800字SS

いつかの楽園

 2076年のある日、人間用義体工場で働くアンドロイドのオミは、地下都市にある繁華街の片隅で一人の少女と出会った。
『記憶売ります。1440分で0.1BTC』
彼女はそう書かれた札を持って街灯の下に立っていた。首にうちの工場で出荷している義体のマークがある。この少女は機械の身体と生きた脳を持つ人間だ。
"記憶"は脳の代わりに人工知能を持つ完全機械のアンドロイドにとってよく分からないものだ。記録と違って曖昧だったり都合よく書き換えられたりする、人間特有のもの。
0.1BTCはオミの月給の半分ほどだ。決して安くはない。果たして彼女の記憶にそれほどの価値があるのか疑問ではあったが、好奇心が勝って声をかけた。
 家に帰って早速彼女の記憶を見てみることにした。初めて見る脳が作ったデータ。ぼんやりと少し靄がかかったような映像で、途切れ途切れに彼女の1日が始まる。洗面台の鏡には更に幼い少女の姿が映っていた。何年前のものだろう? のどかな日常が過ぎていき、夕飯を済ませると、食卓に蝋燭が刺さったケーキが出された。嬉しくてワクワクする感情が流れ込んでくる。どうやら少女の誕生日らしい。特別な日だったから、1日の記憶が残っていたのか。母親から渡されたプレゼントは手作りの水色のワンピース。ここの記憶は特に鮮明で、キラキラしている。よほど嬉しかったんだろう。
 記憶の締め括りはとても鮮やかな景色だった。どこまでも広がる綺麗な水色の空の下で、水色の地平線が見える海辺を、同じ水色のワンピースを着た少女が走っていた。きっとこれは少女が眠って見た夢だ。だってもう45年前から地球は氷河期で、地上は氷に覆われているのだから。
……待てよ? 彼女は少女の身体だったけど、"中身"は何歳なんだ? これはもしかして、本物の地上の記憶なのか……?
真相を確かめたくなってまた繁華街へ行ったが、そこに彼女の姿はもう無かった。

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第2回100人共著プロジェクト
「100人で書いた本~1440分篇~ (キャプロア出版) 」より
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