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町山智浩氏の「トラウマ映画館」と映画「追想」の話。

子供の頃,TVで吹替で放映された映画で忘れ難い一場面がある。

鏡の前にナチの将校が立ってて,その鏡がグニャアっと歪み始め…。

だが肝心の映画のタイトルが分からない。
長年喉に魚の小骨が刺さったかの様な違和感を感じていたのだが
2011年に町山智浩氏が上梓された「トラウマ映画館」を読んで,
ようやく長年の疑問が氷解したのである。

映画の邦題は「追想」。

本レビュー冒頭で紹介した場面が印象に残ってるのは僕だけでは無かった。
映画監督のクエンティン・タランティーノは,この場面を
「この映画で一番素晴らしい場面」
として挙げられてる。

町山氏は「この邦題が覚えにくい理由」を
「追想」「離愁」「哀愁」…漢字二文字の恋愛映画が多過ぎる為と解説する。
若い方は知らんだろうけど1970年代は漢字二文字の邦題が本当に多かった上,その2文字では映画内容がサッパリ推測出来なかったのだ。
「追想」で後述する映画内容を推測する事は不可能なのだ。
町山氏の記憶に因れば「追想」は女性映画の専門館だった銀座みゆき座で公開されたと言う。
「女性向け映画」かよ…アレが…。
その「追想」にしたところでイングリッド・バーグマン主演の
同名映画の方が余程有名で兎に角印象に残らない事甚だしいのだ。

1944年5月ナチス支配下のフランス。
連合軍の上陸作戦を控えてフランス国内ではレジスタンスが後方攪乱などの妨害活動をしていた。
ナチはレジスタンスの掃討作戦を始め,路上の街灯に処刑したレジスタンスを見せしめとしてぶら下げた。
南仏の街モントーバンに住む外科医のジュリアン(フィリップ・ノワレ)のもとにも負傷したレジスタンスが担ぎ込まれて来る。
彼は医師の当然の務めとしてレジスタンスの治療行為を行ったのがナチの知る所となり「ナチに目を付けられた」彼は妻クララ(ロミー・シュナイダー)と娘を自分の故郷に疎開させる。
6月6日に連合軍のノルマンディー上陸作戦が実行され,胸騒ぎを覚えたジュリアンが故郷に戻ると村には誰も居ない。
村の教会には村中の住民の死体が山積みになっていた。
女も子供も老人も…皆殺しだった。

史実に因ればノルマンディー上陸作戦の4日後(6月10日),
「オラドゥール・シェル・グラヌの村民の殆どがレジスタンスだ」
との密告を受けたナチの武装親衛隊(SS)はオラドゥールの村に入り,
男は納屋に集められ機関銃で皆殺しにされた上,納屋に火を放たれた。
女と子供は教会に閉じ込められ火を放たれた。
これがナチのレジスタンスへの報復だった。

ジュリアンの故郷の村でも「同じ事」が起きていた。
一縷の望みに縋って,父から継いだ城に向かうと,妻は娘の前で暴行された上に火炎放射器で焼かれ消し炭となり,娘も惨殺された後に火炎放射器で焼かれていた。

ナチは城でシャンパンを飲みながら,妻子が生きていた頃の記録フィルムを観ながらゲラゲラ笑い寛いでいる。
コイツら全員ブッ殺してやる…皆殺しにしてやるッ!
ジュリアンは,そう固く心に誓う…彼のたったひとりの戦いが始まるのであった…。

ジュリアンが父から継いだ城には城主しか知らぬ侵入者撃退用のカラクリの数々があり,
彼は父からそのカラクリをも継いでいて,ナチを撃滅する為に最大限に活用する。
今の若い人はきっと「「ダイ・ハード」みたい」と思われるだろう。
敢えてその連想に乗ると本作は妻子の事を「追想」し,
涙を流しながら戦う地味で温厚なマクレーンの話なのだ。

レビュー冒頭で紹介した「僕の記憶」はたったひとり残ったナチの将校を,
ジュリアンがどう仕留めたかのネタバレとなる。
どうか妻子を焼かれた男の「怒りの落とし前」を堪能していただきたい。

ジュリアンの「追想」で忘れ難いのはクララとの馴れ初めである。
ジュリアンは初対面のクララを黙ってガン見し続けるのだ。
「あの…一体何のおつもり?」
「何故私をずっと見ていらっしゃるの…?」
「分かってる癖に」
その夜「男女の仲」となったクララの
「私…誰とでも寝る安い女じゃありませんから」
と言う言葉を「追想」しながら涙を流すジュリアンがもうね…。

町山氏が「トラウマ映画館」を上梓されてから間もなく,
本作は初DVD化された。
吹替も搭載されていてジュリアン役の声の出演は石田太郎氏。
初TV放映は1979年11月12日放映の月曜ロードショーだと言う。
勿論「偶然」などである筈がなく町山氏も僕と同じ様にTV放映が「初見」であって,
DVD化に当たって町山氏が尽力された事が慮られるのである。

同年12月15日に公開された「ルパン三世 カリオストロの城」でも,
石田太郎氏は「カラクリの多い城の城主役」を好演されている。
こちらは勿論単なる偶然だが
何かしらの運命的な意味を持たせたくなる衝動に駆られるね。





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