イタいことを、しないと
小さなデザイン事務所で、デザイナー歴13年目となった者です。
最近、「失敗覚悟で」ということについて考えることがあります。
お仕事はそれなりに板についてきたと感じる一方で、ワクワクすることが減ってきているように感じています。
そんな中で、東海オンエア虫眼鏡さんとオモコロ原宿さんの対談を拝見して、その考えの整理が少し前に進んだので、今の考えをこのノートでまとめてみようと思います。
動画の中で言ってること、要約
この動画の中では、どんな人でもそれぞれ考えが違っていて誰しもが面白いのだけど、社会人としてのフィルターを身につけたことで面白くなくなっていると話されています。
では、どうすればそのフィルターを外せるのか?その方法のひとつとして、「つまらんもん」でいいから世に出して、徐々に楽しさ・自分らしさを回復していくことが提示されています。
最近、イタいことをしていない
ああ、これだなーと思いました。
デザイナーとして、30代のおじさんとして、そこそこ説得力のあることが言えるようになった今、「つまらんもん」を外に出してない。もっと厳密に言うと、「30歳も超えてそんなこと始めるの、イタい」と思われそうなことを避けている。自分が感じていた昨今のつまらなさを、ビタッと言い当ててくれたような感銘がありました。
美術大学の大学生時代は、課題として強制的に作品をつくるルーティン化されていて、試行錯誤する同世代が周りに溢れていて、挑戦的な気持ちがなかろうと「イタいこと」が簡単にできていました。今思えば、それは楽しかったんだなと感じます。
社会人になると、試行錯誤は評価してもらえる、結果が失敗であっても許してはもらえますが、敢えて「イタい」ことに飛び込むことはできなくなりました。
そうすると、自分が作り上げたデザイナー的なキャラクターのせいで、だんだんと自分が楽しめていない状況が出来上がっていきます。
そういえば、人生が長い
「イタいことが、できなくなってきている」ことに気づくと同時に「このままだと、イタさを恐れて60年くらい生きることになる」というのにもゾッとしてきました。
去年、ぼくはNoteを始めました。
それは個人的に大きな挑戦ではありましたが、「あまりイタくない」と思えたからこそ始めることができました。周りのリアクションも「年相応のチャレンジ」的に受け取ってくれた感覚がありました。
しかしよくよく考えてみると「チャレンジング、且つ、相応なこと」なんて、そんなに多くないし面白くないんじゃないか。。。おおよそのチャレンジってイタいんじゃないか。そういうふうにも思い始めました。
どう思われるかわからんことが、したい
今、こんなことがしたいなと思って、行動しかけています。
したいからしているので、ワクワクはします。
結果は無惨かもしれません。
とりあえず、こんなことを始められる自分まで回復してみようと考えている今日この頃です。
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