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旅にでる

窓を開けていると、風に乗ってみずみずしい草の匂いが行ったり来たりする。車が走り抜ける音、鳥たちのさえずり、子供たちの声。空をおおう雲はわずかに、けれど確かに流れて行く。

飛行機の音が聞こえて来る。この雲のもっともっと上を飛んでいるのだろうか。きっと、ここではないどこかへ向かっているのだろう。空港に降り立つと異国の匂いがふと鼻をかすめる。

私たちはアメリカのオハイオ州からニューヨークへ。そしてカナダに入国した。トロントはきれいな街だった。若気の至りのままクラブへと足を運ぶ。

気がつくとビール片手に知らない外国人たちと円になっていた。何を話しているのかは分からない。短くなってしまったタバコがまわってくる。酔いにまかせて、ひとつ吸う、ふたつ吸う。意識が遠のく。

鳴り響くテクノのリズムに合わせて、顔だけがどんどんと増殖する。その沢山の顔は色んな表情を見せながら、私の目の前をぐるぐると旋回する。遠のく意識は天井のシーリングファンへと吸い込まれて行く。

外ではゴアトランスが至るところでとどろいていた。砂浜に体を横たえると全身が深い闇夜におそわれ、スッポリと宇宙になった。体のあちこちに銀河が誕生する。いくつものいくつもの銀河が誕生して、渦巻いている。濡れたまま、思うがままに何度でも何度でも行くことができる。

ふらふらとした足取りでエレベーターに乗り込むと、いかつい体の外国人男性が美女を二人、両手にはべらせていた。男性がギロリとにらんで、私たちに言い放つ。

「ゴーアウェイ!」

「ゴーアウェイ、ゴーアウェイ、ゴーアウェイ」
「狐みたいな目だって、みんな笑っているよ」
「そんなに怖がらなくても良いのに、って言っているよ」
「でぃすふらーいと!でぃすふらーいと!でぃすふらーいと!」

小さな男の子が遠くからもの珍しそうに、私を見ている。

「荷物それだけ?」
「なにその服」

足の長い外国人女性がブルルルルと唇を震わせる。

「ここでは気を使っては駄目よ」

ここはここではないどこか。何を話しているのかは分からない。


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