

映画館で頒布された「ソイレント・グリーン」の同人誌に
米国版のポスターが掲載され
登場人物の簡単な説明が掲載されていて
チャック・コナーズの項に「Murderer(人殺し)」と書かれている。
コナーズが人殺しであるコトは本作品のネタバレになっていない。
実際…コナーズが告解を聞いた神父を射殺する場面で
正体を隠す気がサラッサラないのだ。
何故なら彼は実行犯に過ぎす
「彼に殺させている依頼主」こそが主犯なのである。

ソレが分かっているから
ソーン(ヘストン)はタブ(コナーズ)に
「ダレに頼まれた?」
としか尋ねないのである。

ソーンは「ソイレント・グリーンの秘密」を突き止め…。
その「秘密」を公表する様上長に哀願するが…
恐らく「秘密」は公表されないだろう…
何故ならこの上長は簡単に圧力に屈する人物として…
簡単に「長い物に巻かれる」人物として描かれている
「伏線」が周到に敷かれているのだから…。

最後となるが本作がブルーレイ化される事があったら納谷悟朗さんが
ヘストンを吹き替えてる吹替音源の搭載を切に願うものである。


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