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荒木飛呂彦先生の「バオー来訪者」第1巻レビュー「寺沢武一先生の思い出」

「バオー来訪者」を文庫本で初めて読まれた方に
本作がジャンプのアンケート不振による
打ち切り漫画だと言っても到底信じていただけないだろう。
打ち切りが決まると大抵の漫画家は
登場予定だったキャラクターを大急ぎで全員出して
「凄え奴ら」が勢揃いした一枚絵をバーンと描いて
「何か凄え事が起こりそうな雰囲気」を出して幕にする事が多い。
折角創造したキャラクターだもの。出してあげなくちゃだよね。

だが荒木先生は最初から「本作の結末はこうする」と決められていてた。
それは橋沢育朗に生命の危機が迫ったときだけ
自分の意志に関係なく変身させられていた「バオー」を
「ドレス」に拉致されたスミレを救うために
育朗自身の意志で「バオー」変身出来る様にして

「ドレス!宣戦布告だ!行くぞ!オマエ達の所にッ!」
「僕はオマエ等にとって脅威の来訪者となるだろう!」
「ドレス!オマエ等の「におい」を止めてやるッ!」

と大見得を切らせる展開だった。
橋沢育朗は「逃亡者」なのに何故バオーが「来訪者」になるのかを
最初から決めていなければ決してこの題名にはならないのだ。

単行本第1巻の解説は寺沢武一先生。
昔のジャンプコミックは漫画家や芸能人に
巻末に解説文を書かせていたのだ。
寺沢先生は

「彼(荒木先生)は何よりも先ず,
ストーリー展開を何度も緻密に練り上げてから構成して行く。
(中略)全てを完全に把握した上でなければ語り出さないタイプだ」

と実に的確に荒木先生を評価されている。

「多くの毎週の直接的な刺激を期待し,
主人公の行動結果ばかりを求める余り,
画面の中にちりばめられたSF的感性や
主人公の中にある計算されたワンダーに
全てが大気の様に読み落とされる場合が多い。」

「主人公の中にある計算されたワンダー」…。
寺沢先生は後の「ジョジョ」の作風を既に予見されておられるのだ。

「しかしSF作家はそこにこそ自らの資質をつぎ込み,
自分の白昼夢を映像化しようと試みる。」

「先に彼と僕は同じ「におい」がしたと言ったが,
それは彼の求める作品の方向が僕のそれと非常に近しいと感じたからだ。」

寺沢先生は御自身を独自の感覚で「におい」を探知する「バオー」に例え
荒木先生もまた「バオー」のひとりであると見抜かれておられるのだ。

「今後,(彼は)今の「におい」を持ったまま成熟して行くと思う」

寺沢先生のこの「予知」が当たったか否かの検証は不要だろう。

ジャンプのアンケートシステムで
詰まらない漫画が切られるのは仕方が無いと思う。
なので「打ち切られる漫画」は大抵納得出来るのだが
極稀に「なんで打ち切られたのか分からず到底納得出来ない漫画」がある。
僕にとってそれは荒木飛呂彦先生の「バオー来訪者」であり
富沢順先生の「コマンダー0(ゼロ)」なのだ。

ホントにね…ドラえもんにタイムマシンを借りて,
当時のジャンプ編集部に乗り込んで,
編集長を筆頭に編集部員一同全員正座させ,
説教したい心境である。
「オマエ達に「面白い漫画」を見抜く力は無いのか」と。

荒木先生は
「「バオー来訪者」の「続き」は描かれないんですか?」
との読者からの質問に
「「バオー」のラストはここで「終わり」を保っとくのが
一番いいと自分では思ってる」
と答えられている。
寺沢先生が指摘される様に荒木先生が
「ストーリー展開を何度も緻密に構成した」結果
現行の結末になったのだから,これ以上「何か足す」必要はないのだ。

「バオー」が連載終了して間もなく,
荒木先生はラポート社の「ファンロード」誌の取材を受けられ,
育朗とスミレの描き下ろしイラストを描かれ,
それがそのままファンロード誌の表紙となり
今では大変なプレミアが付いている。

ファンロード誌1986年5月号

「バオー来訪者」の単行本第2巻(完結)が出たのが1985年11月。
ファンロード誌で「バオー来訪者」特集が組まれたのが1986年5月。
「ジョジョの奇妙な冒険」第1部の連載が開始されるのが1986年12月。
こうした大変な時期に漫画・アニメファンによる投稿を主流とする雑誌が
「バオー来訪者」の打ち切りを惜しんで組んだ特集に
ジャンプ連載作家の荒木先生が気さくに取材に応じ,
カラーイラストを描く事など今では到底考えられないだろう。
荒木先生の一人称は若い頃から「ワシ」だって知ってる?
多くのファンが予想する「ぼく」じゃないのは
ローディスト(ファンロード誌読者の名称)だけが知ってるんだ。

寺沢先生の訃報を聞いた時,
真っ先にこの「バオー」の解説文の事を思い出しました。

「(お互い)SF漫画と言うものが何者であるかを
知るまで描き続けて行きたいものだ」

寺沢先生は「ともに描き続けて行こう」と
若き「バオー」を激励して解説文を結ばれている。

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