800字SS

嘘八百

 ここは繁華街の片隅にあるキャバクラ「800」。15人のホステスが務める小さな店だ。ここの特徴は何といってもメニュー。ドリンクメニューの裏側に、こんな項目がある。
『会社の上司と部下』、『高校の先輩と後輩』、『幼馴染』などなど。客はドリンク一杯につきシチュエーションも一緒に注文して、ホステスと二人でなりきって会話を楽しむのだ。
「ナツキちゃん、次5番テーブルね。シチュは『お兄ちゃんと妹』だから。」
店長である俺はメモを片手にホステスの子に耳打ちする。
「えっ、マジで? 妹役苦手なんだよね~」
ギャル系でサバサバしているナツキ本人は苦手意識を持っているようだが、そんなナツキが甘えてくれるギャップが客には堪らないのだ。
「サクラちゃん、次は2番テーブル。『上司と部下』でサクラちゃんが上司だから。ちょっとキツめの希望だって」
「き、キツめって、怒るとかですか……?」
「怒るとはちょっと違うかなぁ」
大人しそうなサクラはテーブルに着くと人格が変わったように演じ切る。ホステスたちの中でも屈指の女優だ。ホステスたちは役者の卵なども多かったが、サクラは普通の女の子だった。その才能が少しもったいないなと俺は思っている。
「朝倉さーん、お水一杯ちょうだい」
そう声をかけてきたのは古株のアキだ。
「アキちゃん飲みすぎじゃない? 大丈夫?」
「さっきのお客さんに飲まされちゃってさー、でも大丈夫。朝倉さんがいるし? うふふ」
そう言って俺の肩に頭をこつん、と寄せてくる。
「おいおい、店の中ではよせって」
「大丈夫よ~誰も見てないって」
赤らんだ頬のまま見つめてくるアキは色っぽい。付き合いが長いので友達のように仲がいいが、時々見せるこんな顔やさっきのスキンシップが俺の心を揺さぶる。でもだめだ、店の子に手を出すなんて……。
「ねぇ朝倉さん? 次は何飲む?」
アキがメニューを差し出してくる。さっき頼んだ『店長とホステス』が終わってしまった。



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