800字SS

グルメな夢喰い

「ここのところ悪夢しか見なくてろくに眠れないんです」
あまりの不眠に耐えかねて、ネットで検索した病院の睡眠外来に来た俺は、さっそく病院探しでミスったかもしれないと思いながら、鼻の長い医師に訴えていた。
仕事の都合で土曜日に受診できて、家から通いやすい場所にある病院を選んだのだが、なんというか、どうも怪しい。古い建物の病院内は薄暗く、このご時世なのに患者の姿はほとんどなく閑散としている。口コミの評判を見てこなかったことを悔やみながら医師の答えを待った。
「大変ですねぇ。そんなあなたにちょうどいいお薬があります」
「えっ、ほんとですか?」
「これはね、寝る前が楽しくなるお薬なんです」
……寝る前が楽しくなる? 睡眠薬とかじゃなくて? 大丈夫なのかそれ。
「これを飲めば寝る前の不安やモヤモヤが吹き飛んで、楽しいことを考えながら眠りに落ちるので、楽しい夢を見ることができます」
よく分からないけど、抗不安剤みたいなものなのかな? 仮にも医師の言うことだし、試してみるか。
「じゃぁそれでお願いします」
そしてその晩、俺は早速薬を飲んで布団に入った。
「ほんとに楽しくなるのかな……」
ドキドキしながら目をつむる。いつもだったら仕事でミスしたこととか、上司に詰められたこととか、昔の恋人にフラれたこととか、思い出したくないことばかり思い出してしまうのに、なんだか今日はそれらが浮かんでこない。もしかして効いてるのか?
そして時間が経つにつれ、明日の昼食は何を食べようかとか、次の休みは何をしようかとか、今度のデートでどこに行こうかとか、そんなちょっとワクワクするようなことばかり頭に浮かんできた。おお、すごい。あの先生は名医だったのかもしれない……。

「よく眠れたようですねぇ。それではいただきます」
白黒で鼻の長い生き物が、男の枕元で大きく口を開けた。
「うーん、やっぱりあの薬を使って見た夢は美味しいですねぇ」

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VALU版ワンドロ&ワンライ( #VALU版深夜の創作60分一本勝負  )から頂いたお題「寝る前に考えること」で作成しました。ありがとうございました!



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